⑳最後は華麗な剣で
どうやらドアは蹴破られたらしい。
高く上がっていた長い足をスッと自分の方に戻して、行動とは逆に優雅に微笑んで入り口に立っているのは、白い正装が眩しいローレンスだった。
そして、温室の奥からは隠れていたアルフレッドが姿を現した。
先程の地に響くような一声はアルフレッドが出したものだった。
「我が国でずいぶんと好き勝手やってくれたようだな。学園長、そして…イザベラ」
「くっ……アルフレッド王子」
顔を歪ませて玉のような汗をかいているのは学園長のサザール、名前を呼ばれたイザベラはアルフレッドではなく、ローレンスの方を見ていた。
「お久しぶりです。私のことは覚えていらっしゃいますか?」
「ローレンス様……、大きくなりましたね。まさか、こんな所で再会するとは……」
二人の間に流れる微妙な空気に、アンドレアは胸騒ぎがしたが、今はそれどころではないとアルフレッドが一歩前に踏み出した。
「学園長、長い間病に苦しみ人前に出ることがなかったサザール伯がある時突然心身ともに健康となり、また姿を見せるようになった。それも屋敷の使用人をごっそり交換したものだから、当時は奇妙だと噂が立ったな。お前が秘密裏にサファイアに入国して、レンシアの花の毒を使って、本物のサザール伯の気を狂わせて、入れ替わったのだろう。ここにいるのが何よりの証拠だ」
「何のことでしょう? 殿下は何か夢でも見ていらっしゃるのでは?」
「イザベラと一緒でずいぶんと姿を変えたから分からなかったが、その小柄で猫背の姿。気が立つと親指をくるくる回すくせは変わりないなぁ、ブライン」
ここまできて、言い逃れようとするサザールに、ローレンスの後ろから別の声が上がった。
「くっ…コンラッド……貴様も……」
ローレンスの後ろから現れたのはコンラッドだった。それを見たイザベラもぐっと唇を噛んだ。
かなり変装をしているとはいえ、過去を知る男の登場で、ここまで来たらもう言い逃れはできなくなった。
「ブライン・ドミナール。もともと叔父の側近で、その後暴走した第二王子カヒルの側近になった男だ。いまだに叔父の犬をやっていたとは驚きだな」
「くっ………」
「サザール伯の領土にレンシアの栽培に適した南の高地があったな。すぐにそこを調べさせよう。栽培は禁止されたものだ。これでマカラードの尻尾を掴んだも同然、キドニーに交渉してこちらで裁きを受けてもらう」
サザールではなく、ブラインは頭を掻きむしりながら膝から崩れ落ちた。
ブラインとは対照的に、イザベラは顔を伏せていたがクスクスと笑い出した。
「忌々しい…、サファイアのクズ王子が…。かつて、貴様の父がクラフト王を支持したことで、我が父が敗れ国を追われたことを忘れていないぞ……。クラフト共々、滅びてしまえ!」
温室の外から、人々の争う声と硬質な物がぶつかり合う音が聞こえてきた。
どうやら周りを固めていたライオネルと警備兵達が攻撃を受けているようだった。
「ホワイトリリーの警備のほとんどは、我々が手を回してある者達だ。何かあればすぐに周りを制圧するよう伝えてある。すぐにここにもやってくるぞ」
人々の争う声が近くなって、あっという間に温室の中にも兵士が雪崩れ込んできた。
ローレンスとコンラッドは咄嗟に剣を抜いて、すぐに兵士達と交戦状態になった。
強者の二人組が負ける心配はないが、何しろ数が多いので、倒すのに手こずっている。
アンドレアがそこに気を取られていると、キャアと声がした。マズイと顔を向けると、地面に崩れていた学園長が立ち上がり、アンバーを人質にとって首に剣を当てていた。
「悪いがここで捕まるわけにはいかないからな。アンタには一緒に来てもらおう」
「い…いや…いや触らないで……」
男嫌いだというアンバーは、学園長に背後から抱えられて、ガタガタと震えながら青い顔をして泣いていた。
カチャリと音がして、アンドレアの首筋にも冷たいものが当てられた。
イザベラが兵士から剣を受け取り、それをアンドレアの首に当てたのだ。
「道を開けなさい。この女達の首が切れるところを見たいの?」
バタバタと兵士達を薙ぎ倒していたローレンスとコンラッドだったが、この事態に動きを止めた。
「イザベラ…、やめてください。彼女を傷つけたら、いくら貴女でも許しません」
「ローレンス、フィランダーでの思い出は良いものだったから、貴方と争いたくはなかったけど、仕方ないわ。この娘が大切なのかしら? 大丈夫よ、キドニーまで連れて行って丁重に扱ってあげるから」
「イザベラ! 彼女を…連れて行かないでくれ」
ローレンスが懇願する目になって、剣を地面に落とした。
先程までは怪物のような強さだったのに、今は手を震わせて小さくなっている姿にアンドレアの胸は強く痛んだ。
強者であるのに、これでは自分はローレンスの弱点になってしまうと悔しくなった。
コンラッドも悔しそうな顔で剣を落としたので、それを合図にブラインは行くぞとイザベラを促して、アンバーを捕らえたまま歩きだした。
アンドレアは今だと目を力強く開いた。
令嬢相手だと油断している瞬間、アンドレアはこの機を待っていたのだ。
ドレスをガバッと持ち上げて、パニエの裏に隠していた剣を取り出した。
まずは身を翻してイザベラの剣を叩いて飛ばした。回転する勢いをそのままに、イザベラの胴に当てて、イザベラは衝撃で後ろに飛んで床に転がった。
何が起こったのかと、口を開けていたブラインに走り寄って、上から剣を下ろした。ブラインは咄嗟に受け止めたが、アンドレアの体重をかけた重い一撃によろめいて、体勢が崩れた。そのまま勢いが衰える事なく、剣を振り下ろして、ブラインの剣を弾き飛ばして、首にピタリと合わせて動きを止めた。
