⑮それぞれの決意
「ちょっと、待ってください。整理させてください」
ローレンスの突然の告白が信じられず、アンドレアは頭を冷して考えようと必死だった。
「俺は…、男ですけど」
「ええ、知っています」
「あの、好意というか、好きということですか?」
「私が気まぐれに告白をするような男に見えますか?」
ローレンスが好きなのはアルバートで、でもアルバートのことは知らなかったはずだから、今の自分を好きになってくれたということなのか。
アンドレアの頭の中はぐるぐる色々な考えが駆け巡って、全く思考が追い付いていかない。
「もう一度ちゃんと言いましょうか。アルバート…、あなたを愛しています」
「でっでも!それは…!」
「でもとはなんですか?なぜ私の想いをアルバートが否定するのですか?」
「そっ…そうですよね。確かに……」
「あなた返事を聞かせてください」
「お…俺の?」
「…………」
他に誰がいるのかという目でローレンスに見られてしまった。
アンドレアは、どういうべきか考えた。
いや、考えるまでもなく答えは出ている。
今すぐローレンスを振り払い、俺に触るなと怒鳴ってここから出ていくのだ。
なぜなら、自分はアルバートだからだ。
アンドレアではない。
アルバートなのだから、そうするべきだ。
ではアンドレアなら?
¨大切なのは自分の気持ち¨
いつだったか、ローレンスが言ってくれた言葉が急に浮かんできた。
アンドレアの気持ちは?
「私のことが嫌いですか……?」
固まってしまったアンドレアに、ローレンスが再び切なく問いかけてくる。
「…………」
「じゃあ、こうやって触れ合うことは、嫌ですか?」
「……嫌じゃない」
「私のことは?少しは好きな気持ちはありますか?」
これではまるで、誘導尋問だと思った。
好きではないと言えばそれで終わりだ。元の生活がアンドレアを手招きして待っている。
いつだって、しっかりしていて真面目なアンドレア。兄のためにここに来たはずなのに、自分のために答えを出そうとしている。これは許されない恋だと思っていたのに。
いつの間にか、アンドレアの瞳からは大粒の涙がポロポロと流れ落ちてきた。それを見て、ローレンスはやり過ぎてしまったという顔をして後ろに引いた。
「ほっ……本当は、私……全然しっかりしていない。いつだって、いっぱいいっぱいで……、いつも必死にもがいているだけ……」
「アルバート?」
「だめなのに…、だめなのに……、言えない。嫌いなんて……言えない」
その言葉を言ってはいけないという気持ちが、ボタボタと落ちてきた滴に滲んで形をなくして消えていった。
だって目の前にいるのに。
嫌いだなんて言えないのだ。
なぜなら……
「好きだから」
今度はローレンスが信じられないという顔で、目を大きく見開いた。
隠しきれずに、こぼれ落ちた想いは止めどなく溢れていって、洪水となって押し寄せてきた。
「少しじゃない、たくさん…好き、好きです」
ローレンスに、ひとつ残らずこの想いが伝わって欲しいと、ただ、その瞳を見つめた。
「嬉しい……、まさか、アルバートからそう言ってもらえるなんて……。これは……、想像していたより……。こんなに嬉しいのは初めてです」
少し離れた距離を再びローレンスが詰めてきて、そのままゆっくりと顔を近づけてきた。そして、今度はアンドレアの瞳からこぼれた涙の粒をちろりと舐めとった。
「ふっ…ええ!?ななっ何を……!?」
「ああ、もったいないと思いまして」
真っ赤になって、動揺するアンドレアを見ながら、ローレンスはとても嬉しそうに微笑んだ。
「さて、思いもよらず、あなたが手に入ったので、私は嬉しくてたまりません。せっかく両思いになったのですから、どうしましょうか」
押し倒された状態からやっとお互い起き上がって向き合って座った。
そうして改めて言われるとアンドレアは、ぽかんとして思い浮かばなかった。両思いになった者同士というのは、その先になにがあるのか、経験のないアンドレアには難問だった。
「何か特別なことをするのですか?」
「うー…ん、それ、わざと言っています?」
経験豊富なはずのアルバートにしては、無知すぎる発言だったのだろうか。恋人同士がすることを指すのかと、アンドレアはまたまた考え込んだ。
「あ!分かりました」
「良かった。できればアルバートから、して欲しいと言ってもらいたかったのです」
そんなことならとアンドレアは自分の手をごしごしと服で拭いて、ローレンスに差し出した。
「はい、手を繋いで欲しいです」
