コソ泥と魔法の市場
「儲かった儲かった」
「結構持っていたね」
なんだ。ゴミまで入ってやがると捨てる少年。
年齢からは想像つかない利発な妹はそのゴミを拾い上げる。
「お兄ちゃん。だいじなものはとっちゃだめだよ」
地面に落ちればゴミがつく。泥もつく。獣や人の糞もつく。
それをだいじそうにかかえる幼女に流石のコソ泥少年ジークも口元を歪めた。
彼は生まれてこのかた風呂に入っていない事が自慢だがたまにどこぞのおっさんや女宿主に捕縛されて頭からお湯を被る羽目になる。
だから実は多少の衛生観念がある。
「おいおい。流石にそんなもんいらねえだろ。ボロい手袋に詰め物して髪の毛つけて端切れで服つけただけの人形なんて誰も買わねえし……いるのか?」
そう言えば彼は女の子の喜びそうなものを妹にあげたことはない。
妹の視線が人形の不恰好な円の瞳と交差している。
その両腕はそれをだいじそうにかかえており。
「しゃあねえ。やるよ」
「ありがとう!」
妹は白無垢のようにきれいになった人形に頬ずりして喜んでいるがあまりにも嬉しそうだったので彼はその違和感を忘れた。
「お兄ちゃん怪我ない。私がいたいのなくなれしたげるよ!」
「ねえなあ」
盗みの過程で手首を捻られて無理やり脱出したせいでいまだ痛いとか昨日盗みを失敗して鶏屋の親父に一発頭を小突かれたくらいだ。
『かみさまかみさまお願いお願い。お兄ちゃんのいたいのとんでけ!』
妹の幼いなりの気遣いが嬉しい彼。痛みなんて吹っ飛んでしまう。彼は昨日切った頰の瘡蓋をバリバリ取って遊びながら妹の手を取って市場へ。たまにはいいだろう。
市場はたのしい。
二人は人さらいにさらわれないよう手を握り合い大声をあげながら走る。
凍った足が爪先を凍えさせる。
滑りそうになり大笑い。
彼女が地面の上で滑るようにクルクル回っておどける。
「コカトリスの肉とか普通に食えねえよな」
「猛毒だよ! 死んじゃう! すごくおいしそう」
いいにおいを堪能しまくる二人に呆れる露店の親父。
「ちゃんと毒抜きしているよ。全部魔物素材だが」
「だれがくうんだそんなもの」
そう言いながら串を掴んでジュクっとした歯ごたえを楽しむジーク。隣であわてている妹ももう一本もらえた。
「おいしい!」「うまい!」
野生種の玉葱の香ばしさ。
コカトリスの肉は牛にも鳥にも豚にも例えられる。部位によって味が変わるのだ。
そのフェロモン部分を煮詰めた油と辛子にニンニクが絡みあう。
「マジうめえ」
「……二本目は買えよ」
勿論ジークは泥棒なので三本目を平然と口に放り込んだ。二本目はまだ食っている途中だ。
「官警さん呼ぼうか」
「すいませんでした。ちょうしこいてた」
無銭飲食だが許してもらえた。
お人よしから死んでいくのに良い奴だ。
「取敢えずくえくえ。ダッカ―ドさんのおごりだ」
「ばぶっ!」「ぶっ!」
げほげほとむせる二人の子供に不思議そうな顔を見せる露店の主人。
「あれ? 不味かった?」
「いや、なんでその名前出たのかって」
曰く、ゴミとして捨てられている魔物素材が売れるようになったら冒険者の収入が安定するのではということで定期的に肉を卸してくれるらしい。
「子供にタダとしているのは一〇年後には買ってくれるだろうという見込みだからな」
「誰がくうんだ! うまいけど」
素直にはふはふ食う二人。
「問題は魔物の肉だけに卸が不安定なことだな。その代わり料理のやりがいがある」
そういって毒抜きのテクニックを語る店主の小脇をそっと抜け出す二人。
子供はタダらしいし仲間のためにあと五本ほどもらっておこう。今食べるけど。
「|ω・`)ノ ヤァ」
市場の隅の角から顔を表した妖精族にキモを冷やした二人。
「魔道帝国遺跡から出た魔法の品々、見て見て」
「マジかよ。本物なら買えねえよ」
「自慢したいだけ」
なんせこのガラクタどもは押すと星が飛び出す。引っ張ると煙が溢れる。火花が飛び出す小箱まである。
「でも誰も買ってくれないから子供に遊んでもらおうと」
「おまえいいやつだな! もらっちゃ駄目?」
懐に入れようとする彼に妖精は快活に応える。
「呪いかけるけどいい」
「いいわけねえ」
妖精族はひとしきり遊ぶ子供たちに満足している。
露店の許可がおりなくても手売りなら問題ない。道路の使用許可的にアウトだが。
晴れの日なのに仕事をしている生真面目な衛視に見つかって絞られる彼。
その衛視は先ほどまで美貌の詩人の隣で鼻を伸ばしていた。
詩人が歌を歌う。
あかぎれにならないように厚手のミトンに守られた白い手が現れ、自慢の楽器に手を添える。
「それは はるかむかし 『最初の剣士の物語』~♪」
アレンジが激しい気もするが許容範囲だ。
大人たちが手売りの酒に手を伸ばしている。
ジークも彼らの懐に手を伸ばし軍資金にする。
さっきの露天商に酒を持っていくとまた一本もらえた。
「やったぜ」
「おにいちゃんかみさまに叱られるよ」
呆れる妹だが力苺の入った飲み物をもらえて夢中で呑んでいる。
クリームにカフィの実からとった炒り汁の苦み。クルクル回るベリーが加わってとてもおいしい。
「ストロングベリーって魔物素材じゃねえか」
小さな虫を取って食べ、全身の棘で蛞蝓などを返り討ちにする人間には無害な魔物であるが歩行種もいる。
その実から飛び出す粒はクルクル回るので食べるのに苦労するが飲み物なら問題ない。
「美味しいね」
「一口くれ。ビナ」
プチプチして独特の歯ごたえがあり口の中でくにゃくにゃと動く力苺の粒。
その歯ごたえと時々口内で爆ぜる酸味と甘みを楽しみ二人仲良く手をつないで走るとからかいの声がする。
「彼女つれてどうしたどうした! へなちょこジーク!」
ジークは関係ないとしてスルーした。一時期仲間だったこともあるし。
「べー! ジャン!」「呪われろジーク!」
別のグループは『敵』だがここで喧嘩するほどではない。
「女と仲良くしていい気分だな!」「てめえもメソメソしてねえで彼氏でも作りな! 去年のことなんだからさ!」
ジャンと呼ばれた少女が「ありがとうよ! 死ね!」と叫ぶので適当に串を投げてやる。
「子供にはただだってよ! 急ぎな!」
「マジか! いくわ! 仲間連れて!」
大慌てで戻る彼女の尻をみながらケタケタ笑う。
「魔物素材って知ったらどんな顔するかな」
「お兄ちゃん本当に本当に……あれ。そういえばおにいちゃん指輪をダッカ―ドのおじちゃんにあげるとか渡すとかいってなかったっけ。リンダさんにお礼とか言うから覚えてたけど」
利発な妹はジークの自慢である。
そのジークはポロリと口から串を落とした。
「いけね。忘れてた」
そもそも盗品だということも忘れている。