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フィルマ殿下の誕生日パーティー当日。私としてはダンスの成果のお披露目である。この半年、先生の厳しいしごきと、シオンの優しいお褒めの言葉で素晴らしい飴と鞭の日々だった。
「ヴィオレット様、とても可愛らしい御姿ですわ」
侍女のニーナが私を見ながら満足気に頷いた。王城へ向かうため、この日の装いはドレスアップ。こんな豪華なドレスなんて初めてで何だか落ち着かないけれど、さすがヴィオレット。様になりすぎて自分で自分に見惚れてしまった。
淡い紫のドレスにお花が散りばめられていて、控えめなフリルはグラデーションがかっている。大人すぎず子どもすぎず。派手すぎず地味すぎず。うん、とても可愛い。瞳の色と同じで気に入ったわ。
「ヴィオ、とても綺麗だよ。さあ行こう」
「はい、お兄様。お母様行ってまいりますね」
正装したシオンも王子様のように素敵な姿。私達はお父様と一緒にエインズワース家の馬車に乗り込んだ。
――いざ敵の本拠地へ。いえ、いざ王城へ。
「ヴィオは殿下にプレゼント用意したの?」
ダンスのレッスンでプレゼントのことなどすっかり忘れていて気付いたのは一週間前。ちゃんとまともな物を用意している。何故なら去年はボロボロの刺繍入りハンカチを渡したのだ。これはやめた方がいいんじゃないかという意見を押し切って嫌がらせかというくらい酷い出来の物を。今度刺繍もちゃんと練習しなくては。
「ええ、ちゃんとご用意しておりますわ」
エインズワース家として恥のないように。
ゲームで見た通りのお城はとても大きくそびえ立ち、歴史ある建物なだけにまるで世界遺産の様。多くの紋章が入った馬車が此処にやって来ている。華やかなドレスを身に纏う人々。
「お手をどうぞヴィオレット様」
馬車の中から感嘆としていると、外から声をかけられ少しビクッとした。なんてたってシオンルートでヴィオレットが殺されてしまう実行犯が目の前に居るのだから。
エインズワース家の従者でありシオン付きのレン。シオンとのフラグが立っているわけではないのでこのレンに対してなんら怯える事はないけれども躊躇してしまう。主人に忠実に従うレンは立派な従者である。
「ヴィオレット様?」
「え、はい、ありがとう」
ジーっとレンを見ていた私は我に返りその手をとった。
お城の中に入るとたくさんの人で溢れ返っていて、人酔いしそうなほど。父に気付いた人が挨拶に来るので、当然私も挨拶する事になりそれが続いていく。ちょっと疲れたりなんて思ったり。
ホール内を見渡すと、食事スペースに目を奪われた。
「美味しそう……」
立食形式のそこには数々の料理が並べられていて、色とりどりのスイーツもたくさんあり思わず喉が鳴った。エインズワース家のご令嬢たるものすぐにがっつくのは礼儀に欠けてしまうからもう少し我慢しようかな。
しばらくして、騒々しいホール内がピタッと静まり返った。
陛下と、フィルマ殿下の登場だ。
「オーラが半端ない」
そして何より、可愛くてかっこよくて。何あれ悶えそう。またもや言うけどショタコンではない。ゲーム内の年齢より若くまだ子どもらしさが残る見た目だがこの歳にして惹き付けられるオーラがある。隣に立つ陛下も四十前だというのに二十代でもいけるんじゃないかというくらい若々しさ。
「イイ」
イケおじさま悪くないです。陛下の挨拶の中フィルマを見ていると少し冷たげな表情で凛としている。
『目障りだ。公式の場以外は近付かないでくれるか』
『カノン嬢への行い許されるものではない』
今よりも冷たい表情で冷たい言葉をかけられるヴィオレット。確かにゲームで典型的な悪役でフィルマにもウザいほどの執着をみせていたヴィオレット。プライドの塊だものね。壇上にいる幼いフィルマを見ながらゲームの記憶を思い出す。
――大丈夫、平和な道を行くため間違えたりはしない。
会場は陛下とフィルマの挨拶が終わり、再びざわめき出した。ダンスはまだらしいから、ちょっと小腹を満たしてこようかな……。
「さあ陛下方に挨拶に行くよ」
そうですよね。
「この度はおめでとうございます、フィルマ殿下」
「ありがとうございますエインズワース侯爵」
移動した私はとうとう目の前にフィルマの姿が。圧が強い。愛想笑いも素敵に思えてしまうほどの顔だ。……目笑ってないけど。
「陛下、本日はお招きいただきありがとうございます。そしてフィルマ殿下この度はおめでとうございます」
「しばらく見ない間に美しくなったな」
ヴィオレットを見ながらそう言って微笑む陛下は息子のフィルマより優しげな顔をしている。公の場に陛下と伴うのはいまやフィルマの母であるミリアンナ様だが、体調が芳しくないとのことで此処にはいない。
呪われた王族、なんて言われてたりするのを聞いた。正妃を始め王子達が続けて亡くなったためそんな噂がひとり歩きしている。
フィルマをちらりと見ると表情を変えぬまま私とは目も合わない。一応婚約者なんだけど。すると、会場の音楽が変わった。
「お、フィルマ、ヴィオレット嬢と踊っておいで」
あ、小腹満たしが遠のいた。そんな事を思っていると、どうぞとフィルマが手を差し出してきたので、その手を恐る恐る取って私達は中央へと進む。周りの人達がスペースを空けてくれる。
まあ、可愛らしいわ、微笑ましいわね、など聞こえてくるがこっちは気が気でないのだ。シオンにこっそり目をやると、大丈夫だと言うように頷いてきた。
