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入れ替わり令嬢、初めて恋を知る  作者: あさがお
第二章

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⑦赤の真相

「それでは夜起きてしまい、バルコニーに出たあなたは、そこでコンラッドを見かけたわけですか」


「……そうです。たまたま見かけて、向こうもそれに気づいて勝手に上ってきたんです。ちょうど、そのときのことについて今日話に来たんです」


 ローレンスに抱きすくめられるようにして、教室の中へ入ったアンドレアは、椅子に座らされて質問攻めにあっていた。


 教師のように教卓に立ったローレンスは、片方の眉を上げて、不服そうな表情をしていた。


「寝間着姿でね……、まぁ、ここまではいいでしょう」


 令嬢が殿方に見せるには、行き過ぎた格好だが、この学園で男に囲まれて過ごしていると、アンドレアは感覚が麻痺してきたのか、それくらいなんだと思ってしまった。


「そこは、重要じゃないんです!お伝えしたかったのは、コンラッドの服なんです!私が見たときは真っ赤に染まっていて、まるで殺戮でもしてきたみたいだったんです」


「服が……?赤く?」


「事件という事件は起きていないみたいですけど、もしかしたら、誰も知らないところで誰かを……」


 青ざめた顔で訴えるアンドレアだが、ローレンスは冷静な表情を崩さず腕を組ながらしばらく考えていた。


「生徒や職員で誰かがいなくなればすぐ分かりますからね。その線はないでしょう。事件と言えば、職員室の荒らしでしたよね」


「ええ…、確かランレイもそんな話を……」


「と言うことは、彼がその侵入犯なのでしょう」


「え!?」


 関係ないと思っていたのに、急に結びつけられてしまい、そこまで追い付かなかった。


「赤い色は血の色ではなく、ナニィの色なのでは?確か、職員室の前には今の時期赤く色づいたナニィが多く生えています。食用や、染料にも使われますよね」


「職員室前の植え込みに人が入った形跡があったって……!そうか!コンラッドが知らずにナニィが生えている中へ入ったら、確かに潰れやすい実だから、真っ赤になってしまうかも!」


 そうなると、なぜ彼が鍵を壊して忍びこむような真似をしたのかという、疑問が出てくる。


「盗まれたものがないとすれば、ことを荒立てて騒ぎを大きくするための演出か…、まぁ事態が動くのを待ちますか」


 ローレンスはまた考え込むように、目をつぶってしまった。ローレンスはアンドレアが悩んでいたことも、簡単に導きだしてしまう。その姿に心は熱くなり、つい熱っぽく見つめてしまった。


「アンドレア、そんな目で見つめないでください。ここは教室ですよ」


「うっ…。すみません、つい……」


 目をぱちりと開けて、ローレンスは苦笑している。一人で何を考えているのかとアンドレアは顔を赤くして下を向いてごまかそうとした。


「困った子ですね。アンドレアはいつも私の心を乱す」


 なんだか怒られているみたいなので、恐る恐る顔を上げると、ローレンスはすぐ横まで来ていて横に膝をついて座り、アンドレアの頭を優しく撫でた。


「確かに以前はそれなりの方とお付き合いしていたのは事実です。でも、どこかいつも冷静で冷めた自分をずっと感じていました。でも、あなたと出会って、自分は一人の人間だと思うことができたのです。嫉妬したり、欲情したり、心を痛めたり、心配したり、愛しいという気持ちが止まらないと感じたり……」


「ローレンス……」


「そういう、感情は不要だと思ってきましたが、それが血の通わない絵空事だったことを実感しています。心から愛しいと思う気持ちを失ってしまったら、もう生きてはいけない」


