第58話 ペルセ様の独り言
翌朝目が覚めると、カオス様のお姿がありませんでした。見回す私は小さな声で呼びます。
「アクア様、ペルセ様……おいでですか?」
夜明け前の時間は、カーテンの隙間から紫色の空が見えました。深い紺色だった空が徐々に明るくなって、でもまだ日差しが差し込まず、色が混じって紫になるのです。この時間は音がなく、清浄な感じがして心が休まります。
「どうしたの?」
今日はペルセ様でした。交代で私の護衛をしてくださっている話は、アクア様からお伺いしました。微笑んでお礼を言ってから、言葉を探しながら尋ねます。
「カオス様の……右目が見えていないのですが、理由をご存知ではありませんか?」
「……知ってるわ。でも彼が隠しているなら知らない方がいい」
美しいお顔を曇らせた女神様の声は、聞いたら後悔すると諭していました。やはり私のせいなのですね。私がカオス様に大きなお力を奮っていただいたのは……時間を戻った時でしょうか。顕現された時? それとも私が知らないところでご迷惑をかけたのでしょうか。
ぽろりと涙が溢れます。いけません、これは卑怯です。寝着の袖で拭い、手を伸ばした先にある人形を抱きしめました。これで涙は誤魔化せるでしょう。そう思ったのに、やはり女神様はお見通しでした。
「わかったわ。あなたを泣かせたなんて、バレたら怖いもの。話すけれど、聞いてから後悔しても遅いわよ。それとこれは独り言だから」
独り言を私が勝手に聞いてしまった。そう言い訳をしたのは、カオス様に口止めされたのでしょう。
「はい、お願いします」
はぁ……大きく溜め息を吐いてから、ペルセ様はベッド脇に腰掛けました。伸ばされた腕に引き寄せられ、ペルセ様の膝へ横向きに倒れます。身を起こそうとするけれど、先にペルセ様に押さえられました。どうやら顔を見ずにお話ししたいようです。動くのをやめた私の黒髪を撫でながら、ペルセ様はぽつりぽつりと語ってくださいました。
「前世のあなたを見つけたカオスは、それは喜んでいたわ。聖女の予言から、気が遠くなるほどの年月が経ったものね。気持ちはわかる、いつ現れるかと楽しみにしていた」
黒髪の一部を、ペルセ様の指が編んでいきます。慣れた指先がときどき頬に触れるのが擽ったくて、お姉様がいたらペルセ様のような方かしらと妄想しました。
「でも、当時のあなたには好きな人がいた。引き離すのが当然だと言ったのよ。でも彼は首を横に振った。人としての生は短いから、全うしてからでも間に合う――そんなことを言って、あなたを待とうとしたの」
ここまでは私も聞いたことがあるお話でした。
「ちょうどあの頃、少し神々の間で揉め事があった。彼もそちらに目を向けてしまったわ。騒動が一段落して気づいたら、あなたが……その、傷つけられていた」
首を刎ねられた、そう言ってくださっても平気です。でもペルセ様のお気遣いが嬉しくて、私は無言で頷きました。




