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入れ替わり令嬢、初めて恋を知る  作者: あさがお
第二章

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④謎の転校生

「クラフト王国の王子だって」


 いつものように休み時間の教室で、レイメルとランレイが話しているのを、アンドレアは、昨日の一戦を思い出しながらぼんやりと聞いていた。


「やっぱり……、だからローレンス様、忙しくしているんだね」


「てっきり、ここには入学して来ないと思っていたよ。何しろ最近まで隣国と交戦状態だっただろう」


「ここにいる平和な連中とは違いすぎるよね。あの噂聞いた?兄弟を殺したってやつ」


「ああ、たしか第六王子なのに、次の王って言われているんだろう。手っ取り早く、上を葬ったって話だよな」


 いつもの調子で流れるように、二人の会話が飛び交い、アンドレアは入るタイミングを探していた。


「あの…、それ誰の話?」


 やっと話に入れたが、さっき話していたでしょうと、レイメルに突っ込まれた。


「転校生だよ。特別クラスの」


「ああ、その人がローレンスと何か関係があるの?」


 最近忙しくて付き合いの悪いローレンスは、あまり事情を話してくれない。


「その王子の母親がフィランダーの王女だったんだ。両国の友好のために嫁いだんだけど、まぁ色々あって、今は国同士、断絶ピリピリ状態。本人同士も昔から犬猿の仲だし」


「何か思惑があってここに来たのかもしれないから、ローレンス様も情報を集めているところだよ。アルちゃんも大人しくしておいてって……って!あっ!」


 いつも、感情の波がないランレイが、珍しく大きな声を上げた。


「アルちゃん、それ!」


 上着で上手く隠していたが、手首に痣が出来ているところをランレイに見つかってしまった。


「ああ、昨日ちょっと……」


「ちょっとって!なんで傷なんて……、あ!また剣の練習をしていたね!」


 ごまかしきれないので、最近よく旧校舎の裏手で剣の練習をしていたこと。昨日たまたま他の生徒がいて、軽く手合わせしたことを話した。


「どこのヤツだよ!アルに怪我をさせるなんて!許せない!」


「少し腫れてない?ちゃんと冷やした?」


 双子が大げさに騒ぎ出したので、大丈夫だからと言って、逃げるように席を離れて窓の方へ向かった。

 秋の気配をみせる空気は、暑さの中に冷たさを含んでいて、それが心地良かった。


 昨日の戦いでは、他にも打ち身で痣が出来ている。剣の稽古をしていればよくあることなので、アンドレアとしてはなんとも思っていない。

 ただ、あの男は危険だと本能的な勘がそれを教えている。戦った後は確かに、殺されることはないだろうとそこまでの気配は感じなかった。

 しかし、振り向いたときに見た目は明らかな殺気を感じた。


 せっかく見つけた練習場所だが、また会ったら面倒なことになりそうなので、当分行けなくなってしまった。


 ローレンスは、最近お昼も忙しくしていて、中庭に来てくれない。

 アンドレアは寂しさと悔しさで複雑な顔をしながら、窓の外を眺めたのだった。




 □□□



 今日も来ないだろうと沈んだ気持ちのまま、寮へ帰り、部屋のドアを開けると、アンドレアのベッドの上に座って、優雅に本を読んでいるローレンスがいた。

 ルイスの姿がないので、どこかへ行っているのだろう。


「お帰りなさい、アンドレア」


 久しぶりに部屋に寄ってくれた嬉しさで、抱きつきたいくらいだったが、ローレンスの神々しいくらいの完璧な微笑みに、嫌な予感がして思わず足を止めた。


「さぁほら、私に見せてください」


「……え?ななっ何をです…か?」


「もう、分かっていますよね?」


 笑顔だけど、目が笑っていないローレンスが恐ろしすぎて、カタカタぎこちない動きで近づいていくと、簡単に手を取られて引き寄せられてしまった。


「これは、ひどい!!青くなっているではありませんか!」


 間違いなく双子から話がいったのだろう。同じフィランダー国の三人は、上司と部下のような関係で、ときに双子はローレンスの手足になって動くことがあるらしい。普通クラスで目の届かないアンドレアのことも、色々と報告させているらしい。


「押すと痛みますか?」


 手首を捕らえながら、ローレンスが上目遣いで尋ねてくる。


「そりゃ押せばたぶん……」


 すると、ローレンスは痣の上に唇を寄せて、軽く吸ってきた。


「ちょっ……それ、痛い」


「痛くしているんです。私の大事なこの白い肌を傷つけるなんて……、どんなにショックか分かりますか?私なら絶対にこんな痣はつけない」


「………それは、ごめんなさい」


「ん?まさか他にも……?」


 目を会わせられなくて、下を向いたアンドレアを見て、ローレンスはすぐに変化に気づいてしまう。


「うん、肩と腰のところにも少しだけ……」


「全く、なんてご令嬢なんですか!入れ替わっているとはいえ、おてんば過ぎます!」


 ローレンスはそう言うと手を引いて、アンドレアは胸元に落ちるような格好になり、そのまま強く抱きしめられた。


「あなたと出会って、自分がこんなに動揺したり心配する生き物なのだと知りました。剣の練習がしたい気持ちは分かりましたが、やるなら私が付き合いますから、その辺の生徒と勝手に手合わせしないでください」


