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第2話 幸せしか知らない子供でいたい

 体が強ばり、血の気が引いていく。まだ覚えているの、あなたの冷たい声、死ねと宣告した言葉……。


「いや……いや、いやぁあああああ!」


 両手でお父様にしがみつき、必死で叫んだ。伝えようとする言葉は、でも喉につかえて出て来ない。なんで? どうして? この人は私を殺すの。殺したのよ!


 暴れる私の手がお父様の腕を叩き、止めようとしたばあやの肩に当たった。


「あ、ごめ……なさ、ぃ……」


 痛かったのよね。ばあやが少し顔を歪めたのを見て、我に返った。全身が震えて、伸ばした手に力が入らない。ちらりと後ろを見た後、お父様は私をそっとベッドに戻した。


「リュシオン殿下、未婚女性の寝室ですので一度お下がりください」


 公爵家当主の言葉に、あの人は困った顔をしたあと頷いた。出ていく後ろ姿に、安心して全身から力が抜ける。強く握りすぎて、手のひらを爪が傷つけたみたい。少し痛かった。でも愛する人達を叩いた私が、そんなこと言ってはいけない。


「大丈夫かい、レティ」


 レディに掛けて、家族は私をレティと呼称する。その響きに、お父様とばあやだけの状態を認識して、さらに安心した。


「ごめんなさい、お父様。ばあやも……痛かったでしょ?」


「いいえ。これしき、何ともございませんよ」


 ばあやは穏やかな笑みのまま、私を許してくれた。頷くお父様も笑顔で、沈んだクッションの中で人形を抱き寄せる。お母様の匂いがするわ。


「気遣いが足りなかったね。部屋着のレティの寝室に入れてしまうなんて、ダメな父親だ。王太子殿下には廊下でお待ちいただく予定だったんだけど」


 中途半端な位置で切られた言葉の、後ろに続く言葉を知っているわ。


「「婚約したいと申し出があってね」」


 お父様と声が重なる。やっぱりそうなのね。私が見た悪夢はこの後事実になっていく。あの人を愛したら、私の首は切り落とされるんだわ。


「どうして……」


 驚いた顔のお父様に、慌てて取り繕った。ここで未来の記憶があるなんて言ったら、お父様にお医者様を呼ばれてしまうわ。お母様が昨日倒れたばかりで心痛のお父様に、これ以上心配はかけられない。


「私、何か言ったかしら」


 不安そうな顔で首を傾げる。人形を抱き締めて上目遣いで見つめると、お父様は何でもないと否定なさった。勘違いで押し通せるわ。ばあやも何も言わない。いつもそう、ばあやは私の味方だもの。


「婚約の話はまた今度にしてもらおう。ゆっくり休んで元気になっておくれ。レティの明るい声と笑顔がないと、我が家は火が消えたようだ」


「お母様にも安心していただいてね。私、明日お母様に会いたいわ」


 もう元気なの。笑顔でそう告げると、お父様は許してくださった。今のお母様はお腹に弟がいる。あと少しで生まれてくるの。そうしたらお母様が急に弱ってしまうから、今のうちに何か考えなくちゃ。


 あの夢は現実じゃないかもしれない。だけど、精霊か神様の悪戯なら……未来を知ったことを無駄にしないわ。私、絶対に生き残って幸せになるの。今度こそ、お母様が生きている未来で、お父様や弟と一緒に――そのために泣いたり怯えている時間はない。


「さあ、もうおやすみ」


「ばあや、お歌を歌って」


 子守唄を強請ったのは、懐かしかったから。ばあやの歌声が好きだった。優しくて幸せな思い出の歌声は、夢の中より少しだけ若くて……私は目を閉じる。


 すべては明日から。今日はまだ幸せしか知らない子供でいたいわ。ばあやの子守唄で眠る、ただの幸せな公爵令嬢でいたいの。

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