第51話 聖女としての我が侭
数日後、私の我が侭は神殿に降ろされました。カオス様の神託という形をとって、神官長を含む様々な方に届きます。
「カオス様の御真意でありましょうか」
不安そうに顔を見合わせる神官達を代表し、神官長様が私を訪問なさいました。他国の王族と同列になる神官長を青と白の客間でお迎えします。淡い緑のドレス姿の私は、黒髪をハーフアップにしました。実はこれ、カオス様が早朝から編んでくださったのです。
私の願いを受け入れる代わりに、と仰っていましたが。黒髪を弄ってご満足なされたのでしょうか。上から半分ほどを丁寧に編み込み、リボンを飾って両側に流しました。とても可愛くて気に入っています。
「カオス神様のご神託について、聖女様は何かご存知でしょうか」
貴族は私を王女殿下と呼びますが、神殿の方は神の妻となる聖女様をお使いになります。耳慣れた表現に、私はにっこり笑って頷きました。
「はい、カオス様は慈悲深いお方です。心を入れ替えた民を虐げるようなことは、お望みになりません。それに王族であられた方々は高度な教育を受けておられますので、きっとお役目を果たされると思います」
「……なんと、深いお心でしょうか。確かめるなど、罰が当たりますな」
神官長様は何度も目元をハンカチで拭い、嬉しそうに微笑まれました。皺の刻まれたお顔は、多くの祈りを捧げた神職に相応しい穏やかな表情を浮かべています。
「聖女様より、我らが不徳をお詫びしていたとお伝えください」
「とても信心深い神官様ばかりだとお伝えしますわ」
伝えなくても、本当は後ろにおられるのです。神官長様の心臓を止めてしまう衝撃がありそうなので、絶対に口にできませんが。お話の内容はすべて筒抜けですの。
翌日――王都を含む全ての都市で、恩赦が発表されました。神殿で破門された者達の罪を免じるというものです。あの方を名指しすることはしませんでした。破門者はとても少なく、十年に1人いるかどうかです。その方々も食料を得ることができず、数ヶ月でお亡くなりになるのが通例でした。
破門者の罪を免じて恩赦を与えても、該当するのは事実上リュシアン様だけ。カオス様ご自身が下した破門ではないので、取り消しが可能だと思ったのです。最初は渋っておられたカオス様ですが、対価を示して頷いてくださいました。
カオス様が私に望んだ対価は、時間の許す限り側にいたいというものでした。それは対価になるのでしょうか。私の許可を得ずとも、自由にお部屋においでになればいいのに。きっと私に譲歩してくださったのですね。本当にお優しい方です。
私がしてあげられるのは、ここまで。後は政を担当するお父様の采配次第です。お父様にも誕生日のお祝いを強請っています。一ヶ月ほど早いですが、きっと受けてくださるでしょう。
私は全能の最高神カオス様の妻になるのです。誰かの不幸の上に、己の幸せを築こうとは思えません。首を切られたことは恐ろしかった。信じてもらえない痛みも知りました。だからこそ……私はそれを人に与えたくないのです。そんな我が侭を、カオス様は微笑んで頷いてくださいました。




