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入れ替わり令嬢、初めて恋を知る  作者: あさがお
第二章

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⑤赤い制服

 嫌な夢を見た。


 誰かに追われる夢だ。


 冷たい床の上を裸足で走っていた。


 ひたひたと音が響いて、それがやけに恐ろしかった。


 なぜだか逃げなくてはという気持ちで、ひたすら足を動かしていたら、出口が見えた。


 だが、出口まで来たのに扉は開かなかった


 そして迫り来る気配に身を縮ませた。


 黒い手が伸びてきて肩を掴まれた。



 そこで、やっとアンドレアの目が覚めた。


「はぁ…、なんて夢なの……」


 ベッドから起き上がって、今見ていた悪夢から逃れるように髪をかきあげた。

 背中は濡れていて額にも汗が浮かんできた。まるで、本当に走っていたみたいだと不気味な気分になった。


 まだ夜も深い、辺りは暗かった。部屋の反対側で寝ているルイスの寝息が聞こえた。


 部屋に用意していた水差しから、コップに水を入れて喉に流しこんだ。落ちていく水の冷たさが体に沁みていくのを感じた。


 寝汗が気持ち悪いので、アンドレアは夜風にあたるためにバルコニーに出た。

 部屋は二階なので、それなりに眺めは良いが、今は暗い森しか見えない。


 月はまだ高いところにあって、虫の鳴き声が微かに聞こえる。

 夜風はやはり少し冷たくて、じっとりとした体も心もさらってくれた。


 この日の風は時おり強く吹いていて、アンドレアの下ろした長い髪は風に取られて、夜空に舞い上がった。


 風の強さに目をつぶって、再び開いたとき、驚いたことに、夜の闇に溶け込むように、金色の目が光って見えた。


「え…」


 一瞬猫がいるのかと思ったが、黒い影はぬらりと動いて人の形になった。

 月明かりに照らされて見えた姿は、先日の手合わせをしたあの黒髪の学園の生徒だった。


 こんな夜更けになにをしているのかと、目を凝らして見ると、男の制服は胸元が赤く染まっていた。


「!!」


 血が飛び散っているように見えて、衝撃で思わず息を吸い込んだ。

 本人のものなのか分からないが、かなりの量なので平然と歩いているのはおかしい。もしかして誰かを……。

 そう思って震えながら、凝視してしまったので、視線に気がついた男と目が合ってしまった。


 まずいものを見られたからなのか、驚いたように目を見開いた男は、あっという間に下の階の塀を使って、二階のバルコニーまで上ってきてしまった。

 もしかして、目撃者として口封じに殺されるのか、アンドレアは恐怖で足が動かなかった。


「お前、こんな夜中に外に出て何をしている?」


 それは、こちらの台詞だが、なぜかアンドレアの方が聞かれてしまった。


 すると、男はアンドレアの顔を見て、何か気がついたように、また金色の目を大きくした。


「なんだ、女かと思ったら。お前、この間の金髪の弱いやつじゃないか…。たしか、アルバートとか言ったな…」


 どうやら髪を下ろしていたので、女と見間違えたらしい。間違えたというか正解なのだが。


 血染めの服を纏いながら、そ知らぬ顔で普通に話しかけてくる精神が分からない。そこまで危ないやつなのだろうかとアンドレアは身構えた。


「なんだ、さっきから死人のような青白い顔をして…、俺の話が聞こえてる?」


 いちいち、選ぶ言葉も引っ掛かって心臓がドキリとする。


「……ああ、聞こえている。俺は眠れなくて夜風にあたっていただけだ。お前こそ、夜中に外に出歩いて……、規則違反じゃないか」


「へぇ…、そういうの気にするの?真面目だね」


 男にバカにされるように笑われて、血のことを忘れてアンドレアはカチンときた。


「あっ当たり前だ。学生をなんだと思っている!ふらふら夜中に出歩いていたら、日中の学業がおろそかになるだろう!」


「……本当に真面目だね。寒気がしてきたよ」


 間違ったことは言っていないのに、なぜだか、アンドレアがおかしいみたいな反応をされて、再びカチンときた。


「アンタも早く帰れよ…。そんな格好で…。何があったか知らないけど。面倒なことに巻き込まないでくれよ」


 アンドレアがそう言うと、男は目をぱちくりとして自分の服を見てから、あぁと今気がついたみたいに言った。


「これね……、一瞬だったからね。向こうも痛みは感じかなっただろうね」


