⑱秘密の共有
「いた!あれだ、ローレンス様とアルバートだ。二人で座り込んで話しているみたいだ」
ルイスとアンドレアと双子、四人で走って備品倉庫の近くまで来た。
校舎の影から覗いたルイスが二人を発見して、アルバートの無事な姿を見て胸を撫で下ろしていた。
「心配しなくても、ローレンス様はそんな暴力的な方ではないよ。きっと膝を付き合わせて、事情を話しているんじゃない」
アンドレアは明るくそう言ったが、それには、なぜかルイスまで入って、三人でうーんと唸り始めた。
「ところで、アルバート。ちゃんと僕たちに事情を話してくれないの?友達でしょ?いや、もう僕のお兄ちゃんのような存在なのに!」
「……もう、分かっていると思うけど、あっちが本物のアルバートだ。事情があって学園を空けなくてはいけなくて、代わりに双子の俺がここに来たんだよ」
「え?アルちゃんも双子なの!?確かに少し似ているから納得だけど。それで、またあのアルバートに戻るわけ?俺嫌だからね」
よく分からないが、アルバートは嫌われているらしくランレイに続き、レイメルまで嫌だ嫌だと言い出してしまった。
「いや、それは……。みんなが黙っていてくれること前提なんだけど、アルバートじゃなくて、俺がここに……」
その時、ひぇぇーーっと助けを求めるような声がして、すぐアルバートの声だと分かった。
「マズイかも、ちょっと近くに行ってみる!」
任せてと言っていた兄はもう、信用できないので、アンドレアは狭い場所なので三人を残して、とりあえず声が聞こえる位置まで一人で移動することにした。
倉庫近くまで来て、積み上げられた荷物の間に身を隠した。ここまで来たら二人の声はよく聞こえるようになった。
「では、もう一度言ってください」
「はっ…はい!私はとても女性にだらしがなく、みんなに迷惑をかける最低な人間です!妹を自分の代わりにして、人妻と逃げていました!今度は学園をやめて女性を求める旅に出ようと思っている卑怯な男です」
「で?なんでここにいるのですか?」
「そっ…それは…、兄として妹のために……」
「おや……、また保身に走ろうとしていませんか?まだ足りなかったようですね……」
近すぎて二人の様子を見ることができない。声だけしか聞こえないが、なにがどうなってこうなったのか分からないが、兄がローレンスに促されて自分のやってきたこと白状しているような感じだ。
プライドが高くて人の言いなりになど絶対ならないタイプの兄が、素直な様子にアンドレアは驚いた。
「ひひぃぃ、やっやめてください!言います言います!俺はフィランダーの方々が嫌いで、入れ替わりを利用して、バカにしてやろうと……、いや、アンドレアを利用して……ちょっと遊んでやろうかと……すみません!俺が浅はかでした!もうしません!絶対にしません!」
アンドレアはやはりと思った。妹のためになどと言っていたが、面白がって引っ掻き回して去ろうとしているのは見えていた。
アルバートは昔からそうなのだ。アンドレアが何か手に入れようとすると、壊してぐちゃぐちゃにしてしまう。
思った通り変わらないのだなと、さすがに呆れてものが言えなかった。
「……それで、君はどうするつもりなのですか?」
「はい!国に帰って父に謝罪して、今度こそちゃんとしっかりした相手を見つけて身を固めたいと思います!学園の件はアンドレアに任せます。嫌なら帰って来てもらうし、続けたければ私が父を説得します」
「まぁいいでしょう……。今度彼女に迷惑をかけるようなことをしたら……、どうなるかは分かりますね」
「はい!肝に命じておきます!」
やはり二人の間にどんなやり取りがあったのか分からない。だが、アルバートがこんなにも素直に返事をしていて、まるで別人にでもなったようだ。
「だいたい、二人をちゃんと見たら違うことくらいすぐ分かりますよ。私から見たら全然違いますね!目も鼻も口も肌も髪も匂いも!全然違います!それでよく私を騙そうなどと意気込んで来たのかと信じられないですね。まず双子にバレている時点で終わっていますけどね」
「申し訳ございません。とんだご無礼を…、どうかお許しください」
「さて、どうしましょうかね。私は怒っていますけど喜んでもいるのですよ。全て捨てるつもりでしたが、これで色々な問題が上手くいくかもしれない。なんという奇跡かと喜んでもいるのです。ぜひ愛しい人の口からちゃんと話を聞かせていただきたいですね……」
アンドレアは、隠れて聞いているが、すでにそれも知られていそうな雰囲気を感じて、背中がゾワリとした。
「いや、たぶん部屋にいると思うので、私が連れてきましょうか」
「二人で歩いていたらおかしいでしょう。親族面会で来られたのなら、そろそろ帰らないと時間ではないですか?」
何やら兄はまたひたすら謝って、すぐに帰りますと言わされていた。
