第49話 いつかを想う(SIDEリュシアン)
*****SIDE リュシアン
街の住人が通りがかり、僕を見て言葉を呑み込む。それから走っていってしまった。暴力を振るわれなかったことに首を傾げると、駆け戻った男は「これはゴミだ」と言いながら、畑に布をばら撒いた。驚いて拾うと、子供服やまだ使える毛布だ。とてもゴミとは思えない。彼らが十分使える日用品だった。
「いいか! ゴミだからな、おれはくれてやらんぞ」
わざと大声を出して周囲に言いふらし、去っていく。母が無言で頭を下げていた。その姿に理解する。あの男は服と毛布を僕に恵んだのだ。昔、僕が馬車の中から貧しい子供にお菓子を与えたように、憐れみを施された。
屈辱だと思う前に、拾って頭を下げる。死んでやるもんか、生き残ってやると強く思った。僕が何をしたのか――ようやく分かった気がする。罪は相応の罰をもって贖わなければならない。かつて冤罪で首を落とされたレティシアは、どれだけ悲しく怖い思いをしただろう。
自分の行いは、自分に返ってくる。僕は彼女を怖がらせ苦しめた分、この境遇を正面から受け止めなくてはならないのだ。彼女は首を落とされたけれど、僕の首は繋がった。カオス神の付け加えた温情の言葉を、民は上手に利用して僕達を助けてくれていた。
翌日以降も朝から畑に出る。驚いた顔をする街の住人達は、僕に話しかけてはこなかった。代わりにみんなが何かを畑に捨てていく。少し古びたバケツ、畑を耕す道具、草刈りの鎌、ついには小さな山羊を繋いでいった。
すべて「捨てる」と言い置いて。後ろで母が泣きながら「これほどの恩は返しきれない」と呟いた。貧しい人へ炊き出しを行った母だが、自ら彼らと触れ合ったことはない。周囲に命じて金を出しただけだ。それでも彼らは王妃の慈悲を覚えていた。
飢饉のときに税を免じられた者もいる。家が洪水で流された者に、服や食べ物を届けさせたこともあった。それらがすべて返ってきた。破門された僕に対しても、同じように彼らは返そうとしてくれる。何かが壊れたように、頬を涙が伝った。
彼らはカオス神が告げた「傷つけず、殺すな」を実践しているのかもしれない。石を投げる者がいないわけではない。それでも……世界はまだ生きることを許していた。大罪を犯した僕を殺すのではなく、再び立ち上がる機会を与えようとする。
レティシアもやり直しているのだ。傷つけられた恐怖から立ち上がり、新しく幸せを掴もうとしている。そう考えたら、すとんと腑に落ちた。僕じゃダメだった。神のような大きな慈悲で包まれ、傷を癒さなくてはレティシアの幸せは存在しない。どんなに愛しても、彼女は僕を怖がるのだから。
「僕は……なんてことを」
理解したのは、僕の罪がいかに重く……贖わずに押し付けようとした求愛の意味だった。言葉で謝るのでは軽すぎた。僕は僕に出来ることをして、それを彼女への謝罪にしよう。
昔の僕や母が施したことを覚えていて、返してくれる民がいる。ここは僕が統治するはずだった大地だ。この地にも民にも、僕は恩返しをしなくてはならない。
「明日も耕す。そして……いつか」
遠くからレティシアを見ることが出来たら、お詫びを何としても届けよう。どんなに粗末な作物でもいい。小さな工芸品でもいい。何かを自らの力で為して、示す。それが僕の贖罪だ。顔を上げて、久しぶりに太陽を真っすぐに見つめた。きらきらと美しい日差しは、僕もレティシアも同じように照らす。
いつか――その日が来るように。傷だらけになった手で、ぐいと涙を拭った。




