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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

白闇の部屋 ~夢魔LMの書より~

作者: 愛野ニナ



 刃物を持った男が立てこもる部屋の中。

 何かの事務室のようである。見知った場所ではない。

 清潔で片付き過ぎているため、どこか病室めいている。

 窓が無く、今が昼か夜かわからないが、部屋全体は白々しいほど明るく照らされていた。

 ただ一つの出入り口は刃物男がふさいでいる。逃げ場はなかった。

 男が何ゆえに立てこもっているのか知る由もない。

 わかっているのは、私がこの部屋で人質とされているということだけ。

 人質はもうひとりいた。

 歳の頃は十二、三才の少年だ。もう少し下かもしれないが、賢しい顔立ちが大人びた雰囲気をまとっていた。

 私は少年に対し、声を出してはならぬ、とやはり声に出さずに念じている。

 この年頃ならばよく見なければ少女に見えないこともないが、声を出せば男児であることが刃物男にもわかってしまう。

 少年はもう声変わりが済んでいるのだ。

 男児であることが気づかれたら、正体が露見してしまうかもしれない。

 少年の正体が、真の身分が露見したら、直ちに殺されてしまうだろう。

 少年は私に応えるように、しっかりとうなづいた。

 私の意は伝わっているのだ。

 少年は落ち着いている。声は出さぬだろう。

 刃物男は、出入り口から外を見張りながらも、時折人質である私たちの方を伺ってもいる。

 刃物男がこちらを見るたびに、その視線を少年から逸らさねばならなかった。

 そのため、私は永らく封じていた忌むべき力を解放する羽目になった。

 この能力のせいでかつて散々な目にあってきたというのに。

 だが非力な私に今できることは、これだけしかなかった。

 私は自らの視線に魔を宿す。

 こちらを伺う刃物男の視線が少年へと行きつく前に、私の視線にとらえられる。

 見てはならないと念じる。かの君はこんな下賤の視線に晒されていいような存在ではないのだ。

 下賤が高貴なるものを直に見ることなど許されざることである。




 極限ともいえるこの状況で、不思議と恐怖はなかった。

 恐怖どころか少年に対する情もなければ、何かの使命感に燃えていたわけでもなかった。心はただ凪いで何も感じない。

 私はこの少年の臣下なのか、乳母なのか、あるいは母や姉なのか。そのどれかであり、またどれとも違うようでもあった。

 はたして「私」とは誰か?

 感情が乖離した私が、私の中の私を見つめている。

 そして、この少年が誰なのか。

 私の中の私がおそらく知ってはいるのだろうが、それを語ることさえ畏れ多いがゆえに、少年の正体を思考の外へと追いやっている。

 しばし見つめあった刃物男は先に視線を逸らした。

当然である。魔眼を発動した私の目は、長い時間見続けていられるものではない。

 愚かな者よ、思い知れ。

…ワガマナコ、ワザワイナリ。

 そして、魔眼を発動してしまえば、もう私には怖いものなどないのだ。

 否、そこで私は気づく。

 もとから怖いものなどなかった。

 私には大切なものも守りたいものもないが故に。

 刃物男は一瞬、呆けたような顔つきになり扉の方へ向き直る。

 外に向かって何か話しているようだった。

 しばらくして外から大きな籠を持った人物がやってきた。籠には色々な食物が盛られていた。

 刃物男が外へ食事を要求したのだった。

 食事の籠を持ってきたのはよく見知った人物であった。この場にそぐわないどこかとぼけた顔と丸々とした大きな腹。

 その人物は私の上司であった。

 密室破れたり!

 その時唐突に、もうこれで解決したと、助かったのだと悟った。




「禍、転じ、福。その典型ともいえる吉夢」

 目覚めた私に、夢占の娘が告げた。

 刃物男は悪意。

 清潔過ぎる部屋は偽り。凡庸であろうと偽り過ぎて不自然。

 魔眼とは、本来の自分。偽らざる己。

 少年は押し隠した幼い純心。本当 に守りたいもの。

 食物を運んでくる恰幅のよい上司は富の象徴である。

 この夢の意は、

 凡庸であるよう偽る必要はない。本来備わっている自らの持つ力を出すことで、悪意の刃を退けることができるのだ。

 おそれずに己が己であることを受け入れよ。己を信じて進めば、恵み多く吉となる、という。

 それはある意味どうとでもとれる抽象的な解釈で、夢主の気を損ねることのない無難な答え方であった。

 それであれども、

 彼女の言葉は全て言霊。

 夢を解き、夢違えした、夢占の娘。

 ふとこの少女に不思議な懐かしさを覚えて、

 どこから来たのかと問うてみれば、

「MWの国」と少女は言った。

 肝心の国の名らしきものがよく聴きとれなかった。この世界に無い発音なのかもしれない。

 彼女とやはりかつてどこかで出逢っていたような気がした。

 光を捉えるたびオーロラのように移ろう薄色の瞳。優しいのかそれとも冷たく突き離しているのか、その目から感情は読めない。

 だが、これこそ夢の中に見た魔眼ではないだろうか。私の方が、彼女のその不思議な瞳の色に囚われたように、視線を外せなくなっていた。

 ごく近しいところで知っていたはずなのだ。

 しかし、彼女が誰であったか、どうしても思い出せなかった。



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