第48話 選べない選択(SIDEリュシアン)
*****SIDE リュシアン
破門された元王太子……その肩書は不名誉なのだろう。僕が本気で愛したレティシアは、あの黒い神に娶られてしまうのか。僕の手の届かない存在になった君は、それでも美しくて。
神殿からの破門状が回れば、誰も僕に近づかない。王太子だった頃は尻尾を振っていた宰相の娘も、僕にすり寄った伯爵令嬢も、街の民すらも……。父は廃人のようになり、ぼんやり過ごしていた。母は手回りの物を持ち出したらしく、宝石やドレスを売って細々と暮らす。
僕は母が使わなくなった納屋に閉じこもった。わざわざ「使わないから」と宣言したのは、僕に何かを与えると罰せられるからだ。そのくらい理解できた。毎日同じ時間に来て、僕のいる納屋の前に食事を「捨てて」行く。用意したんじゃないと言い訳をしながら、僕のために……。
嫁ぐ前も後も、料理なんてしたことがない母だった。王妃として民の暮らしに目を配り、貧しい人々の救済に当たった母は、街での慣れない暮らしに苦労しているだろう。だが、何が悪かったのか。前世の僕はレティシアの首を刎ねさせた。でも今生はそんなことをしない。そのために婚約者として彼女を守るつもりだった。
レティシアは僕を怖がる。それはまるで前世のことを知っているみたいで……僕の姿を見るたびに震えて泣いた。カオス神が出て来るまで、僕は彼女を大切にしていると思っていたんだ。距離を縮めて黒髪を撫で、愛らしい頬に手を添わせる日を夢見た。
緑の瞳が僕を映し微笑んでくれると思ったのに……現実はまったく逆だった。怯える彼女は僕に近づこうとせず、悲鳴を上げる。どこで何を間違えたんだろう。僕は君を愛さなければよかったのかな。
納屋から顔を出すと、久しぶりの日差しが眩しかった。彼女が手に入らないなら、僕は死んだ方がマシだ。そう思ったけど、自殺する方法がわからない。身に着けているのは粗末な服だけで、短剣もないのに……どうやって死ねばいい?
街の人が殺してくれないだろうか。食事をしなければ死ねるのか。
「……リュシアン?」
母の優しい声が聞こえた。振り返ると、彼女は慣れない道具を手に畑仕事をしている。指輪をして優雅に紅茶のカップを手にする白い肌は、切り傷と小さな擦り傷でボロボロだった。
「お母様……」
微笑んだ彼女はまた作業を始める。古い家の前にある小さな、小さな畑だった。かつての中庭ほどもない、それでも耕すのは大変な作業だろう。手を貸そうと思った。僕は破門されたから誰も助けてくれない。だが誰かを助けてはいけないと禁じられていなかった。
近づいて、無言で母から鍬を奪う。持ち手の木がささくれて、ちくちくと痛かった。それを近くの石で削いで、ぎゅっと握る。僕が話しかけると母に迷惑がかかる。だから言葉は不要だった。にこっと笑いかけ、鍬を振るう。土に刺さった刃が抜けず、何度か揺らしたら土が持ち上がった。剣を振るうよりよほど力が必要だ。
繰り返し何度も行う間に、コツがつかめてきた。日が暮れるまで畑を耕し、後ろで母が臭いのする粉末を撒く。種を蒔く前の肥料なのだと教える母は、そっぽを向いていた。教えてはいけないが、独り言は許される。そう続けた柔らかな声に、涙が零れそうになった。