「……」
向かい合う形になるがフィルマは無言。目は合わない。目の前の整った顔のこの態度。何だか何様だとイラついてくるけれど、人のことは言えないので大人しく曲がかかるのを待った。
あ、これ好きな曲。ゲームでもお馴染の曲で、シオンともたくさん練習した曲だ。
「殿下、よろしくお願い致しますね」
「……ああ」
そっけなく返すフィルマだが、その顔には少しの緊張が見えた気がする。
この、ゲームの回想シーンではヴィオレットが足を踏んだり転んだりみっともない姿を見せると同時にフィルマに恥をかかせてしまうシーンしかないので細かい描写などない。ヴィオレットはフィルマと踊ることの喜びしかないのだが、今の私は違う。
少しの不安と自信のなさが見えたちょっとした変化をフィルマから感じた。前世はよく人の目を気にしたりして顔色をよく伺ってたせいか小さな変化も気付いてしまうのかもしれない。完璧ではない12歳の少年の姿に何だか可愛らしいとさえ思えてきた。
失敗するわけにはいかない。
ダンスが始まると、思いの外夢中になった。さっきの小さな変化も感じさせないくらいフィルマは堂々としていて、リードも完璧。それに何より私がついていけている事に自分自身が単純に楽しい、とそう思えた。……ありがとう私の努力。
その時、ふと視線を感じた。目線を上げると、かすかに口を開き目を見開くフィルマと視線が交わるがすぐに逸らされる。一瞬なのに何故かドキリとした。
そのまま目線は合うことなく踊りは終わりを告げる。周りからは称賛の声と拍手。その瞬間少しだけ、平和な道が開けたなんて思ってしまったりした。
「君は、」
「殿下、」
かぶった。呼吸を整え喋ろうとしたら同時にフィルマと喋りすぐに気まずさがやってくる。
「……」
先が続かないフィルマに私は思わず話し出す。
「殿下の踊り素晴らしかったですわ。とても楽しめました。ありがとうございます」
「いや、君もとても良く踊れていた」
え……。褒められている。あのヴィオレットが。いや私なんだけど。けれど、努力した結果こうして言ってくれるのはやっぱり嬉しい。ダンスを頑張って良かったし、何よりフィルマから冷たい表情を向けられずに済んだ事に安堵。もう今日はやり切った感が強い。
フィルマと踊った後は、シオンとも踊りとても褒めてくれた。さすが私に甘いお兄様だ。陛下と話をしているお父様の所に行くと、二人からもお褒めの言葉をもらった。
そろそろあのスイーツ達を食べに行こう、そう思ったのに、
「せっかくだ、ヴィオレット嬢から直接プレゼントをもらったらどうだ?二人で庭園でも歩いてくるといい」
……はい?陛下がフィルマと私を見てそう言ってきた。
「いえ、陛下、主役の殿下が居なくなってしまわれてはいけません。後で皆様のと同じようにプレゼントを見て下されば大丈夫ですので、お気遣いいただきありがとうございます」
すかさず断りの言葉を言うが、皆の者はそれぞれ楽しんでいるから良い良いと軽く言い放つ。物凄く余計なお世話だ。結局陛下に負けて渋々のお父様にも促され、私とフィルマは少し後ろに護衛を引き連れて庭園にやってきた。
従者のレンよりフィルマへのプレゼントを持ってきてもらった。
涼しい。ホールの熱気から抜けて出た外は少し暗くなってきていた。風が気持ち良く、綺麗な花々が咲く庭園はとても美しかった。
「……」
「……」
普通ならヴィオレットがマシンガンのように話しかけるだけ。だけど今の私にはそんな事はできなくて。無言が私達を包み込む。気まずい。
「あ、あの殿下、改めましてお誕生日おめでとうございます。心よりお祝い申し上げます」
「ああ」
何でこんなに緊張しなくちゃいけないの。
「こちらは、プレゼントでございます。気に入っていただけるとよろしいのですが。あ、変な物ではございませんわ!我が領地で作ったものなんですの」
そう、変な物ではない。作った物だけど私の手作りではない。エインズワース家の誇りにかけて。フィルマが渋々受け取るとラッピングを取り中から取り出した。
「これは、」
プレゼントは二つ用意してある。一つ目はこの国では我が領地の鉱山で取れる鉱石から作った宝石、エメラルド。フィルマの瞳の色と同じ色のこの石をあしらったブローチだ。今着ている衣装にも似合いそう。
「とても綺麗だな。さすがエインズワース領の物だ」
そう、加工技術も素晴らしいと思う。とても綺麗にカットされている。そしてもう一つは、これもまた我が領地が誇るすみれのトワレ。薄い紫色した液体の入ったオシャレなボトル。
「これは男性用ですの。甘すぎない爽やかな香りですわ」
「……ああ、とても良い香りをしている」
穏やかに微笑むフィルマに一安心。グッジョブ、ヴィオレット。
「……雲泥の差だな」
良かったと安心している中、かなり小さくボソリと呟かれた声が聞こえてしまった。雲泥の差、と言った?それは去年のことと比べて?確かに納得はするけれど。
聞こえなかったフリをしよう。
「殿下?」
「……ありがとう」
「いえ」
お礼の言葉も言ってもらえたし、少しはヴィオレットの見方も変わってくれると良いけど。害にはならない、未来のフィルマの運命の女性との仲を邪魔はしない。
私達は少し散歩をして、ほとんど会話はなかったが嫌な空気ではなかった。そして庭園を後にしてホールへ戻る途中だった。
「あ、よう、フィル!」
「?!」
マジですか。