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入れ替わり令嬢、初めて恋を知る  作者: あさがお
第二章

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⑧選ばれた者達

 週が明けると生徒会発足の話は本格的に始動した。役員は各クラスから推薦で選ばれる。会長に関しては、強い者を求める声が多く、なんと剣闘大会の優勝者をという流れになってしまった。


「ということは、ローレンスが会長!?になるんですか!?」


 王族用の浴場の個室で砂を落としながら、衝立の向こうにいるローレンスにアンドレアは話しかけた。


「私はそんなものやりませんよ。そもそも、今回のパト・ガレにも出るつもりはありませんでしたし」


 校庭での走り込みの授業から、悪ノリした生徒が出て、あっという間に校庭の砂のかけ合いになって、砂だらけになったアンドレアはまたローレンスに声をかけて王族の脱衣場を借りることになった。


「ええ!?前回優勝者なのに出ないんですか?」


「ええ、一度優勝した者が何度も出るのは好まれないのです。出られないわけではありませんが」


 砂を流したあと薔薇の香りのするオイルを垂らして、髪に塗り込んでいくと滑らかな手触りになってアンドレアは上機嫌だった。


「確か参加者の締め切りは今日まででしたよね。なるほど大会の王者がそのまま学園の王になると……」


「締め切りまでチェックしているとは……、アンドレア、やはり出るつもりでしたね?」


「まっ…まさか!一般クラスは話題にしているのでみんな知ってますよ」


 実をいうとイアンにまた戦いたいと言われて、直前まで悩んでいたのだが、ローレンスが怖くて結局やめることにしたのだ。


「……あの男に誘われでもしましたか?アンドレアはなぜか仲良く話をしているらしいですらね」


「え!?なんで知って……あ!」


「はぁ…。分かりやすくて可愛いのですけど、ますます心配の種ですね。顔にアザでも出来たら、もう閉じ込めて外へ出しませんから」


 たまにローレンスは変な冗談を言うので理解できないときがある。よく分からなかったが、アンドレアは笑ってごまかした。


 お湯を使って全身を洗い流して綺麗サッパリになった。用意されていた大きなタオルを体に巻いて、髪の毛の水分を拭き取っていたら、アンドレアの耳に、ある鳴き声が聞こえてビクリと体が固まった。

 聞き間違いかと思って顔だけゆっくりそちらに向けると、洗い場の角にアンドレアの苦手なアレがいて、チューチュー鳴きながらこちらに向かって来た。


「ひっ!!…ねっね……来ないで……」


「どうしました?アンドレア?」


 急に悲鳴のような掠れた声がして、ローレンスは驚いて声をかけてきた。

 恐怖の崖に立っていたアンドレアは、ローレンスのことを思い出して、慌てて衝立を押し退けて逃げ出した。


「ローレンス!助けて!ねねねっねね……」


 タオル一枚巻いた姿でアンドレアは飛び出して、椅子に座っていたローレンスにしがみついた。


「は?ね、とは?なんですか?」


 震えながらしがみつくアンドレアの後ろに、こちらを見ながらのんびりと移動していくネズミの姿が見えた。


「もしかして……、ネズミですか?」


 アンドレアが、ローレンスにしがみつく力が強くなった。


「だめなんです!子供の頃、アルバートに背中にネズミを入れられて……!背中を噛られたんです!それ以来あれだけは怖くて……」


「……まったく、あなたの兄はなんというイタズラを……。ほら、もう大丈夫ですよ。ネズミはあそこの穴に入っていきました。通り道だったのですね。塞いでおいてもらいましょう」


