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⑥決着

 何年か前、学園には伝説になった剣の使い手がいた。

 その者は、学園内で起きた抗争を一人で収めてしまったらしい。

 砂漠の国から来た男で、あまりに強すぎて勝負にならないので、彼が在籍していた時は、剣闘大会は開かれなかったそうだ。


 それを聞いて、まるで曾祖父のようだとアンドレアは思った。

 国のため一人で剣を握った時、曾祖父は何を思っていたのだろう。


 場内はすでに盛り上がっていて、生徒達の歓声が聞こえていた。

 控え室で名前が呼ばれるのを待つ間、アンドレアは不思議と落ち着いた気持ちで座っていた。


 誰一人として、アンドレアに声をかける者はいなかったが、入口に気配を感じて顔を上げると大きな男が立っていた。


「よう。なんだか、面白そうなことになってんな」


「ライオネル様!?」


 戸にもたれ掛かって、ライオネルはいたずら好きの子供のように、ニヤリと笑っていた。


「俺はこういう解決の仕方は嫌いじゃねーな。勝者と敗者で、分かりやすくて良いだろう。実際世の中そうなんだから」


「そう言って頂けると心が軽くなります。ローレンスに言われた通り、俺はもっと周りの人を頼るべきだったかもしれません。なんでも突っ走ってしまうのが悪い癖て………」


「別に殺し合いするんじゃねーんだから、あんまり重く考えんな。あいつはお気に入りのお前が怪我したら大変だって慌ててるだけだ。放っておけば、それなりに役立つから」


 ライオネルなりに励ましてくれたのだろう。アンドレアは、その優しさが嬉しかった。


「だいたいイアンなんて楽勝だろ。あいつのクセを教えてやろうか」


「やめてください。これは真剣勝負なのですから」


 ふざけて絡んできたライオネルを軽く睨んだところで、アルバートの名前が呼ばれた。


 頑張れよーと手を振るライオネルを見て、ある意味良い感じに力が抜けた。アンドレアは前を見て歩き出した。



 □□□


 熱気を含んだ風が追い風となってアンドレアの背中を誘った。


 久々の決闘を見るために多くの生徒が会場へ押し掛けていた。

 それぞれの名前が呼ばれると、大きな歓声が上がった。

 少し前ならこの雰囲気に飲まれていたかもしれない。ライオネルが力を抜いてくれたおかげで、心は揺れることなく歓声は遠くに聞こえるほど集中していた。


「これより、サファイア学園の規則に則り、アルバート・ブランとイアン・ブルクジットの決闘を始める。なお、学園法では殺し合いは禁じられている。明らかな故意の行為は罪に問われるが、やむ得ないと判断された行為であれば、死を伴っても無罪とする。なお、立会人の判断により戦いを終わらせることもできる。以上、双方異議がなければ開始とする」


 立会人であるローレンスの開始の合図で戦いは始まった。


 まず猛攻を仕掛けたのはイアンだった。開始から息もつかせぬ連続攻撃で、アンドレアは防ぎながら後退していく。


 会場はイアンの鋭い攻撃に拍手といいぞという歓声が上がる。

 防戦一方のアンドレアに、イアンの目が勝機に満ちてきた。


 アンドレアは防ぎながらもイアンの攻撃を観察していた。イアンの攻撃は速さがあって隙がないように見えるが、一方で違和感を感じていた。


「おいおい、防いでばかりか?いや、防ぐのが上手いなと褒めてやった方がいいかな」


 イアンはニヤリと笑って、剣を低く構え直した。特別講師のベルモンドはアンドレアのことを、目が良いと褒めてくれた。

 自分の目を信じて、アンドレアも構えを変えた。


「イアン、まずはお前の手だ。よくもルイスを突き落としてくれたな」


 イアンが攻撃を繰り出してくる。アンドレアは防御に出ると見せかけて、イアンの重心が左にブレるのを見切ってそこを突いた。


 イアンの剣は空を切って、アンドレアの剣がイアンの左手を打った。

 深くはないが、イアンの手の甲からは血が流れた。


「くそっ!よっ……よくも!」


「次はその口だ!今まで散々侮辱してくれたな!二度と使い物にならないようにしてやる」


 アンドレアの体からは、燃えたぎるような怒りが溢れ、その気迫にイアンは息を飲んだ。


 イアンが怯えた目をしたのをアンドレアは見逃さなかった。今度はアンドレアが猛攻を仕掛けてイアンを追い詰めた。

 その速さと鋭く的確な攻撃にイアンの防御は遅れ始めて、ついにアンドレアが振り下ろした剣がイアンの喉元でピタリと止まった。


「勝負ありましたね」


 いつの間にか息を飲む展開に、静まり返った会場が、ローレンスの一言で、割れるような拍手と歓声でいっぱいになった。


「イアンは今までの数々の非礼をアルバートに詫び、金輪際、アルバート及びその周囲に暴言や危害を加えるようなことは禁止とします。それを破った場合は学園は退学になります。いいですね」


