彼女の願いと共に。
たけのこ先生の、
「歌姫だった幼馴染が事故で声を失って、もう歌えない事に嘆くから彼女の身体を使って楽器を作ってあげる話」
というツイートを見て、自分なりに書きたかったので書いてみました。
山奥の寒村で生まれた男の子にとって一番の楽しみは、幼馴染みの女の子の歌を聴くことだった。
同じ村で同い年の男女というのは珍しくもあり、よく一緒に行動していた二人だったが、幼馴染みの女の子は歌うことが特に好きで、少年はそれを聴くのが特に好きだった。
5歳の春。二人はそれぞれ家業を手伝うようになった。男の子は漁師の狩ってきたシカなどの革を剥ぎ、なめす作業を親から学びだしたし、女の子は機織りの仕事を親から学んでいた。
そんな生活の中でもわずかな暇を見つけては二人は一緒に行動したし、歌ったりそれを聴いたりと、楽しい日々を過ごしていた。
成長し、少年と少女といった年頃になった10歳の春。領主様が来るとのことでお役御免になった二人は、久しぶりに村はずれの丘を訪れて歌を楽しんでいた。
歌の区切りで拍手が聞こえたかと思うと、いつの間にか立派な服装の男の人と従者の人がいて、二人は従者の人から焼き菓子をもらった。
それからしばらくの間は普段どおりの生活が続いたのだけど、一ヶ月ほどたったある日のこと。休憩時間にいつものように集まった少年は、不安そうな顔の少女から話を打ち明けられる。
「私、王都で歌姫にならないかって領主様に誘われてるの」
春先に出会った立派な男は領主様だったとのことで、その領主様から王都で歌姫になってみないかと言われたらしい。
「お金もないからって断ろうとしたんだけど、領主様が面倒を見てくれるって」
それでね、と少女は続ける。
「あなたと一緒に過ごしたいから嫌だって言ったら、それならあなたも演奏者としてなら連れて行けるって」
「でも、僕は楽器触ったことないし、演奏なんてできないよ……」
「歌姫と言っても最初はレッスンがあるらしいし、そのときに一緒に楽器のレッスンをつけてくれるって。どうする?」
どうするもなにも、もちろん一緒について行く。
青年がそう言ったら少女は一変、
「ありがとう、よろしくね」
と喜んだ。
それから半月くらいたった頃、二人は領主様に連れられて王都へと向かった。
そして二人は王都の領主邸で滞在しつつ、招かれた教師に授業を受けることとなった。
少年は楽器の授業を、少女は歌の授業をそれぞれ受けるようになった。
少年はアコーディオンという楽器を初めて触ったが、相性が良かったのか、みるみる上達していった。
少女も、元々上手だった歌の才能が、さらに磨かれていった。
そして2年ほどみっちり授業が行われたが、二人とも挫折することなく、まじめにやり遂げた。
「それくらい基本ができていたら大丈夫でしょう」
そう教師に言われ、二人は更に1年間、少年の演奏で少女が歌う、調和を意識した授業を受けた。
1年後。王都の小さな劇場で、二人は初公演の日を迎えた。
初公演の日は観客はまばらであったが、そのときの演奏を聴いた観客から噂が広がり、一月もしないうちに劇場が満員になるようになった。
半年後には中規模な劇場を貸し切るようになったが、それも1年もしないうちに満員になるようになった。
二人とも体つきも成長していき、その中で付き合うことになり、青年と彼女になった。
そしてそれから2年。ついには王都でも指折りの大劇場に立った。
楽団も用意されるようになり、彼女は楽団との共演が多くなっていたが、そのなかでも数曲用意されていた青年との息の合った舞台がハイライトだった。
そんなある日のこと。舞台を終えた後、二人はいつものように夜道を護衛とともに領主邸へと帰っていた。
突然夜道が昼間のように輝いたと思うと、青年は何者かに地面へと叩きつけられ腕を折られ、彼女はのどを刃物で突き刺された。
我に返った護衛は素早く手当を行い、二人の命は無事助かった。
しかし青年は治るまで3ヶ月ほどかかる重傷、彼女は声が出せなくなった。
落ち目だった大劇場の歌手が自分の立場を脅かす二人を恐れての犯行だと世間では噂されたが、確固たる証拠はなく、実行犯も捕らえることはできなかった。
半年くらいたった頃、リハビリの甲斐あって青年は元のように演奏できるまで回復したが、彼女はしわがれ声でしゃべるのがやっとで、元の観客を魅了した美しい声とはほど遠い状態であった。
領主様は今後の生活もすべて見てくれると言ってくれたものの、彼女の憔悴具合はかなりのものであり、二人は故郷の村へ戻ることにした。
その旨の手紙を持って行くついでに、まず青年が村へと一度戻ることになった。
しかし運の悪いことに、旅の途中で乗り合い馬車が壊れてしまい、最寄り町に着くまで3日ほど遅くなった。なのでできるだけ早く帰ろうと、青年は町に着くやいなや村へ向かって歩きだした。
山を越え、懐かしい村の様子が見えてきた。
思わず駆け出す。
そして青年が見たものは、人の気配のない、妙に静かな故郷だった。
村の中には見知った顔の亡骸がいくつもあった。青年の父や母、彼女の父母。近所のおじいさんおばあさんなど。見知った村人達は皆、亡くなっていた。金目のものや食料などはすべて持ち去られていた。
青年は悲しんだ。しかし、王都では彼女が待っている。
素早く弔いを済ませると、急ぎ王都へと帰ることにした。
王都へ帰った青年は、領主様に驚きの顔で迎え入れられた。
数日前に、村へ行った行商人から、村が壊滅しているとの情報があり、青年も死んだと思われていたとのこと。
彼女が出迎えてくれないのを不審に思った青年がそのことを聞くと、そっと手紙を差し出された。
嫌な予感がした青年は、ひったくるようにして受け取り目を通す。
そこに書かれていたのは、また綺麗な声で歌いたかったと言うことと、家族も青年も死んだのでは生きている理由がないということ。
嫌な予感がして、領主様が止めるのも振り切り、彼女の部屋へと走り出す。
そこで見た者は、幸せそうな顔で眠る彼女。
ほっとして呼びかけるも返事がない。
駈け寄って触るも、冷たい感触。
青年は泣いた。
青年は彼女の死体とともに消えた。
二人がいなくなったことは王都でも話題になり、落ち目だった大劇場の歌手が二人の熱狂的なファンによって殺されるという事件もあった。
しばらくして、青年が楽器職人として働いているという噂が流れるも、本人を見た者はおらず、やがて二人のことは忘れ去られていった。
数年後、隣国の大都市。
かつての青年は、今日も劇場を沸かせていた。
鍵盤を押し、蛇腹を開閉して空気を送り込むことで流れる優雅な音色。今日もアコーディオンは青年と共に綺麗な音を奏でている。