第61話 ただ会いたかったの
「王女殿下、お待ちください」
「いやよ、カオス様をお待たせしてしまうわ」
お転婆な仕草ですが、裾をあげて廊下を走り抜けました。臙脂の客間に到着した私が振り返ると、侍女やばあやは息を切らしている。御免なさい、でもお待たせしたくないの。
扉をそっと押して中に入った私は、いつまでも変わらぬお姿のカオス様に頬を緩めました。猫足の長椅子に腰掛けたカオス様が立ち上がり、私に手を伸ばします。カーテシーを披露してから、その手に指先を乗せました。
「立派な淑女になったと思ったのだけどね」
くすくす笑うカオス様の左側に腰掛けます。ぷくっと頬を膨らませると、指先で突きながらカオス様は笑いました。外の騒動をご存知なのですね。いえ、構いませんけれど……見ないでくださればいいのに。
「拗ねないで。僕はそんなレティも好きだよ」
「……本当ですか?」
疑っていないのに、試すような言葉を吐いてしまう。本当だと肯定されるのを知っていて、なんてズルいのでしょうか。
「僕はレティに嘘を吐かない――忘れてしまった?」
「覚えていても、聞きたいのです」
私もあと1ヶ月で15歳になります。カオス様のお嫁さんになるまで、後1年程でした。だから聞きたくなってしまうのです。まだ私のことをお好きですか? 愛していると仰った気持ちに変化はありませんか? と。
結婚式の当日に振られるのは困ります。王宮では結婚式に身につけるティアラやネックレスの準備に入りました。ドレスや靴は採寸があるので最後ですが、ヴェールやお飾りの宝飾品は準備を始めないと間に合わないそうです。
「ふふ、僕の聖女は欲張りだね」
「欲張りはお嫌いですか?」
「いや……君に関しては好ましい」
微笑んだカオス様のお顔は美しくて、結婚式で並んだら見劣りしそうな気がしました。カオス様の婚約者に決まってから、ずっとお肌や髪の手入れはしてきたのですが勝てません。
照れて熱った顔を隠す私に、カオス様は目を細めました。こうして公式の神託が降りたのは久しぶりです。いつも一緒におられるのに、なぜでしょうか。思い出して顔をあげて尋ねました。
「今日の神託は、どのような」
「ああ。レティの正装が見たくなったんだ」
僕の我が侭だよ、そう笑うカオス様に目を丸くしました。そのような理由ですか? 仰ってくだされば、いつでも着飾りますのに。くすくすと肩を震わせて笑ってしまいました。子供みたいですね。
「レティが作った学校の視察は、明日だっけ?」
「はい。毎年行っていますが、去年創設した新しい学科を初めて卒業する子達を見送りたいのです」
理想論と言われた学校ですが、実際に稼働したら多くの優秀な卒業生を輩出すると評価されました。前世からの夢だったのです。あの頃は王妃になれば叶うと思っていました。実際はその前に命を落としたのですが、今生では間に合いました。
「僕からも祝福しておくね」
「ありがとうございます」
明日はいい日になりそうです。微笑み合う私達は、夕暮れになるまで他愛ない話をしながら過ごしました。