 ローレンスはアンドレアを安心させるように、背中をとんとんと優しく叩いてくれた。


「………それにしても……、アンドレア……なんという格好で……」


「あ…すいません、水気は拭き取ったのですが…」


 アンドレアは一応タオルは巻いているが、胸元はギリギリまではだけて、下は太ももの辺りまで見えていた。


「……………」


 ローレンスは急に静かになってしまったが、落ち着かせてくれるためだと、アンドレアは思いこんだ。


「……もう少しこのままでもいいですか?ローレンスに触れていると安心するんです」


 ローレンスの大きな胸元に包まれていると恐怖は薄らいでいった。嬉しくなったアンドレアが顔を擦り付けるようにすると、上の方から唸るような苦悶の声が聞こえた。


 見上げるとローレンスは鼻を摘まんで、上を向いて唸っていた。


「ええ!?ローレンス?も……もしかして飛び付いたとき、頭突きでも……!!」


「違います…、違いますがアンドレア。そろそろ着替えてください。もう崩壊寸前です」


「はっ…はい!」


 やはり頭突きしてしまったのかもしれないと、アンドレアは急いで飛び退いて、衝立の奥に戻った。

 優しいローレンスのことだから、アンドレアが気に病まないように、気を使ってくれたのだろうと思った。


 急いで着替えて出てきたが、ローレンスの姿はなく、手紙が残されていた。見ると、次の授業の準備があるので先に行きますと書いてあった。


「忙しかったんだ…、付き合わせてしまって申し訳なかったな」


 ローレンスのさりげない優しさを感じで、申し訳ない気持ちもありながら、アンドレアは心が温かくなって微笑んだのだった。




 □□




「おい!どうしたんだ!!顔が血だらけだぞ!誰かに殴られたのか?」


 着替えるために自分の部屋へ戻ろうとしているところに、また会いたくないやつに会ってしまった。


「殴られたわけではありません。顔は腫れていないでしょう」


「また鼻血か、お前よく出すな。どこか悪いんじゃないのか…。しかも服まで飛んでるぞ」


「ええ、そうですね。一時的に鼻をつまんで止めていたので、外したら噴き出したのですよ。だから着替えに戻ったのです」


 またなんでそんな無茶をとライオネルは呆れた顔をした。最近、小言が増えてうるさくなった男は暇なのか後ろを付いてきた。


「会長決めに剣闘大会が使われる話は聞いたか?」


「あなたもですか…、まったく…私はやりませんからどうでもいいです」


 ローレンスはため息をついた。学園にいても自国の仕事が送られてくることもあり、生徒会などと関わってこれ以上忙しくなることなど絶対避けたかった。


「そうか…、やっぱりお前は出ないんだな。コンラッドは予想通り出るらしい」


「まぁ、そうでしょうね。なにを企んでいるのやら…」


「他の役員は推薦で勝手に決められるらしいな、うちのクラスはレヴァインが書記で決まったらしい。あいつ優秀だからな……本人は嫌がってたよ」


 王族用のフロアに着いたローレンスは、血の染みついたシャツを脱いで洗濯用の箱に入れた。水場で濡らしたタオルで顔を拭くとタオルはすぐに赤く染まった。


「推薦ってのも酷だよな。拒否権はないらしいから、アルバートも面倒なのに選ばれたな……」


「はい?なんですって?」


 聞き捨てならない名前を聞いて、ローレンスが顔を拭く手は止まった。


「ああ…、さっき発表されたから知らないのか。アルバートはあの決闘ですっかり人気者になったらしく、票が集中して副会長に選ばれたって……」


「……それは、面倒なことになりましたね……」


 ローレンスの手から落ちたタオルが洗い場の縁に当たってバシャンと音を立てた。

 急に静かになったフロアに、ぽたぽたと水が滴る音だけが響いたのだった。




 □□




「おっ……俺が副会長なんて!むむむ無理だって!!」


 皆から遅れて教室に戻ったアンドレアは、なぜか拍手で迎えられた。

 お誕生日だったかななどと、ポカンとしていたら、おめでとう頑張ってと声援が送られた。


 理解できずにキョロキョロと周りを眺めていたら、人の波をかき分けるようにして来た双子に、ちょっと来てと言われてトイレまで連れてこられた。



「もちろん、俺達は推薦なんてしていないよ。確かにアルちゃんの隠れファンは多いけど……仕組まれた感じがするな…」


「やりたいって騒いでいたやつもいるのに、どうしてアルに…、おかしいよね……」


「そんな……会長がコンラッドになったら、俺は…悪の片棒を担ぐことに……」


 青くなって固まるアンドレアを、慰めるようにランレイが背中を叩いた。


「まだ状況が分からないからなんもと言えないよ。とりあえず俺達も情報を集めるから。急になにかやらされるわけでもないだろうし、落ち着いて!」


「わ…分かった」


 突然の指名に動揺を隠せず、胸に不安ばかりが占めていたが、よく考えたらこれはチャンスかもしれないとアンドレアは思った。


 会長ほど高い位置ではないが、近くで何かをするところを見ることができるのだ。

 もし、コンラッドが不正を行って学園を混乱させるようなことをするとしたら、側で止めることが出来るのは自分かもしれないと考えたのだ。


「…って、剣闘大会でコンラッドが勝つと思い込んでいたけど、そこはどうなの?他の人が勝つ可能性も……」


「それはないんじゃないかな。コンラッドは、ローレンス様に勝ったことがあるから」


 レイメルの言葉に、アンドレアの心臓は騒いだ。確かに互角くらいの強さかもしれないとは思ったが、まさか本当にローレンスに勝てる腕を持っていたとは驚きだった。


 大会は今週末に行われる。本締め切りは今日までで、コンラッドも申し込んでいると聞いていた。


 得体の知れない不安はいまだ渦巻いている。アンドレアはただの傍観者ではいられなくなった。

 自分に出来るのは正しい目で見ることだけ。

 そう心の中で強く繰り返した。



 こうして、学園は興奮と混乱の種を含んだまま、週末の一大イベントである、剣闘大会の日を迎えたのだった。





 □□□


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