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入れ替わり令嬢、初めて恋を知る  作者: あさがお
第一章

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⑯兄の思惑

「もう、家に戻ってもいいんだよ。学園は俺が通う場所なんだから」


 自分から逃げ出して、退学でもいいと思っていたくせに、なんてやつだとアンドレアは腹が立ってきた。


「嫌だ」


 アンドレアがそう言い放つと、アルバートは険しい顔のままで、ルイスは頭を抱えて項垂れた。


「アルバートの勝手には振り回されない!ここを出るかは私が決める!」


「アンドレア?本当に?君がここに残るの?」


「そうだよ。まだ入れ替わりは続ける!アルバートの好きにはさせない!」


 アンドレアは残る決意は固めていたので、アルバートに帰れと言われても引くことはできなかった。

 絶対に譲れないという思いでアルバートを見た。目を離したら負けだと思った。


 そこで険しい顔をしていたアルバートが、目を細めてニヤリと悪い顔をして笑った。


「ほらね、ルイス。やっぱり言った通りだろう。あぁ、アンドレア。君がそう言ってくれて俺は嬉しいよ」


「は?」


 アンドレアはアルバートの、このニヤけ顔をよく知っている。物事が自分の手のひらで、思い通りに運んだときによくする顔だ。ということは……。


「……アンドレア。アルバートはね、初めからここに戻る気なんてないんだよ。学園生活は面倒だから、アンドレアに押し付けて帰ろうとしていたんだ」


 ルイスがすっかり疲れた顔で、床に座り込んで天井を見上げた。


「そ!母さんがうるさいからさ、アンドレアが了承するなら、良いって言われて。良かったよ、もともと、叔母さんの家でしばらく暮らそうと思っていたんだ。何しろあの南国の国は美女揃いで飽きないんだよ、これが!俺にとっての楽園だね!」


 ということで、アンドレア引き続きよろしくと、軽い感じでアルバートはまとめてしまった。


 力が抜けて、アンドレアもルイスと同じく、床に崩れ落ちた。


「………確かに、自分で残るって言ったけどさ、なんか悔しい。……してやられた気がする」


 アルバートは、放心状態のアンドレアの隣に座って、励ますように背中を撫でた。


「あっ、明日だけは学園に俺が行くから、アンドレアは部屋にいてね」


「は?どういうことだよ。急に行くっていっても……」


 すると、ヘラヘラ笑っていたアルバートは、急に珍しく真面目な顔になった。


「アンドレアが学園に残りたい理由。兄としてそれに会いに行かないといけないから」


「え!?なっ……?」


「ルイスから聞いたよ。二人がキスをしているところを見たって……」


 アンドレアは驚きで固まってしまった。ローレンスとキスをしたのは、つい先ほどのことだ。

 何をどうしたか分からないが、ルイスはあの場面を見たということだろうか。


「るっ…ルイス、嘘!?あああっあれを見たの?」


「……ごめん、そんなつもりではなかったのだけど」


 覗き見たくせにそんなつもりはないとはどういうことか。パニックになったアンドレアは深く考えられずに、やはり見られてしまったのだと、恥ずかしくて消えてしまいたくなった。


「アンドレア、君が恋をするのは兄として嬉しいのだよ。だけどね、俺のアンドレアに相応しい相手なのか、それを見極めないと、俺は交際を認めない」


「何よそれ……、自分は好き勝手やってるくせに」


 俺はいいんだと、アルバートはまた勝手な理論を持ち出してきた。


「相手はフィランダーか…、あそこの連中は嫌いなんだよな。人をゴミを見るみたいな目で見てくるし、俺の主義とは相容れないものがある。わが妹ながら趣味が悪すぎる」


「失礼すぎるよ、アルバート。だいたい、会って何をするの?私、まだちゃんと言っていないのに……」


「それは、簡単。アンドレアと俺を間違えてきたら、その場で妹のことは諦めるように言うよ」


「は?だって、母さんや父さんだって、間違えるくらいなのに……、そんなの無理だよ!」


「アンドレアは口出ししないで、やつの愛が本物なのか確かめる重要なことなんだから。やつが間違えるようなら、ちゃんとアンドレアのことを分かっていない証拠だよ。まぁ、お兄ちゃんに任せて」