「なっ!やっ…やっぱり…、そっそれ……」


 男の言葉に誰かの絶叫を想像してしまい、ゾワリと背中に寒気がした。


「アルバートも俺の噂を信じているだろう」


「は?噂?」


「あれ?普通クラスのやつに聞いたら、そっちも俺の話で持ちきりだって言ってたけど。兄弟殺しのクラフトの王子だっけ?笑えるよね」


「え?もしかして…、転校生?なの?」


 見かけたことがなかったので、アンドレアはてっきり別の学年の生徒だと思い込んでいた。


「あれ?言っていなかったか。俺はコンラッド・クラフト。特別クラスに入ったばかりの転校生。よろしく」


 コンラッドから差し出された手を見て、アンドレアはぎょっとした。その手が赤く染まっていたのだ。


 手を見て顔面蒼白で固まってしまったアンドレアを見て、手が赤くなっていることに気がついたコンラッドは、ニヤリと笑ってその手をペロリと舐めた。


「ひぃぃ!!なっ…何するんだよ!頭おかしいんじゃないか!?」


 完全にヤバい人間なのだと、アンドレアは恐怖で涙目になっていると、それを見たコンラッドはケラケラと笑いだした。


「あー、おかしい。いや、なかなか面白い顔をするんだね」


「おっ、俺はもう部屋に戻るから!何も見ていないし、何も聞いていない!」


 一刻も早く離れたくて、アンドレアは手を振って後退りしながり、慌てて部屋の中へ戻った。


 再びベッドにもぐり込み、ルイスの寝息が聞こえてやっと一息ついた。

 コンラッドから前回のような明らかな殺意は感じられなかったが、それが逆に恐ろしい。


 もし、明日何か事件が起きていたら、完全な目撃者である。眠ろうとしても、あのやけに明るい赤い色を思い出して、目が冴えてしまい結局朝を迎えてしまったのだった。




 翌日周りをきょろきょろと気にしながら登校したが、とくに変わったような様子はなかった。

 もし何か事件が起きていれば、サファイアの騎士団辺りが、乗り込んできて大騒ぎだろう。


 廊下で並んで話をしている双子の後ろ姿を見つけた。長身の二人が並んでいると、遠くからでも見つけやすくて助かった。

 情報通ならやつらしかいないと、ドタドタとかけ寄っていくと、二人して同時に振り返ったので、ちょっとこちらへと廊下の角へと二人を引っ張っていった。


「昨日の夜だかその辺で、何か事件は起きていない?」


「え?急にどうしたの?」


 声をひそめて耳元で慎重に話すアンドレアの気も知れず、レイメルはデカい声で聞き返してきた。


「ちょっと!しぃ!二人とも色々とよく知っているだろ。誰か怪我をしたり、その……なんというか、殺人事件的なことは、ないかなぁ…と」


 アンドレアから驚くような台詞が出て来て、双子は顔を見合わせた。


「べつに…、そんな話聞かないけど。いたって平和でいつも通りだよ」


「……アルちゃん、また変なことに首を突っ込んでいるんじゃないの?」


 突然変なことを言い出したら、それはそうだろう。ランレイが探るような目でアンドレアを見てきた。


「いっ…!何もなかったら、いいんだ。その、夢でね。よくない夢を見たから、ちょっと気になって……」


 ひきつった笑いを浮かべて、逃げようとすると、ちょっと待ったとランレイに腕を掴まれて退路を断たれた。


「あ!でも、職員室が荒らされたって話は聞いたよ。と言っても、窓の鍵が壊されていただけで、何も盗まれなかったから、いたずらだろうって話だけど」


 ランレイが先程耳にしたばかりの話をさりげなく教えてくれた。


「窓の鍵だけ?」


「そう、あと植え込みのところに人が立ち入った形跡があっただけみたい」


「そう……」


 死人が出たとばかり思っていたが、肩透かしにあったようだった。

 血生臭い出来事とは無縁の情報で、何がなんだか分からなくなってきた。


 しかし、学園の中だけとは限らない。もしかして、森のどこかであれば、誰にも見つからない可能性が高い。

 アンドレアは、顎に手を当てて考え込んでしまった。


「……ほら、やっぱり怪しい」


「なんでもないよ!ほら、もう授業始まるから!」


 アンドレアは二人の追求を上手くごまかして、話を終わらせた。コンラッドの血染めの制服の件は、ローレンスには話しておいた方がいいかもしれない。

 ローレンスはお昼に会えるか分からないので、アンドレアは放課後、特別クラスに行くことにした。






 □□□


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