第60話 覚悟を追加しましょう
カオス様は悲しそうな表情で、それでも笑みを作ろうとしました。ああ、勘違いをさせてしまったのね。気付いた私はカオス様の指をしっかり握ります。逃げないで。
「罪悪感からではなく……罪滅ぼしでもありません。私はあなたを愛しています」
この心をすべて明け渡して、開いてお見せできたらいいのに。願う私の気持ちを察したのでしょうか。カオス様は指先に口づけをくださいました。
「信じるよ、大切なレティの言葉だからね」
整った顔が綻んで、まるで花が開くような艶やかさを放ちます。そのまま私は強く抱き締められていました。気づけば繋いでいたはずのペルセ様は手を離し、お姿まで消しています。誰にも見られていないから、今なら大丈夫ですよね?
おずおずと両手をカオス様の背に回し、美しい黒髪に覆われた首を撫でました。本当は頭を撫でたかったのですが、今の状況では届きません。子供の体はこういう場面でなんとも不便でした。恰好がつかないわ、くすっと笑う私にカオス様も肩を震わせます。
「早く大人になって、カオス様を包み込めるようになりますから」
待っててください。それは言わなくても通じる。だから言わずに腕に力を込めた。
この人は神で、人間とは違う。片手間に災害を起こして国を滅ぼすことも可能な力を持ち、どの国の王より上に立つ。それでも心は同じだった。愛する人がいて、助けたくて己の一部を差し出し。拒まれて傷つきながらも、まだ努力する。私の心なんて簡単に操れるのに、それをしなかった過去のカオス様を抱き締めてあげたかった。いま、私が抱き締めているように。
「ゆっくり大人におなり。無理をせず、のびのびと……僕はその姿も宝物として留めておきたいよ」
人間と神は時間の感覚が違うから、悠長な発言をしたと取る人もいるでしょう。でもきっと違うのです。この方々は短い喜びと、長い悲しみを繰り返してきた。
加護を与えて愛でた人間も、瞬く間に老いて死んでしまう。それを見送り、悲しみを乗り越えてまた人を受け入れることの難しさは、筆舌に尽くし難い痛みと苦しみを伴うはずでした。
「カオス様、私はあなたの悲しみを癒せていますか?」
癒して、傷口の痛みを和らげることができていますか? 過去の私が犯した間違いが、あなたの内側に残った傷を疼かせる。だって、カオス様はいつも不安そうでした。大きな力と地位を持つのに、最高神として崇められるお方が、こんな子供の愛を欲しがるのです。
「もちろんだよ、可愛いレティシア」
カオス様と生きていく覚悟は出来ていました。それに新たな覚悟をひとつ追加しましょう。この方を一人にせず、絶対に幸せにする――これは私の胸の真ん中に据える、大きな覚悟です。