大きな瞳をキラキラさせて、ローレンスを見つめる瞳は澄んでいた。曇ることを知らない純粋な色だった。
しかし、差し出された手見て、ローレンスはため息をついた。
「私をこんなに煽るなんて……、アルバート、それが計算なら受けてたちますよ」
いつもの聖人のようなローレンスが瞬時に色を変えて、その瞳に獰猛な光が宿った。
「え?なっ…」
何か間違えたのかと思った一瞬、差し出した手は力強い手に捕まって、そのまま強い力で引かれて体ごとローレンスにぶつかるように抱き締められた。
そして、声を出す間もなく、顎を捕らえられて、食らいつかれるように、ローレンスに唇を奪われた。
それは、アンドレアにとって初めての口づけのはずだが、強引で深くて強烈すぎるものになってしまった。
「ん!んんっ…」
強引に開かれた口に、いとも簡単にローレンスは侵入して、アンドレアの舌を食らいつくしていく。
それは、強烈で息苦しくて、抵抗する力まで飲み込まれて、頭から爪先までビリビリと痺れるような衝撃だった。
しかし、初めてのキスのはずなのに、どこか懐かしく感じたのは、夢の中での経験があったからだろうか。息ができずに、ぼんやりしていく頭でアンドレアは考えていた。
ようやく、唇が離されたとき、アンドレアはぐったりとして、息も絶え絶えだった。
「私を煽ったらどうなるか、よく分かりましたか?」
「は………はい。もうだめ……死んじゃう」
その言葉を聞いて何が嬉しかったのか分からないが、ローレンスは花が咲いたような笑顔になって、アンドレアを抱き締めた。
ローレンスに抱き締められながらも、アンドレアは、偽りの自分であるという事実が大きな不安になって広がっていくのを感じた。
自分はアルバートではなく、アンドレアであること。それをローレンスに伝えなければいけないのだ。
だが、それには、アルバートの問題をどうにかしなければいけない。
でなければ、このまま、ローレンスの気持ちをいたずらに弄んで、勝手に学園を去っていくことになってしまうのだ。
アンドレアは気持ちが通じ合ったことで、喜びと共に決意をした。
こんなことを言い出したら、父は倒れるかもしれないし、母もアルバートも困るかもしれない。だが、このままでは、アンドレアは帰れない。
アンドレアの決意とは、学園に残れるよう、このまま、アルバートとの入れ替わりを続けられるように願い出ること。
そして、ローレンスにだけは、ちゃんと話した上で、改めて自分の気持ちを告白しようと思ったのだ。
騙された裏切られたと言われるかもしれない。
でも、自分の気持ちだけは、入れ替わりではない。アンドレアの気持ちなのだ。
もし、それを拒否されてしまったら……。考えるのが怖いが、その痛みは受けなければいけない。
だが、アンドレアの決意は、予期せぬ訪問者により、複雑な方向へ進んでしまうこととなる。
ローレンスの部屋から帰ると、部屋の前にはきょろきょろとして挙動不審なルイスの姿があった。
アンドレアの姿を見つけると、焦った顔で手招きしてきた。
「なんだよ」
「いいから、早く!君がうろうろしていると、ややこしいんだ!」
押し込まれるように部屋に入れられると、そこには久しぶりに見る、自分とよく似た男の姿があった。
「やぁ、アンドレア。元気そうだね」
「あ……!アルバート!!」
突然いなくなって、みんなに迷惑をかけて、また突然現れる。まさに嵐のような男で、もう怒る気さえ湧いてこない。
「まさか、アンドレアがここまでやってくれるとは、思わなくてさ。てっきり退学だと思っていたからビックリしたよ。母さんから聞いて飛んで来たんだ。悪かったね、面倒をかけて」
アルバートの調子はいつもと変わらない。軽くて適当でふわふわしている。いつもは流されるその感じが、今はやけに頭にきた。
「……面倒どころの話じゃない!みんなに心配かけて迷惑かけて!何しているんだよバカ!お前のせいで……俺が……どんな思いで……」
「あーあー、喋り方まですっかり男の子になっちゃって。心配かけてごめんね。もう可愛いアンドレアに戻っていいんだよ」
アルバートの言葉に一気に現実に引き戻された。今までは違和感なくこの部屋に溶け込んでいたのに、今はアンドレアが一人、この部屋に異質な人間として存在している。
「アンドレア、もう入れ替わりはおしまいだ」
目の前が真っ暗になった。
バラバラになりそうな心を必死で繋ぎとめて、アンドレアは反撃のために手に力を込めたのだった。
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