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入れ替わり令嬢、初めて恋を知る  作者: あさがお
第二章

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㉑幸せの続き

 最後のワルツはとっておきのものらしいと聞いていた。

 どうせ忙しいだろうから、自分には関係ないとアンドレアは思っていたが、ラストダンスのコールがあって、男女がワッとホールに集まっていく時、自分の目の前に出された手を見てハッとして顔を上げた。


「約束」


 ローレンスがあまりにも美しく見えて、アンドレアは魅入られたみたいにボケっとしてしまったが、あのバルコニーでの約束を思い出して、差し出された手に自分の手を重ねた。


「アンドレアのダンスの腕前を楽しみにしています。できればちょっと下手くそで、私の足なんかを踏んでくれたら、偶然を装ってキスすることもできるのですが」


「それは……期待に応えられないかもしれません。私、ダンスは得意ですから」


 ローレンスに負けていられないと、アンドレアはいたずらっ子のように笑った。


「それは楽しみです」


 ローレンスもつられたようにニヤリと笑ったら、間もなくして最後の音楽が始まった。

 アンドレアはローレンスから、最後の曲は、今人気の作曲家が手がけた、大人の情愛をテーマとしたしっとりとかつ激しいものだと聞いて、心が沸き立つのを感じていた。





 音楽が始まれば多少あった緊張は散らばるように消えていった。ローレンスのリードは素晴らしく、アンドレアに負担をかけないように小さな動きも完璧に計算されていた。


「さすが…ローレンスですね。こんなに踊りやすいと感じたのは初めてです」


「ふふふっ、ありがとうございます。良いですねその台詞。最後の方、何度でも聞いていたいです」


 アンドレアには何が良いのか分からなかったが、ローレンスはとても楽しそうにしていたので、とりあえず笑って返した。


「今年度が終われば、来年は最終学年ですが、ローレンスは早期卒業を選択されるんですよね」


「……ええ、そうですね。国の方で仕事が山積みで早く戻るようにと言われていますから」


 やはりそうなのだと、アンドレアは分かってはいたが胸がツキンと痛むのを感じた。

 信じようと覚悟はしたが、離れて暮らす日々を思うと寂しい気持ちが胸に宿るとなかなか消えてくれそうもなかった。


「あ…あの、私…ずっと待って…」


「今年度が終わったら、婚約式はすぐ行いましょう。国に戻ったら、アンドレアの部屋は私の隣に用意しますが、寝るときは同じベッドにしますね! 覚えていただくことはたくさんありますが、私が手取り足取り…、あっ…国のことですよ。変な意味ではなくて…、いや、そちらも含めて…あっ…すみません心の声が……」


「…え?」


「アンドレア……こんなに話しているのに、一言で返されてしまうとは」


 ローレンスが何を言っているのか分からなくて、動揺したアンドレアはリズムが崩れてローレンスの足を踏んでしまった。


「……んっっ」


 転ぶと思った時は一瞬で、さっと背中にまわった腕が力強くアンドレアを支えてくれた。そして、宣言通り、偶然を装ったローレンスがアンドレアの唇を奪ってから、勝ち誇ったようにニヤリと笑った。


「期待に応えてくれて嬉しいです」


 色んな意味でアンドレアは心臓がドキドキとして壊れそうになっていたが、聞かなければいけないことがあるので、ぐっとローレンスに体を近づけた。


「あ…あの、さっきの意味ですけど、その、国に戻って…という話で……それはいつの事ですか?」


「ん? 来年度の話ですよ。一緒に早期卒業をして、すぐにフィランダーに行って…」


「ええ!? いっ…一緒に卒業できるんですか? わ…私は王族でないので…てっきり……」


 二人の間に温度差があることに気が付いて、顔を見合わせて目を丸くした。


「学園規則の例外項目、早期卒業は王族のみに認められているが、早期卒業する者が指名した一名のみ同時に卒業を認める。これは、王族の専属騎士になる者や、補佐に就くような者が同時期に国へ戻れるように配慮されたものです。私の場合、婚約者を連れて帰るという目的ですが、そこは問題に問われませんので、アルバートを指名するつもりでした……」