「さて、令嬢の身で男だらけの学園に侵入して、決闘にまで挑んだその潔さには感服しますけど、平気でライオネルや私とも稽古はするわ、脱衣場で着替えるわ、今考えると恐ろしくなってきましたよ。ねぇアンドレア」
突然名前が呼ばれたアンドレアは、体をビクリと震わせた。しかも、今までずっと棘のある冷たい声だったのに、急に甘い声で呼ばれて逆に怖くなってその場から動けない。
きっともう潜んで聞いていたのがバレているのだろう。観念して、隠れていた荷物の間からチラリと姿を出した。
「おや、可愛い鼠が来てくれましたね。こちらの鼠なら私は大歓迎ですよ」
「……ローレンス、今まで黙っていてごめんなさい。ちゃんと言おうと思っていたんだけど……」
なぜだか近寄り難くて、その場でもじもじとしながら話していると、ローレンスの方から近づいて来てしまった。
「あなたの事情を考えれば、そう、簡単に人に話せることではないと思うのは理解しています。全く迷惑なのはあの兄の方ではありませんか。あなたは兄思いの良き妹です。今までよく頑張りましたね」
「ローレンス……」
騙していたことを責めることもなく、理解をしてしてくれたことに、アンドレアは感動で目頭が熱くなり、涙がこぼれてきた。
今まで、兄の代わりをしてもそんな風に言ってくれる人はいなかったのだ。
「全く……掃除人の服など借りてきたのですか?ただの掃除人の服なのにアンドレアが着たらこんなに、可愛く見えるなんて……、いつもと違ってちょっと興奮してきてしまったじゃないですか」
「ん?」
感動の涙で目が霞んで視界は揺らいでいたが、耳はしっかり聞こえていた。何だか聞き捨てならない台詞を聞いてしまったような気がしてきたが、聞き間違いだろうか。
「アルちゃん、可哀想に……。こんな男を選ぶなんて。この人上手く隠しているけど、ド変態だからね」
いつの間にか、すぐ後ろまで来ていたランレイが、慰めるようにアンドレアの肩を叩いた。
「自国の王子に向かって、よくまぁそんな台詞を言えますね。変態ではなく、愛が深いということですよ」
「殿下、僕のお兄ちゃんに変なことしたら許さないからね」
レイメルが叫びながら、ルイスと一緒にこちらに走ってきた。
「レイメルの許可を取る必要はありませんね。私達は恋人同士なのですから。まぁ、女性だと多少扱いや、やり方は変わりますけど、私の愛は何も変わりませんよ。それはそれは優しく大切に扱うつもりです」
ローレンスはキラキラとした光を放ちながら微笑んだ。いつもは、聖人のような眩しさを感じるのに、今は得たいの知れない何かを感じて、本能的な反射でアンドレアは立ち上がった。
急いで立ち上がったからか、積んであった荷物に頭がぶつかって帽子が落ちてしまった。中に押し込めていた、ハニーブロンドの長い髪がふわりと広がって風に舞った。
「あっ……」
何やらスースーすると思ったら、ダボダボのズボンの紐が外れたらしく、地面にすぽんと落ちていてしまい、アンドレアの細くて白い足が太陽の光に照らされて輝いていた。
もちろん下着は履いているし、シャツも大きくて長く、お尻はしっかり隠れているので、普段男だらけの中で着替えているアンドレアは、このくらいならとたいして驚かなかった。
「あー、紐が外れちゃったみたい。これ、大きくてすぐ落ちちゃうんだよね」
アンドレアは唖然として固まった男達に気づくこともなく、平然とズボンをまたよいしょと持ち上げて、不器用に紐を結んだ。
「あの―……、皆さんに一応言っておくと、アンドレアは自国ではほとんど外に行くこともない世間知らずのご令嬢だったので、色々と抜けています。まぁご存知だと思いますが……」
なぜかルイスが頭をかきながら、申し訳なさそうに話した。
「ええ、身に染みて分かりました。前言撤回します。大切にかつ、厳しく扱うことにします」
そう言ってローレンスは、アンドレアを軽々と担ぎ上げた。
「わぁ!ちょっと……!」
「まずは、この仕事をサボっている掃除人にお仕置きをしなければいけませんね」
「なっ……なに!?待って…ちょっとーー!」
麗らかな昼下がりの学園に、今度はアンドレアの声が響き渡ったのだった。
アルバートとの入れ替わりは、まだ続くこととなった。
アンドレアであることは、ローレンス以外ルイスと双子だけが知っていて、学園生活の不便なところは支えていくことになった。
アルバートはひっそりと自国に戻り、父に事情を話したらしい。その後、遊学中という名目で、叔母の家に身を寄せている。大人しくしていることを願うが……。
こうして、アンドレアの怒涛のような濃い一ヶ月は、ようやく終わりを迎えた。
そして、ローレンスという愛しい人を得て、新たな幕が始まるのであった。
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