 そのあとは何を言ってもアルバートは聞く耳持たずで、結局押しきられるようなかたちになって、翌日はアルバートがルイスと学園に行ってしまった。



 □□



 ちっとも落ち着かない。


 落ち着くはずがない。



 アンドレアは机に向かって、本を読みながら、もう数えきれないくらいのため息をついた。


 まだ午前授業のはずだ。

 アルバートは人気のないところにローレンスを呼び出すと言っていた。

 それがいつかは分からないが、そう遅くはならないだろうから、昼休み辺りではないかと思う。


 本来ならば、自分からローレンスに伝えたかった。ローレンスはアルバートと見分けがつかないかもしれない。親でも間違えるくらいだ。


 そしたら、そこでアルバートはなんと言うのだろう。

 見分けがつかないくらいじゃ、王子さまの愛は大したことないね。うちの妹を弄ばないでくれ。とかそんなことを絶対言いそうだ。


 そんなことになったら、どうしたらいいのだろうとアンドレアは頭を抱えた。お騒がせしましたと元通りに仲良く出来るものなのか。


 どう考えても悪い方向にしか考えがいかずに、もうじっとしていられない。


 アンドレアはどうすれば、ここを抜け出せるか考えた。アルバートの格好で行って、本人と会ってしまったら終わりだ。

 ならばどうすれば出歩いても不審に思われないか、考えを巡らせたアンドレアだが、とにかく、いてもたってもいられなくなり、部屋をあとにした。




 □□



 久々の登校でアルバートは、がらにもなく緊張してしまった。


 そもそも最初から学園など入りたくなかった。貴族の男子たるものと、父から毎日のように説教されて、いやいや連れてこられたのだ。


 女性との恋愛こそ自分の生きる全てなのだ。

 できれば、日替わりでお願いしたいくらい、たくさんの女性に囲まれて生きるのが、昔からの夢だった。


 それが、こんな男だらけの学園に入れられて、気が狂うような毎日だった。


 去年は耐えきれなくなって、勝手に休学して男を磨く旅に出掛けた。

 俺のパトロンは叔母だ。叔母は俺と考え方がよく似ていて、夢を応援したい、金は腐るほどあるからいくらでも使ってくれと言われている。


 今回の家出はパン屋の女主人の希望で、私を連れて逃げてくださいと言われて、つい盛り上がってしまい、こんなことになってしまった。


 学園はどうせ退学だろうと思っていたし、しばらく各地を旅してふらふらしようと思っていたのだ。


 人妻にはサクッとふられて、現地で別の子と仲良くしていたら、鬼の形相で父が迎えに来た。

 あんまりうるさいので、とりあえず帰ったら、妹のアンドレアがいなかった。


 アンドレアとは容姿がよく似ていて、昔からよく、入れ替わってもらい、自分のやることをかわりにやってもらってきた。


 アンドレアは自分と違ってやれば何でもできてしまう。

 みんなから信頼されて、律儀にそれに答えようとひたむきで真面目な性格をしていた。

 だから、アルバートはいつも甘えていた。アンドレアは優しくて自分のことを好きでいてくれる。文句を言いながらも、いつもアルバートを思ってくれるのは、アンドレアだけだった。


 そして今回もアンドレアは、自分の身代わりに、学園で過ごしてくれていた。

 それは嬉しかったが、正直なところ、もう自由になりたいと思っていた。父はうるさいが、母は本人同士で話し合えと言ってくれたので、もしアンドレアがこのまま続けてくれるならいいなくらいの感覚でふらりと学園に戻ったのだ。


 久々の学生寮は相変わらず狭苦しいし、男臭くて、早く帰りたくてたまらなかった。

 友人ルイスは昔からの遊び仲間で、俺のことを理解してくれる数少ない人間の一人だ。ルイスには色々と面倒をかけたので、礼を言う必要があった。

 久々に会ったルイスに、ようと久しぶりと声をかけると、あいつはポカンとした後、焦った顔になって涙目になった。


 そんなに、大変だったのかと聞くと、アンドレアのことで、手に余る事態になっているらしかった。


 どうやらアンドレアは学園の男と恋に落ちたらしいと聞いて、これはこれはと驚いた。

 何しろその手の話は毛嫌いするように、いつも嫌悪感たっぷりで、嫌そうな顔をしていたからだ。

 アルバートが、いつも女性関係で問題を起こすから、その反動でそうなっているのは理解できたが、それにしてもアンドレアの将来が心配であったのだ。


 ここは兄として一肌脱いであげようと思いついた。


 アンドレアの相手はなんと学園のプリンスでもある、キントなんとかに選ばれた本物のプリンスだ。

 フィランダーは、サファイアの北にある王国で、自国よりも大国だ。

 彼は第三王子なので、気楽な立場なのだろうが、アンドレアの相手としてはかなり大物過ぎる。

 アルバートも実際に話したことはないので、どういう人物かは分からないが、いつも爽やかな王子然としていて、下級生にも慕われているのを知っていた。


 アルバートとはタイプが違うが、ライバルになると手強い相手であるので、関わりたくはない人物だった。フィランダーの人間は一人の女性を大切にするとかいう優等生みたいな話も好きではなかった。

 何しろ、同じクラスのフィランダーの人間は、人をゴミを見るみたいな目で見てくる。

 肌が合わないとか、思想が合わないとか、とにかくあの国の連中は俺とは違う人種なのだ。


 あの王子様に近づいて、アンドレアとさっぱりは見分けがつかなかったら。そのまま冷たくあしらってバカにするか、面白いから暴れて引っ掻き回してもいいかもしれない。

 多分そうなるだろうとは思う。何しろ両親ですら間違えるのだから。


 もし、見破られたら……。まぁそのときは、適当に事情を話して、迷惑ばかりかけているが、一応兄として心配していると言えば、やつも納得するだろうと思っていた。


 アンドレアは入れ替わり中、イアンのクソと喧嘩したりして色々と目立っていたそうだ。


 周りの連中には適当に話を合わせておけば、いいだろうと気楽に学園の門をくぐった。


「言っておくけど、あの子はかなり人気者になったからな。お前戻らないつもりなら、前みたいな態度取るなよ」


 ルイスが小声で話しかけてきた。うるさいことは言わない気楽な友人だったが、こいつもすっかりアンドレアに慣れたなと思ってからかうような視線を送った。


「心配するな。なんかワクワクしてきたぞ。この学園に来て初めてだ」


 ルイスの呆れたため息を背中で聞いて、アルバートは教室へ向かったのだった。




 □□□


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