 イアンはガックリと項垂れて膝から崩れ落ちた。


 アンドレアは剣を鞘に納めてイアンに背を向けた。衆人環視のこの場より、落ち着いた場所で改めて謝罪を受けようと思ったのだ。

 やりきったという気持ちと、体に残る興奮を持て余しながら退場しようとした。


 その時、力が抜けたと思っていたイアンが握っていた剣に力を込めた。

 彼にとって敗北ほど不名誉なことはなかった。

 自分が負けたことなど信じられないと、アンドレアの背中に向かって飛び出したのだ。


 殺気を感じたアンドレアは、後ろを振り向いたが、イアンはすぐそこまで来ていた。

 間に合わないと覚悟を決めたその時、カン!と剣と剣がぶつかる音がして、イアンが振り下ろしたはずの剣が空に飛んで、はるか後方の地面に落ちて刺さった。


 一瞬の出来事に何が起きたのか分からなかった。いや、アンドレアは自分の目で見た光景が信じられなかった。


 アンドレアの腰に下げていた剣はあっという間に引き抜かれて、その勢いのままイアンの剣を弾き飛ばした。


 それは格の違い、圧倒的な力の差を一瞬にして見せつけた、王者の一振りだった。


「ろっ……ローレンス!?」


 銀髪の男は神々しいオーラを放ちながら、振り上げていた剣の先をゆっくりと下ろして、イアンの喉元にピタリとつけた。


「いけませんねぇ……イアン。勝負はついた後ですよ。これであなたの退学は決まりましたね。本来立会人は介入してはいけない掟ですが、今回は私のやり方でやっているので、このままアルバートがやらないであげた、二度と使い物にならないようにを、私が代わりにやりましょうか」


 アンドレアは確かにそう言ったが、それは勝負の中で相手を追い詰めるためであって本気でそうしようとは思っていなかった。

 まさか冗談かと思っていると、ライオネルが場内に飛び出してきた。


「やばいぞ!ローレンスがキレてる」


「え?なっ……なに?」


「おい、あいつ、本気でやるぞ!アルバート、お前が止めろ!」


 ローレンスは静かに怒っているように見えるが、どの辺りがやばいのかすらアンドレアには分からない。むしろ、付き合いの長いライオネルが止めるのが適任だと思うのに、ライオネルはローレンスの前にアンドレアを押し出した。


「……アルバート、退きなさい」


 絶対零度の視線を浴びて凍りつきそうになったアンドレアは、ライオネルに助けを求めて視線を送った。しかしライオネルは、口パクとジェスチャーでよく分からない指示をしていて、全然頼りにならなかった。


「ローレンス、ちょっと、落ち着きましょう」


「何を言っているのですか?私は落ち着いています」


「いや……えーと……」


 ローレンスを説得できるような言葉は見つからないし、本気でイアンの喉を切り裂きそうな勢いを感じてパニックになりそうだった。

 もう何でもいいから言ってやるとアンドレアは口を開いた。


「ローレンス!や……約束したじゃないか!」


「……なんですか?」


「週末、俺に剣の稽古をつけてくれるんだろう。さっきのは良いとして、その剣も、その腕も、次は俺に向かって振るうべきだ!イアンに……いや、他の誰かに剣を使うなんて許さない!」


 喋り方もくだけてしまい、敬語もまともに使えなかった。

 自分でもめちゃくちゃなことを言っていると、口に出しながら絶望で倒れそうになっていたアンドレアだが、ローレンスから発せられていた、絶対零度の殺気が消えたことを感じて、恐る恐る顔を上げた。


「…………そうですね。この男をここで斬ったら、色々と調査が入りますし、王子の特権を使っても確かに週末は空けられそうにありませんね。私としたことが、あなたとの約束を破るところでした」


 さっきまで花を枯らすような恐ろしい迫力だった男が、今度はふわりと花が咲くように微笑んだ。

 その変わりように、思わず後ろに引きそうになったアンドレアの後ろでバタリと音がした。恐怖で気を失ったイアンが地面に突っ伏したのだ。


 何が起こっているのかと騒然となっていた会場の人々も、どうやら決着がついたようだと、歓声と拍手の音が鳴り出した。ローレンスコールが起きて、みんな盛り上がったまま戦いはようやく終わりを迎えたのであった。





 □□□


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