⑨男達の戦い
剣闘大会、パト・ガレの当日はよく晴れた青空だった。
早朝から目を覚ましてしまったアンドレアは、すぐに制服に着替えた。
部屋にいてもルイスを起こしてしまいそうなので、外の空気でも吸おうと寮から出て特に何も考えずにまだ薄暗い中、校舎の方へと向かった。
そこで思わぬ人物に朝っぱらから出会うことになった。
「やぁ、アルバート」
「うっ…コンラッド…」
大会の出場者であるコンラッドがなぜ早朝からフラついているのか分からなかったが、すでに動きやすく作られた白い剣技服を着て準備はできている様子だった。
「準備万端だな…、朝から訓練か?」
「出場者はこの時間に集められるんだよ。で、クジを引かされて誰とやるか決められた」
「なるほど…、そういう手順になっているのか…」
砂を含んだような風が吹いてきて、コンラッドの黒髪を揺らした。アンドレアには、コンラッドから緊張感を全く感じないことに気がついた。
「…余裕の顔をしているな。確かに出場者の中ではお前の強さは群を抜いているように見える」
「そう、その通り。正直簡単すぎてつまらないんだ。せっかくローレンスが出るかと思ったのに…」
まるでローレンスと戦うために出場したような口ぶりだった。
アンドレアの視線を感じ取ったコンラッドは、ニヤリと笑った。
「去年のキントメイアを倒して、会長の座につく。完璧なシナリオだよ。これで俺に反抗するような人間はいない。ここは俺の王国になる」
「なんだよそれ…。そんなものを目指しているのか」
「最初はそう考えていたんだよね。楽しそうだなって。でもさ、それって結局兄と同じなんだよ。そう考えたら馬鹿らしくなっちゃって。真面目にやってみようかなと思い始めたんだ」
「真面目って…」
「つまり、ちゃんとこの学園を良くしたいって事だよ。生徒会を無くした学園は各国から集まる寄付金を不正に使われる温床になっている。会長としてきっちり学園を立て直す。父はまだ兄を諦めていないからね。違うことをして目立つのも悪くないかなって」
「そっ…まさか、本気で…?」
とても信じられないコンラッドの言葉にアンドレアは驚いた。初めて会った時のとんでもない印象から、どうもまだ騙そうとしているように思えてしまう。
「さぁ、どう思う?副会長」
「だっ…、お前…やっぱり仕組んだな!!」
自分が選ばれたことが明らかにおかしかったので、アンドレアはなにか力が動いたように思っていたのだった。
「ああ、だって面白いだろう、ローレンスのオンナ…じゃなくて、オトコか。そいつをこき使うのは楽しそうだし、もしかしたらローレンスも大会に出てくるかもしれないと思って」
「お前の野望に巻き込まないでくれよ…」
「面白いことを思いついた。決勝戦ではアルバート、お前の出番も用意しよう」
「…は?」
そう言ってコンラッドは手を伸ばしてアンドレアの頬をさらりと撫でた。
「俺はローレンスと違って男には興味はないけど、遊ぶくらいならできそうだ」
「はっ…え?どういう……」
片方の端だけくにゃりと上げて笑ったコンラッドは、音も立てずにさっさと歩いて行ってしまった。
アンドレアは訳もわからず、その後ろ姿を呆然と眺めていたのだった。
□□
晴れた青空に、怒号のような男達の歓声が響き渡る。
剣闘大会は例年通りの盛り上がりを見せて順調に進められていた。
「イアン凄いじゃないか!」
アンドレアとの決闘で負けたイアンはそれから毎日特訓を重ねた。体つきもガッチリしたものに変わり、身のこなしも格段に素早くなった。特訓の成果もあり、ついに決勝進出の権利を得たのだ。
「うちのクラスから決勝進出者が出るなんて…、担任は泣いて喜ぶな」
ちょうどイアンの試合が終わって、アンドレアの隣でルイスが手を叩きながら喜んでいた。
観戦はクラス単位で席に座ることになっている。
ローレンスのクラスとはかなり離れていて、人で溢れているような今日は姿さえ見えなかった。
「それにしても、やっぱりコンラッドは余裕だったね…」
イアンの決勝の相手はやはりコンラッドだった。しっかりと戦いをしてきたイアンと違って、コンラッドは戦いにもなっていなかった。
開始からくるくると剣を遊ぶように回していて、相手が打ち込んでくる攻撃を交わしたら、そのまま喉元に正確に当てて終了。その繰り返しで進んできた。
アンドレアのクラスからもコンラッドを応援する声がかなり聞こえる。すでに何人も信者がいるようだ。
「さすがにイアンもキツいかもな。やつの反撃を見越して距離を取って長期戦に持ち込んでも、ここまでの試合で体力の消耗が違いすぎる」
アンドレアもルイスの意見と同じだった。イアンが負ければその時点でコンラッドは会長としてやっていくことを宣言するだろう。
「アルバート、アルバート・ブランはいるか!?」
急に名前を呼ばれたので振り向くと、大会の司会をしている教師がアルバートの名を呼んで探していた。
