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2.本来ならば契約書へのサインは慎重に

 さきほどまで偉そうに寝そべっていたが、少々困惑したような表情を浮かべながら褐色少女は立ち上がった。


「……そんなくだらない望みで構わないのか?」


「くだらなくないさ。何気ない会話に飢えているんだよ、俺は」


 本心だった。

 現時点で仕事で体力を使いきり、限界を迎えているおかげか、性的な欲求よりも理性的な願望が優った。


 人と普通に会話したいという、社会的動物の基本的な欲求すら満たされていない状態が続いていたので、俺の本能が「まずは簡単な会話からはじめましょう」と言っているのかもしれない。


 もともと大学時代も友達と呼べる人間はかなり少なかったが、インターネットさえあれば知らない誰かと気軽にコミュニケーションをとれるから、あまり寂しいという感情に悩まされることはなかった。

 いまは絶賛社畜中で、時間も気力もないのでインターネットで他社との繋がりを求めるようなこともしなくなってしまった。


 ちなみに会社内の上から下への一方的な罵詈雑言はコミュニケーションとは言わない。

 双方向的な意思疎通という定義に当てはまりません。マジでクソだと思っています。


 ……あと、俺に女性経験がないことも関係していると思う。ほんの少しくらいは関係していると思う。


 少女は、何か言いたげな様子だったが、口元に手を当てて数秒ほど考えた。


「……まあいいか。()()()()だな」


 と口にはしながらも、あまり腑には落ちてない様子だった。


「そういえば自己紹介がまだだったな。わたしの名前はエイムだ。お前の名前は?」


 あまり聞き馴染みのない名前だな。

 ネイティブな日本語で話しているし、日本人と外国人のハーフか? 


 それともキラキラネームなのかな。

 まあ、聞き馴染みのない名前というだけで、その場のノリでふざけて命名された名前だなとは感じない。キラキラネームというより、平成生まれの赤ん坊を育てる親の名付けセンスが変化しただけって言うべきなのか。この定義を表現する妥当な語彙がわからないなこれ。


「横川智也だ。エイムさん、苗字はなんていうの?」


「よこかわともやか。覚えたぞ。……苗字か。人間は個体数があまりに多いから、血縁集団ごとの分類分けにそのような記号があるらしいが、悪魔は人類のように何十億もいないからな。そういうのはない。わたしの名前は、エイム。それだけだ」


「え? あ……あくまって言った?」


 薄々……というより、初対面から思いきり気がついてはいたが、この子やっぱり変な娘だ。

 

「そうだ。悪魔だ」自信たっぷりに腕組みしながら少女は答えた。

「なんだ、半信半疑で呼び出したのか?」


 随分(ずいぶん)と設定に()った中二病さんだった。召喚の儀式を開いた覚えはないんだが、どうしてそうなった。この様子だと、エイムという名前が本名なのかどうかも怪しい。


 この娘は可愛いし、会話するだけでもいい息抜きになるかなと思っていたけれど、かなり面倒くさい子に遭遇してしまったのかもしれない。こういう一風変わった人たちと、いままであまり縁がなかったので、どういう話をすればいいのかわからない。


 厨二設定を聞かされて困惑し、言葉に詰まった俺に、自称エイムの少女は「あの……」と自分から話を続けた。少しばつの悪そうな表情だった。


「ところで、よこやまともやよ。おまえの望み通り、会話に興じるのは構わないんだが、そろそろおまえの家とか、暖かいところへ移動しないか?」


 自称悪魔は、先ほど自信満々の腕組み状態から、両手で両の二の腕を(さす)りまくっていた。

 やっぱり寒かったんじゃねーかよ。さっきまでの余裕そうな表情はただのやせ我慢か。


「1月の冷えたこの時期にそんな薄着のワンピース一枚は寒いに決まっているだろう……」


 自称悪魔のエイムはムッとした。

「しかたないだろう! 召喚される直前まで地獄の、すっごい暑苦しいところにいたんだ! この世界に来た直後は、ひんやりした地面があまりに気持ちよくて横になっていたんだが、そろそろ寒くなってきた」


 表情豊かに自分の気持ちをストレートに話す少女をみて、思わず少し笑ってしまった。

 男のような話し方をしているが、構えていたより見た目年相応の少女なのかもしれない。


 ……この設定を語りたいがためにわざわざ薄着で誰かを待ち構えていた気概は普通じゃないがな。


「はいはい、悪かったよ。俺も早く家に帰りたかったし、俺の家に行くか」


 もともと寝床は貸してやるつもりだったしな。

 

 ここから歩いても10分近くはかかるなあと思ったので、俺が羽織(はお)っていた黒のチェスターコートをエイムに貸してやった。


 羽織った少女はとても嬉しそうな様子だった。

「おーっ! まだ、おまえの熱が残っていてあったかい! ありがとうな!!」


 お世辞じゃない「ありがとう」を言われたのは久しぶりだな……なんて考えていたら、なんだか少しだけ涙が流れてきた。俺は、なるべく自分の顔を見られないように、エイムの前を早足で歩いて家へ向かった。

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