「そう…だったのですか」


 いつの間にそんな話になっていたのかと、アンドレアはポカンとして口を開けてしまった。

 そこで最後の盛り上がりなのかいっそう曲調が激しくなった。

 盛大に音楽が鳴り響き、令嬢達はくるくる回りながら、ホール全体に色とりどりの花が咲いた。

 最後はくるりとターンして腰を押さえられた状態で、アンドレアは上半身を反らして、演奏の終わりとともにピタリとポーズを決めた。


 ラストダンスが終わり、わぁぁと大きな歓声が上がって、たくさんの拍手に会場全体が包まれた。


「ちゃんとお話ししていなかった私が悪かったです。そもそも忙しすぎて、大事なことがちゃんとできていませんでした。申し訳ございません」


「ええ!? そ…そんな、私の方が勝手に思い込んでしまって……。初めから聞いておけば良かったのですから」


「アンドレア……」


 真剣な目になったローレンスは、アンドレアの瞳をしっかりと見つめてから足元に跪いた。


「あなたこそ、私の運命の相手であり、この世でただ一人、私が探し続けて来た人です。共に早期卒業をして、一緒にフィランダー国へ行き、人生の伴侶として生涯を共に生きてくれますか?」


 学園中、いやもっとたくさんの生徒に見られていたが、アンドレアはもう恥ずかしい気持ちなどなかった。

 胸に宿っていて、なかなか消えてくれなかった不安が一瞬にして吹き飛ばされて、雨上がりの空のように澄んで綺麗な色を感じた。


 感激して口元を手で覆っていたが、込み上げてくる感情が今にも溢れてしまいそうだった。


「ほ…本当に私でいいのですか?」


「ええ、もちろんです。ドレスに剣を隠して、一人で解決してしまう令嬢なんて、アンドレア以外知りません。いつも私をハラハラさせて、これでもかと夢中にさせてくれるのは、アンドレアだけです」


 アンドレアはぐっと唾を飲み込んで、手を差し出した。


「ローレンス、私はあなたと…人生を共に」


「愛しています。アンドレア」


 ローレンスが手の甲に口付けると、周りから今日一番の大歓声と鳴り止まない拍手の嵐が待っていた。


 二人で初めてダンスを踊った後の公開プロポーズ。

 ローレンスこそ、予想の上を行く存在で、アンドレアはいつも夢中になってしまう。


 たくさんの人におめでとうと言われて囲まれながら、アンドレアはローレンスしか見ていなかった。ローレンスもまた同じで二人で見つめ合ったままま、目で会話をしたように微笑んだのだった。





「おいおい、何回見せつければ気が済むんだよお前ら」


「ここまで来ると悪趣味だよね。見られるのが好きだとしか思えない」


 パーティーは大盛況で幕を閉じた。

 やっと周りに人がいなくなってから、ライオネルとコンラッドが疲れましたという顔で、すっかり主役になった二人に近づいて来た。


「いいでしょう。たまたま言おうと思ったのが、この時だったのです。文句があるなら、お二人ともさっさとお相手を見つけてください」


「ま…まぁ、色々大変だと思うが、頑張れよ。おめでとう、ローレンス、アルバート」


 ちょっと照れながら、ライオネルが祝いの言葉を言ってくれたが、さすがにそろそろマズイんじゃないかとアンドレアは冷や汗が流れてきた。


 ローレンスはまだ遊ぶつもりなのか、飄々とした顔でどうもなんて言って普通に流しているので、アンドレアは仕方なく口を開こうとした。


「ところでさ、さっき言っていた名前。アンドレアってなに?」


 おそらく学園側でローレンスの相手がアルバートだと気が付いていた者の誰もが疑問に思い、ライオネルだけはその天然ですっかりスルーしていたことをズバリ、コンラッドが聞いてきた。


 ここまでだと、ローレンスはニヤッとした顔になった後、噴き出して大笑いした。


 まだまだポカンとした顔のライオネルと、何か勘づいたらしいコンラッドはみるみる間に顔が赤くなって、まさか…と一言漏らした。




 大盛況だったパーティーはすでに終わり、撤去作業が始まった会場に、ライオネルの火山が噴火するごとき叫び声が響き渡った。そして、なぜかコンラッドは鼻血を出して倒れるというよく分からない結末で終わった騒動だった。





 その後、アルフレッドの調査により、無事レンシアの花畑は発見され焼き払われた。

 キドニーとサファイアの交渉の場は作られたが、肝心のイザベラが移送中隙をみて脱走し、その後の消息は不明となった。

 キドニー国王も、レンシアの花でマカラードに操られていたことが発覚したが、その時にはマカラードはすでに逃走してしまった。

 ブラインのみが残ったが、一人で全て計画したとしか口を割らず、事態は暗礁に乗り上げたままとなってしまった。

 しかし、危うく女性達に体の異変が起きる可能性があったのを未然に防いだとして、王子達とアンドレアにはサファイア国から感謝の言葉が贈られた。



 後期まで生徒会として、務めたローレンスとアンドレアは、早期卒業を選択して次の者に託した。

 コンラッドはそのまま残る事を選び、ある意味彼の当初の目的だったのか分からないが、上手いこと会長の座に収まった。


 ランレイやレイメル、ルイスなど同級生組はそのまま次の学年となった。特に双子はアンドレアと離れるのを嫌がっていたが、どうせ一年すれば会えることになるので、ローレンスにピシャリと言われて大人しく勉学に励むことになった。