この時点でアンドレアはブラインの上に乗り上げていたので、ブラインはもう身動きが取れなかった。
一瞬誰もが何が起きたのかと言葉を失い、周囲を静寂が包んだ。
パチパチと手を叩く音がして、ハッと気がついた者達の視線は、温室の奥から出てきた男に集まった。
「お見事! さすが、俺が見込んだやつだ。今回は君の大手柄だな、アルバート」
「殿下……今までいったい何を……」
「悪いね、荒事は苦手なんだ。まぁ、上手くいったからいいじゃないか」
後輩に全てを任せて美味しいところだけ登場するアルフレッドに、アンドレアと王子達から呆れた視線が飛んだが、慣れているのかヘラヘラと笑いながらアルフレッドはよっと言いながら隠れ場所から出てきた。
そこに外の兵士を制圧したライオネルが、遅くなったと言いながら飛び込んできた。
温室内に残ったイザベラ側の兵士達はこれ以上は無駄だと剣を落として大人しく降伏した。
こうしてブラインとイザベラは捕らえられて、まずは証拠を抑えることに成功した。
彼らの証言や、レンシアの話の栽培場所、キドニーからの流れについてはこれから詰められることになるが、アンドレア達が依頼された件は一応の解決となった。
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「それはそれは…、本当にカッコ良くて、心の底から痺れましたわ。あの姿を見て恋をしない令嬢はいませんわよ。この私を颯爽と助けてくださったのですから」
アンバーが頬を染めながら熱弁している姿を、双子のランレイとレイメルがうんうんと頷きながら真剣に聞いていた。
大変だったなと、ルイスに言われて、アンドレアは疲れたよと言いながらカップに残ったお茶をごくりと飲み込んだ。
アルフレッド王子から依頼された、潜入大作戦はここでの終結はしたが、ダンスパーティーは続いていた。
せっかくたくさんの生徒が集まって楽しんでいるものを、調査だと言って終了したくはないもアルフレッドが止めたので、他の生徒達には何が起こったかは伏せられてそのまま続行されることになった。
王子達はいったん集まって、後処理や今後の話をするらしく、やる事のないアンドレアとアンバーは会場に戻されてしまった。
そうなればアンドレアは、今までずっと蚊帳の外で、話が聞けるのを待ちに待っていた男達にすぐに捕まってしまった。
事情だけ軽く聞いていたのだろう。
ルイス、ランレイ、レイメルがどこらからスッと現れて、談話用のスペースにアンドレアを攫っていった。
お茶を飲みながら、詳しく話を聞かれていたら、アンバーも乱入してきてしまい、先程の大立ち回りの件を臨場感たっぷりに解説し始めてしまった。
「……それにしても、リディがまさか、男性だったなんて」
「あ……ええと、それは……」
ここの話になってしまうと、知っている人と知らない人がいて非常にややこしい。
この中では、アンバーだけがアンドレアについて知らないので、みんな顔を見合わせて、苦笑いでごまかすしかなかった。
「……おかしいわ。私、男性であれば変装していてもすぐに分かる自信がありますのよ。アルバート様がいくら美しい方でも分かるはずですのに……」
「それはアルバートが本当は……んぐっ」
つられて余計なことを言いそうになったレイメルの口を、アンドレアは手を伸ばして塞いだ。
これ以上事情を知っている人を増やされて、もっとややこしいことになったら困るのだ。
「……それで、あのローレンス様が、アルバート様の恋人だというのは本当ですの?」
「えっ…ええ、はい」
それを聞いたアンバーは、はぁぁーと大きなため息をついた。
「フィランダーの王子は何を考えていらっしゃるのかしら。王族で男の恋人など、風当たりが強いことは明らか。アルバート様が苦労することは目に見えているというのに…」
アンバーが率直な意見をポロリと口から出した時、その後ろを大きな影が通過した。
「それはご忠告、どうもありがとうございます。ただ、私が側で守っていくつもりですので、ご心配には及びません」
「ローレンス!」
どうやら話し合いは終わったらしい。いつの間にかやって来たローレンスは、椅子に座ったアンドレアを後ろから抱きしめて頭に口付けた
流れるように自然に瞳を合わせて微笑む姿に、誰もが二人の親密で揺るぎない関係を想像できた。
「まぁ…、お幸せそうで何よりです」
アンバーはつまらなさそうな顔になって口を尖らせた。
「アンバー嬢、美を求める気持ちは分かりますが、今回の件では令嬢達が多く傷ついています。利用された形ですが、その発端は貴女にもあると思いますよ」
「まー、ご忠告ありがとうございます。確かに私の飽きっぽい性格が事を大きくしたのは自覚していますわ。反省しております。はぁ…、女性であると思ったリディの事は気に入っておりましたのに…一番欲しいものは手に入りませんのね」
それは残念でしたねと言いながら、ローレンスはアンドレアの手を取って椅子から立たせた後、自分の方へ引き寄せた。
「私はアルバートが男であっで女であっても、愛する気持ちは変わりません。諸事情を考えれば私は幸運な男であったというだけです。アンバー嬢もそんな風に愛することができる方に出会えると良いですね。あっ、私にとってアルバートは一番欲しいものではありません。アルバートしか、欲しくないですから」
そう言って微笑んだローレンスは、アンドレアに顔を近づけて、目と鼻と口、次々とキスの雨を降らせた。
「ちょっ…ローレンス、みんなの前で……」
真っ赤になって慌てるアンドレアを見ながら、ここにいる全員がため息をついて、ご馳走様と声を揃えて口にしたのだった。
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