第55話 私が守る世界の意味
礼儀作法も歴史や計算のお勉強も、すべて覚えています。だからそんなに褒めないでください。真っ赤な顔で俯いて、美辞麗句に首を横に振った。
「ご謙遜を。さすがは聖女様ですわ、もう教えることはございません」
「完璧です。天才と呼ぶにふさわしいお方ですわね」
首も頬も赤くなった私を、カオス様が嬉しそうに後ろから抱きしめます。そのまま強引に抱き上げられました。恥ずかしさから逃れようと、私はカオス様の首筋に顔を押し付けて隠れます。わかっていると背を叩いたカオス様は、ご自分が被っておられた薄絹の中に私を包みました。
「僕の可愛いレティが恥ずかしがるから、その辺で止めておくれ」
くすくすと忍び笑うカオス様のお言葉に、教師となったご婦人方も微笑ましいと頷きました。褒め言葉が聞こえなくなって、ほっとした私の頬にカオス様の唇が押し当てられます。いくら薄絹で隠れていても、見えていないでしょうか。風で飛んだらどうしましょう。
焦る私をよそに、カオス様は落ち着いておられました。
「さて、お勉強が終わったのなら僕に付き合って」
ささやくカオス様に頷くと、ふわりと体が浮く感じがしました。ぎゅっとしがみついて、目を開けたら……そこは空の上です。見下ろした足下は緑が広がり、どこまでも豊かな大地が穂を揺らし、木々は歌っていました。葉の優しい擦れ音が、子守唄のように優しく耳に響きます。
「見てごらん、レティが守る世界だよ」
「私、が?」
「そう。レティは全能神の妻となる。その意味を教えてあげるね」
そういうと、簡単そうに空中に寝転びました。私はカオス様に強く抱きつきます。手を離したら、地面まで真っ逆さまのような気がして。
「心配はいらないけど……怖いなら僕の上に腰かけてるといいよ」
なぜか嬉しそうに私を抱きしめ返すカオス様。なんて意地悪なことをなさるの? 足下が見えない雲を置いてくださればいいのに。そう思いながらカオス様の横に手をつくと、不思議と沈むことはありませんでした。ごろんと寝転がってカオス様の上を降りたら「残念」と呟く声がします。
淑女が紳士の腹の上に跨るなど、そんなふしだらな行為は出来ません。私がまだ8歳の体であっても、精神は23歳になるのですから。お父様やお母様に恥ずかしくて言えない行為は厳禁です。
下を見なければ怖くないので、私は転がる時に目を閉じていました。仰向けになってから目を開くと、明るい光が降り注ぐ虹色の空が視界いっぱいに広がります。こんな美しい景色は初めてでした。
カオス様は肘をついて頭を支えながら、横向きになって私の顔を覗き込みます。カオス神様のお顔は優しい笑みを湛えておられました。自然と笑みが浮かび、私も微笑み返します。長い黒髪がさらりと風に舞い上がる姿は、神々しさより愛おしさを強く感じますね。
「僕は本当は、世界を破壊することが出来る唯一の神だ。だから全能の名を与えられたんだよ」
……それ、私が聞いてしまってよいお話なのでしょうか?