「はい、ここですけど」
アンドレアが手を上げると、こちらに走ったきた教師は、アンドレアの腕をガッチリと掴んだ。
「こんなところで何をしているんだ!?早く行くぞ!」
「へ?なっななんですか?え?」
「君は副会長だろ、何をのんびり観戦しているんだ。手伝いなさい!」
「ええっ!何も聞いていないですけど!」
お怒り顔の教師に引っ張られて、参加者の控え室まで連れてこられてしまった。選ばれただけで、生徒会の役員がすでに機能しているなどとは全く思っていなかったのだ。
「アルバート?どうして君がここに?」
控え室では戦いを終えて、息を整えているイアンの姿があった。
「いや…なんか、分からないけど、教師に連れてこられた…。手伝うことなんかある?」
「俺は特に……」
「アルバート!遅いじゃないか。ちょうど良かったこっちに来て」
「げっ…コンラッド…」
声を聞きつけたのか、廊下にいたコンラッドがイアンの控え室に入ってきて、こっちだとまた腕を掴まれてアンドレアは引っ張られた。
コンラッドの控え室に連れてこられたアンドレアは、コンラッドに汗をかいたので着替えを手伝ってくれと言われて青くなって固まった。
「うっ…嘘!おっ…俺が?手伝うの?」
確かに剣技服は体に張りつくようなもので、着るのはいいが脱ぐときは誰かに手伝ってもらわないと脱ぎにくい作りだ。
だが、それで自分が手伝うのはまずいだろうと、アンドレアは背中に冷たい汗がたれてくるのを感じた。なぜなら剣技服の下は基本的にみんな何も身に付けないからだ。
「男同士で何を恥ずかしがっているんだよ。同じものがついてるんだろう」
「それはっ…そうだけど、でも…ええっと……あれがそれで…」
「ほら、早く脱ぐから手伝ってくれよ」
そう言ってコンラッドは、さっさと胸の前にある紐をほどき始めた。
アンドレアは慌てながら、何とか見ないようにして服を掴んで押さえた。
「今度はこっちだ」
上半身はいいとしても、下半身に取りかかるとアンドレアはもうパニックになってしまった。
「アルバート、そこを押さえてくれ、足を抜くから…」
「ううっっ」
「……アルバート、どうして目を閉じているんだ?」
「いっいいから、早くしろよ」
アンドレアは目を閉じて服を押さえる作戦に出た。このままコンラッドの脱げたという声が聞こえたら部屋を出ようと思っているのに、なかなかその声が聞こえてこない。
「……んー、これはなかなか…。意外といけるかもしれない」
「なんだよ!早く…」
「アルバート、目を閉じているとキスするよ」
コンラッドの言葉にほぼ反射的にアンドレアは目をぱっと開いた。
しかし、その目に飛び込んできた光景にアンドレアは驚きのあまり声にならない声を上げた。
「だぁーーーー!ちょっ!!嫌だ!ちょっと!隠せって!ふざけんな!」
「ぷっはははっ!お前、からかうと面白いな」
見てはいけない光景に真っ赤になって後退りするアンドレアは、大声を聞いて何事かと飛び込んできたイアンとぶつかってしまった。
「いてっ!なにフザけてんだよお前ら!ったく試合前にうるせーよ!」
「ちょうど良かったイアン、話があるんだ」
新しい剣技服を着ながらコンラッドは機嫌が良さそうにイアンに話しかけてきた。
「俺に?なんだよ…」
「決勝戦の勝者がもらえる勝利品が増えたよ」
剣闘大会で優勝すると、色々と勝利品をもらえる。食堂のお食事券だったり、ちょっとした金や宝石ももらえるはずだった。
「そこにいるアルバートだ」
「は?」
意味が分からなかったアンドレアとイアンは二人して同じ声を出してポカンと口を開けた。
「勝者はアルバートを好きにしていい権利を得る。運営も了承済みだよ」
「なっなっ…そんな勝手に!?そんなこと許されないだろ!」
真っ赤になって怒るアンドレアを見て、コンラッドはまた噴き出して笑った。
「なにを想像しているか知らないが、つまり、労働としてこき使う権利だよ。ずっとじゃないし、それくらいいいだろう」
「よくない!俺を賞品にするな!」
暴れだそうかと怒りに燃えたアンドレアを、イアンは軽く手で制した。
「いいだろう。俺はこいつに借りがあるし…。俺が勝てば、アルバートを自由にしてやってくれ」
「イアン…」
イアンの言葉に、コンラッドはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
コンラッドがイアンではなく、その先を見ているのは明らかだった。ただ、こんな見え透いた誘いにあの人が乗ってくるのかアンドレアには分からなかった。
決勝戦を知らせる音楽が鳴り響き、会場からは拍手や男達の声援が聞こえた。
体をぶるりと震わせて、イアンは先に会場へと出ていった。
その後に余裕の微笑みを浮かべながら、コンラッドが続いたのだった。
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