 兄のアルバートは、相変わらず世の美姫を追い求めてどこまでも、という旅を続けていて、飽きたら帰りますと実家に連絡はしているようだ。アンドレアの両親は呆れながら、いつか帰ってくるだろうと気長に待つことにしたようだ。




 そしてアンドレアは今、ローレンスの国、フィランダー王国へ向かう為に、北へ向かう王家の馬車に揺られていた。


 他にも数台の馬車と、フィランダー国から来た騎士団が前後に配置され、さすが王子の帰国のために用意されたものだも驚くしかなかった。


「不思議ですね。学園に入学する時は、一人で馬車に乗っていたのに、帰りは結婚相手となる人を一緒に乗せて帰るなんて…思いもしませんでした」


 やっと腰の辺りまで伸びてきたアンドレアの髪を指にくるくると巻きながら、隣に座っているローレンスが幸せそうに笑ったので、アンドレアの心もきゅっと掴まれて温かくなった。


「私もまさか、兄の代わりをして、ローレンスに出会うことができたなんて。いつも悩まされてばかりだったことが、こんな幸せに繋がるなんて思いもしなかったです」


「アンドレア、帰城したらすぐに王に挨拶をして、婚約を完了させます。すでにアンドレアのご両親からは了承済みの書類もありますから大丈夫でしょう」


「分かりました。緊張しますね」


「ええ、その場で結婚式の日にちも決めるのでそのつもりで」


「は…はい」


 お互い長い婚約期間は必要ないと思っていたので、もちろん嬉しいのだが、ローレンスが珍しく若干焦っている様子にアンドレアは首を傾げた。


「アンドレア…、私はあなたの事になると、とても、臆病になるんです。あなたのような方と巡り会えたことがまだ信じられなくて、もしかしたら明日、全てが夢で消えてしまうのではないかと……そんな事ばかり考えてしまうのです……あぁ、すみません」


 なんでもできて、カッコ良くて力もある。

 全て持ち合わせている、こんな完璧な人が、何を怖がる必要があるのだろうか。

 それでもどんな人でも、人を好きになったらその思いが強いほど、不安になるのかもしれないとアンドレアは思った。


「今後、兄達が国政に戻る可能性もありますし、私が推されるかもしれません。国のためとアンドレアに苦労を負わせることがないようにしたいのですが、場合によっては辛い思いも……」


「ローレンス」


 アンドレアは怯えた子供のような目になっているローレンスの頬に触れて、顔を近づけた後、唇を重ねた。


「私は何があっても、どこまでも付いていきます。早くローレンスの力になれるように頑張ります」


「アンドレア…、あなたはもう十分私の力に……」


「あっ、それに私、少しは腕が立ちますから、何かあればいつでも言ってください。ローレンスの依頼なら、またアルバートになってもいいですよ」


「アンドレア、あなたという人は……。やはり、私の天使です。どこまでも、私を幸せにするのですから」


 ローレンスの怯えていた目に力が戻って、小さく光るものが見えた。アンドレアがそれを確かめる前にガバっと力強い腕で掴まれて抱きしめられた。


「とりあえず、アルバートはもういいです。私の心臓を壊さないために、危ないことはしないでくださいね」


「はい」


 お腹の中が温かい気持ちに溢れて、アンドレアもローレンスに背中に腕を回してぎゅっとしがみついた。


 この馬車の行く先には、新しい出会いがあり、様々な困難が待ち受けてるかもしれない。

 どんな事があっても、この温もりを信じて、二人で進んでいきたい。


 そう思ってアンドレアは、幸せな気持ちにくすぐられたみたいに微笑んでから目を閉じた。
















「いや…でも、たまにはアルバートごっこで制服プレイも……」


「え!? なんですか?」


「はっ…心の声が……! アンドレア! あれを見てください! もうすぐ国境ですよ」


「え…ええ、そうですね。あの…さっきのは……」


「見てください! あれは我が国の象徴にもなっている鷲の紋章が書いてある旗ですよ。よし! 今からフィランダーの鷲の伝説をお話ししましょう」


「は…はい。ぜひ……」



 アンドレアはやっぱり信じていいのかなと思いつつ、この後数時間にわたって鷲の伝説をもういいと言うくらい聞く事になった。




 新たな地で二人の新しい物語を紡ぎながら、馬車はゆっくりと進んでいった。









 □完□

こちらで完結となります。

途中何度か止まってしまい、お待たせして申し訳ございませんでした。

何とか書き上げる事ができました。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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