 いつもみたいなふわりとした笑顔ではなく、真剣な顔のローレンスに、アンドレアの心は痺れるように掴まれてしまった。


「責任をとってくれますか?」


 アンドレアの唇を撫でながら、やっとローレンスは優しく微笑んだ。今までみたどんな顔より、嬉しそうな照れたような表情だった。

 これは、しっかり返さないとと思い、アンドレアは心の中で気合いを入れた。


「は……はい!もちろん!今はこんな格好ですが、いつか必ずちゃんとしたレディになって、ローレンスに相応しい人間になれるように……」


「ん?私の中では、あなたはとっくにレディですよ。少々お転婆ですが、実はそこも気に入っているんです」


 そう言って、ローレンスはアンドレアの唇に優しく自分を重ねた。

 深くはない、初めてみたいな優しい口づけだったが、お互いの気持ちが流れ込んでくるみたいに温かくて、しばらく抱き合いながら、ずっと重ねていた。


「ローレンス…、好きです。大好き…」


「私もです。ずっとこうしていたい」


 ローレンスの広くてしっかりした腕に抱かれていると、強い安心感が生まれてきて、アンドレアは幸せに押されるように目を閉じた。


「……ところで。寝間着姿の件ですが」


「……まだ、それを聞きます?たまたまですって…ひゃぁ!」


 少々しつこいと思っていたら、ローレンスに耳を甘噛みされて、変な声が出てしまった。


「言っておきますけど、私はアンドレアの寝間着姿を見たことがないのですよ!」


「……別に、そんな……ただのシャツとズボンで…」


「許せない!コンラッド!私より先に…!しかもアンドレアの髪の毛汚したりして…!」


 だんだん、ローレンスが抱きしめてくる力が強くなり、アンドレアも慌て始めた。


「うぅ…ローレンス……!そうしたら、今日、寝る前に遊びに行っていいですか?もちろん!寝間着姿で!」


 ギリギリと締め付けられていたのが、スッと止まった。


「本当ですか!?では、よく眠れるハーブティーでも用意しておきましょう。あっ、ルイスには帰ってこないからと伝えてくださいね。そのまま、一緒に眠りましょう!もちろん紳士でいるとお約束しますので」


 キラキラとした瞳で、花でも咲かせてるみたいな笑顔のローレンスを見て、アンドレアはホッとするとともに。だんだん、扱い方を覚えてきたなと思うのであった。




 □□



 一週間もすれば、騒動も落ち着くと思われたが、徐々に授業中暴言をはいたり、ボイコットする生徒も現れて、教師達は会議を重ねて、ついに生徒会を正式に再結成することが発表された。


「やっぱり、アレがきいたよね」


 放課後、双子とルイスとアンドレアで食堂に集まって、最近の騒動についてあれこれ話していた。


「学園の事務局で生徒向けの資金を使い込んでいるやつがいたんでしょう。確かに最近、一般生徒の設備が壊れても放置されていたりして、酷かったよね」


 会計の不正の証拠というのが、学園に提出されたらしい。それによって事態は大きく動いたのだ。


「コンラッドって、やってることはよく分からないけど、今のところ、生徒達のためにはなってるよね。それが怖いけど」


「会長になって学園を乗っ取るつもりじゃない?あいつの兄みたいに……」


 双子がペラペラと話しているのを、お茶をすすりながらルイスと聞いていたが、兄という言葉にアンドレアは反応した。


「兄って?何の話?」


 有名な話だよとルイスが説明してくれた。コンラッドの兄弟で一番上の兄は、かつてこの学園に在籍していたそうだ。しかし、当時の生徒会と対立して反乱を起こして、学園をめちゃくちゃにしたそうだ。

 彼は退学となり、平和は戻ったということだったが、なぜそんなことをしたのかは、明かされていないらしい。


「その兄というのが順番でいけば次の王位になるけど、どうやら各国を逃げ回るように旅していて、自国には戻らないらしいんだ。となると、次はコンラッドになるから、色々と複雑なのかな」


「ちょっと待って、他の兄弟はどうした?確か、第六王子だったよな?」


「長男以外は全員死んだよ。病気とか事故とか色々言われているけど真相は不明。噂ではコンラッドが全員殺して、次は長男の命を狙っているって言われている」


 衝撃の事実にアンドレアは絶句する。まさか、そんな複雑な事情を抱えていたのかと、兄に振り回されながらも平和に生きてきたアンドレアには、全く想像のつかない世界だった。


 コンラッドに噂を信じるのかと聞かれたことを思い出した。あの時、それは真実なのかと聞いたら、コンラッドは噂通りだと肯定したのだろうか。

 何を考えているのかとアンドレアは小さく頭を振った。自分のようなただの生徒に、わざわざ自分の事情など話さないだろう。

 体についた職員室荒らし証拠さえ、どうでもいいように隠さなかった男だ。他人にどう思われようと、そもそも気にしないのだろう。


「ローレンスとコンラッドは昔から知り合いだったの?」


 それには、双子が答えてくれた。


 ローレンスの叔母にあたる人が、コンラッドの母親であること。お互い王位から遠いこともあって、幼い頃はよく国を行き来して交流があったそうだ。

 ある出来事がきっかけで、二人の間に溝が生まれて、それ以来疎遠になってしまったことを教えてくれた。


「公式には発表されてないけど、殺されたんだ、コンラッドの母親は…。それで、国同士の関係はほぼ断絶状態だよ」


「ええ!?」


 コンラッドの瞳には、簡単に人を寄せ付けないような拒絶の色が浮かんでいたのを思い出した。だからそうという単純なものではないだろうが、国の状況も含めて、若くして壮絶な経験をしてきたことが分かった。


「……コンラッドは、案外真面目に学園を変えようとしているのかもしれないな」


 アンドレアがボソリと呟くようにこぼすと、三人はまさかという顔で否定してきた。


「なんの利益があって?少なくともそういうタイプじゃないでしょ」


「絶対なにか企んでいるに違いないよ。やっぱり兄のように学園をめちゃくちゃしてやろうとかさ」


 同じくとんでもないことをする兄を持つアンドレアとしては、同じ道を辿ろうとすることに違和感があった。立ち聞いた話の中で、認められたいだけという台詞があった。どうしても、それが戯れ言だとは思えなくて、その事だけがアンドレアの頭から離れなかった。




 □□□


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