「はい」


 アンドレアはローレンスの胸に顔をうずめた。今まで誰かに気にかけてもらえることはなく、怪我をしても心配されることなどなかった。それに戸惑っているのが大きいが、絶対的な優しさで包み込まれるというのは、こんなにも幸福を感じるのかと少し泣きそうになって目を伏せた。


「さて、それでは、他に怪我をしたところを、確認させてください」


「え?いっ……いいです。たいしたことないし……」


「それは私が判断することです。さぁ、どこから確認しましょうか」


「……ローレンス、心配してくれるのはわかりますけど、ちょっと楽しんでません?」


「ふふふっ、アンドレアは私のことが分かってきましたね」


 楽しそうに目を細めて笑ったローレンスは、アンドレアに軽く触れるようなキスをした。

 くすぐったいようなキスをしたローレンスが急に可愛く思えて、アンドレアもクスクスと笑った。


 久しぶりの逢瀬は甘く楽しいものとなり、ひとときの安らぎの時間となった。



 □□



 ライオネルの情報通り、その男、コンラッド・クラフトは転校生として二年の同じ特別クラスに入ってきた。


 クラフト王国は数年前、突然隣国と勃発した戦いが休戦になったばかりだし、内政も不安定な状況にある。

 自国の学校に席を置いていたらしいが、わざわざサファイアの学園に来るというのは、何か意図があるのではないかと思われた。


 よくない噂しか聞かないし、よくない情報しか入らない、近づきたくない男だ。


 しかし、コンラッドの母親はフィランダーの王女だった人で、ローレンスの叔母にあたる。

 嫌でも関わりがあるのだ。

 昔から顔を合わせる機会があったし、遊びで剣を合わせたこともある。あんなことがなければ、今のお互いの関係も違ったかもしれない。


 クラスの誰もが遠巻きに見る中、コンラッドは真っ直ぐにローレンスに近づいてきた。


「ローレンス、久しいね。まさか君と同じ教室で肩を並べるとは思わなかったよ」


 目の前に立ったコンラッドは、最後に見たときより、幼さがなくなっていたが、鋭い目つきには磨きがかかり、人を威圧するような空気を放っていた。

 黒髪に特徴的な金色の瞳は、一度見れば忘れられない強い印象がある。


「あの、晩餐会以来ですね。こんなところへいらっしゃるなんて私も驚きです。お家の事情で忙しいのかと思っていました」


「そうだね。家の事情というやつだよ。兄達が次々といなくなるものだから、面倒だけど俺に色々と回ってきてね」


 それすらも、噂のひとつとなっているのに、分かっていながら気にしない顔をして、平然と話している。

 ローレンスはあえて聞かなかった。聞いたところで、真実を話すとは思えない。


「で?何をするつもりですか?まさか、大人しくお勉強しに来たわけではないでしょう」


「そのまさかだね。それどころか、学生として学園に貢献しようと思ってる」


 コンラッドには似合わない言葉に、ローレンスは眉を寄せた。形だけでも大人しくすると言われた方がマシだと思った。


「生徒会を立ち上げるんだ。一度は学園を取り仕切っていたらしいじゃないか。それをまた復活させるんだ」


「………なんのためにですか?なにを考えて……」


 コンラッドはニヤリと嫌な笑いを浮かべて、それはお楽しみにと言って自分の席に戻っていった。


 かつて学園には、絶対的な権力を誇る生徒会があった。

 ところが、ある年度に会長になった者がかなりの無能であったらしく、やることが全て裏目に出て、たくさんの生徒達の反感を招いてしまった。引くに引けなくなった会長は、規則を増やして縛りつけようとしたが、結果的にたくさんの退学者が出ることになってしまった。


 当時の副会長が先導して、生徒会を解体して、全権を学園に戻したことで、騒動はおさまったらしい。


 生徒会がなくなったことで、生徒が参加できるものといえば、剣闘大会ぐらいしかなくなってしまった。式典も地味なものになり、パーティーの類いもなくなった。

 生徒の声も学園相手では届きにくく、復活を望む声があることも確かだ。


 しかし、それを転校してきたばかりのコンラッドが、どういう風の吹き回しでそんな考えに至ったのか分からない。


 ローレンスは教室の一番前に座るコンラッドの背中を見ながら、その真意を読み取ろうとしたが、何の感情もないない色しか見えなかった。


 やっかいな事にならなければいいがと思いながら、その背中を見つめ続けたのであった。





 □□□


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