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神殿に着くと、目的の人物であるヒロイン、カノンが神殿の中に誘われるように入っていく。キョロキョロとあたりを見渡すが今の所ノエルの姿はまだないようだ。……間に合ったみたい。
私は正面から中庭の方に周り、窓から中の様子が伺えるように移動した。それにしても綺麗な神殿、何だか神々しさを感じる雰囲気。中を見るとカノンも同じように思ったのか感嘆している感じだった。
「ピアノ……」
目に入ってきたのは神殿内にあるピアノ。それを見て思い出したのはノエルがゲーム内で弾いていたピアノの曲だ。もとは亡くなったノエルの母が作った曲。
ノエルの母は精霊に愛されていた。人前でほとんど姿を見せない精霊がノエルの母が弾くピアノの音色に集まってくる。それを楽しそうにしながら弾いていた母のそんな姿をノエルの父が見たのが両親の馴れ初め。各地の神殿でピアノを弾き、人々に癒やしと幸福を捧げる母。多分、ゲームのヒロインのようにまでとはいかないけど、そんな存在だったのだと思う。母の弾くピアノが媒体となって精霊の聖なる力が発せられていたと。
ちなみにゲームのヒロインは媒体なしに精霊と共にあり、自身で聖なる力を出せるのだ。例えばケガをしたらそのケガを治せてしまうし、人々の負の心をも溶かしてしまう、光そのもの。
――精霊は魔力というエネルギーから生まれた存在。この世界は誰しもが魔力を身にまとっている。その強さはピンからキリまでだが、王族は高い魔力をもっているし、魔術師も高い魔力を極め様々な力を扱える。それは禁忌なものまでも。
一般の平民は日常生活で使用できるくらい。例えば、前世でいう電気やガスにあたるものはこの世界では魔力によって役割を得ている。
遥か昔、神が世界を造り人となるものを創造し、魔力を与えた。最初の人となるものは王族の祖先だと云われている。人は魔力の使い方を知り人の世界を造り出していく。
やがて魔力から精霊が生まれた。精霊は聖なる光の魔力と云われ、それは人々から精霊を見ると幸せになるという事も言い伝えられてきた。今でも精霊に関することは謎の部分もあり、日々調査中らしい。
ゲームの世界背景はひとまず置いておいて話を戻すと、ノエルの父は神官であり精霊調査団のメンバーでもあった。仲睦まじい夫婦は、父の精霊調査に没頭するあまり母までも調査対象になっていき、そんな父に母はいつしか哀しみ最期は心労で亡くなってしまうのだ。ノエルは母を死に追い込んだ父を憎み、母を失った悲しみで虚無感の日々、しかしそれをヒロインであるカノンによって救われていく。
『初めは母みたいだと思った。けれど、お母さんにこんな事はしないよ?ね、カノン』
ノエルがカノンを想いキスをするという、スチルを思い出した。
そんなノエルとのイベントではそのピアノ曲がBGMとして流れているのだ。私の好きな曲でもある。そもそも音楽にも力を入れていたゲームなので私としてはOP曲もED曲もキャラクターのBGMも神曲ばかり。
「〜〜♪」
実際今から起こるであろうイベントにはゲームのようにBGMなんてものは流れない。だから懐かしさからか鼻歌で歌っていた。
――その時だった。
「何でその曲知ってるの」
「?!」
誰も居ないと思っていた。神殿の通り沿いとは逆の中庭に来ている私は木々に囲まれ隠れるにはもってこいの場所に居る。
……待って私もの凄く怪しい人物じゃない?これはヤバイ。此処には来ないはずのあの攻略対象者である、ノエルが居るのだから。
歌ってるの、聞かれた……?
「ねえ、聞いてる?何でその曲、それに此処に何で勝手に入ってるの」
「……」
こ、こわいんですけど。どうしよう、早く何か言い訳。
「えっと、昔子どもの頃に聴いたことがありますの。よく覚えてないのですがどこかの神殿で綺麗な女の人がピアノを弾いているのを。それが素敵な曲で、今でも覚えてるくらいに」
全くの嘘だけど。ゲームで知っているだけで聴いたことはないが。もちろんヴィオレットが子どもの時も聴いていない。
「……確かに神殿で弾いてたけど、そっか」
「え?」
納得したかのようなノエルの態度にこれは良い言い訳になったとホッとした。
「その曲、母の曲だから」
「そう、なのですね。とても素敵な曲ですもの素晴らしいお母様でしたのね」
「……まあ。ところで何で此処に?立入禁止なんだけど」
……何このどこかで聞いたことがある台詞は。貴方のイベントを見に来ましたなんて、それはもう不審者極まりない。
「……クラスメイトらしき方が入っていったので気になりまして、そうしたらとても素敵な神殿でしたので思わず、見学?でしょうか」
間違ってはいない。カノンとノエルのイベント見学なのだから。
「人が中に?」
怪訝な顔をするノエルに行くよと促され私も正面に移動させられ、神殿の中に入った。
――え、嘘でしょう。
「誰も居ないんだけど」
まさかの、さっきまでここに居たカノンが居ないのだ、慌てて外に出て辺りを見渡すと、遠くに薄桃色の髪を揺らしながら歩いている背中が見えた。そう、カノンは祈りを終えて既にこの場を後にしていたのだ。ミスったわ。貴重なイベントが!
「…確かに女性が居たのですが、申し訳ありません。では私はこれで失礼致します」
これはもう謝るしかない。そしてとっとと去ろう。
「……まあ、いいけど。けどちょっと待って」
帰ろうとした私を呼び止めたノエルは、神殿の中に戻りスタスタと歩いていく。
「何突っ立ってんの早く来なよ」
「え、は、はい、」
こんなにも失礼な人本来のヴィオレットなら発狂してるところだ。そう思っていると、ノエルはピアノの側に行きその鍵盤を綺麗な指で鳴らした。静かな空間にとても良く響く音。次に奏でたのは先ほどの曲だった。
その音に聴き惚れる。耳が癒やされていく。私は静かに目を閉じた。
「もう、いいよ」
「あ、ありがとうございます」
「別に」
――ボーンッ
ノエルが弾き終わって私は余韻に浸っていたのだが、学園の鐘の音が鳴り響いたと同時にハッとして我にかえった。こんな所でゆっくりしている場合ではない。イベントを見れなかったのは残念だが次こそは。
「申し訳ありません、私そろそろ行かなければ。素敵なピアノを聴かせていただきありがとうございました」
「構わないよ。ほら遅れるよ新入生挨拶するんでしょ」
ノエルにお礼を言い私は神殿を後にして早足で歩き始めた。イベントは見れなかったけど大好きな曲を聴けたし、ヒロインとノエルルートがまだ発生しないという事はヴィオレットへの危険もとりあえずは大丈夫だと思いたいところ。
ノエルルートのヴィオレットは聖なる力をもつカノンをやっかみから、精霊調査団を誑かし監禁させあれやこれやで悪役ぶりを発揮する。ノエルは母のようにはさせないとカノンのためならヴィオレットを死に追いやる、ノエルルートは若干のヤンデレとダークさを感じさせられるストーリーとなっていた。
大丈夫、やっかみなんてないない、そう決意。
そういえば、あれ?私が新入生代表の挨拶すること何で知ってるんだろう?名乗ったっけ。それにピアノ弾いてもらうシチュエーションなんて……。
……まあいいか。
急いでこの場を後にする少女を見送る。
「今日は騒がしいな」
あまり人前に姿を見せない神殿に寄り付いている精霊達がざわざわしている。
「ふっ」
彼は先ほどの令嬢を思い出しては面白そうに笑ったのだった。




