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おっさん冒険者の脱英雄譚  作者: 鴉野 兄貴
コソ泥とおっさん
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おっさんと見習神官

「存じていますが」


 少し前後する。


 ジャコビネがビーネかもしれないと聞いた半妖精に法僧ミモザは言葉を選びつつ応えた。


「ビーネさんと言う方なら存じています。当神殿の聖騎士です」

「マジか! 会わせてくれよ!

 いやほんとおっさんがすげえ反省してたって言わないと」


「無理です」

「なんでだよ! 正義神殿のくそったれ!」


 法僧は速答で答えた。


「聖騎士は俗世と縁を断っているからだよ」



 おっさん冒険者に横から小声でつぶやかれて黙り込む半妖精。思うことがあったようだ。


「そういえば聖騎士どもは朝出かけて夕には人を斬って帰ってきたりするな」

「ので修業という名前の謹慎名目でほとぼりがさめるまで監禁しなくてはいけないこともしばしばあるぞ」



 ボソボソと話し合う二人が癪に障ったのか法僧はツンとした態度で告げる。



「というわけで部門が違いますので無理です」

「なに言っているんだおまえ。同じ神殿だろ」


 法僧。そして驚くべきことに慈愛の女神神殿の自称関係者らしい半妖精は揉める。


 法僧は各神殿の運営方法などスパイまがいの方法も使って知っているが後者はその限りではない。


「あなたのところのようにあっさり信徒と爛れた関係を作って神殿を離れる女しかいない組織ではなりません」


「出自を問わず、『使途』になれた時に立派なレディになれていればいいからな。それにしても言い過ぎだよ」

「おい。言って良い事と悪いことがあるぞ……あ、そういうことか。ごめん」


 ぷっ。


 どちらともなく噴き出して自らの神殿の罵詈雑言を始める二人。

 神々が聞けば天罰を下すであろう。



「あんたら仲直りしたらがきんちょらしくミルクをサービスしてやるからあとできな」


 リンダが呆れて「さむいさむい」といって店に戻る。



 さて、慈愛神殿は女性比率が高く、国内外に『若い美女ばかり』と有名な組織である。


 その内部事情は法僧にとって諜報的に興味深い内容だが法僧が年相応の娘として吹き出したのは何より彼もしくは彼女の裏表のない言動に好感を抱いたからというのが大きな理由だった。



「実のところ若い美女ばかりとは限らないんだぜ。カレンとかジェシカとか。あとモニカもそろそろ。


 美人っていうけどミズホとか怪しいぜ。特に朝起きはひでえもんだ……あ、でもガキどもはミミとか色気づいて来たな。ロロと仲良く」



「あなたの知り合いは存じませんが、独自の美容法や失われた化粧技術を伝承しており二〇歳かそこいらで相手を見つけたら引退できるような組織作りが成されているのは確かのようですね」



 大袈裟な身振りで寝起きの女性を再現する半妖精ハーフエルフに女性のプライベートを暴くのはどうかという顔をする法僧。


 取敢えずその返答の数々から法僧は彼もしくは彼女が確かに慈愛神殿の人間であるとあたりをつけた。



 にしたって異教徒といえ国内外にて尊敬され本人の許可なく美人絵が流通している高司祭や神官のプライベートまで知りたいと思いたくなかったが。


 慈愛神殿の女性神官は姿絵のみならず御用達の美容法として怪しい修行だの薬が売られることは珍しいことではない。


 法僧も何枚か半妖精が口にした神官たちの美人絵や慈愛神殿の美女も愛用を謳った化粧品をこっそり持っている。

 見つかったら左遷されるが。



「だいたいビーネさんがそのジャコビネさんと限らないでしょう。まして俗世を断った聖騎士の事。過去に五人ものごきょうだいがいたかどうかなんて」

「だから探しに来たんだろ。指輪があればなあ!」


 半妖精は思い悩む。ガサツな彼のその姿がちょっと可愛らしくて法僧は微笑んだ。

 そして財布をまさぐって気づいた。



「あっ?!お母さまから頂いた人形がない!?」


 財布がないのはいいのか。


 ――――――


「ビーネがジャコビネか。それを確かめるのがアンタの仕事。ほら、ジャコビネなら通称はビーネやバネだろ。あのひとは二〇歳くらいに見えるが実際はどうだか」

「わかった。正義神殿ならば薬草や油の原料を卸すついでだ。行ってくるよ」



 ダッカ―ドはミモザの誤解を解き、リンダと別れて『正義神殿』に向かうことにした。


「まぁ『聖騎士』なら実際より若いのもあり得るが」


 この世界の魔法使いや『使途』たちは老化速度が半減する。


「羨ましいこった。お貴族様でなくとも便所掃除は自分の宿でも嫌だけどね」


 横で話を盗み聞いていた冒険者たちから不満の声が上がる。

 宿代タダの代償に便所掃除や水汲み、部屋掃除をやらされシーツの洗濯までやらされているからである。


 宿で女主人が若者たちをあしらっているなか、おっさん冒険者は街を歩いていた。右手には山の幸串がある。頬を膨らませるおっさん。もごもご。



「そういえば俺も昔は戦神神殿に出入りしていたっけ」


 懐かしいな。当時の神官戦士長元気かな。


 改宗してしまったがちょくちょく酒持って遊びに行ったものだ。

 なつかしさというかボコボコに扱かれた思い出と共にビーネとやらに思索を寄せる。



「しかし聖騎士ってどうかなぁ。正直ジェイクと兄妹と言われてもピンと」


 直接面識はなくともこの町の有名な人物の名ならばほぼ頭に入っているベテラン冒険者。

 ビーネは聖騎士をするだけあって堅物なのであろう。


 思い悩みつつ神殿に向かうおっさん冒険者。


 薬草類を捌く道中にて寄った薬屋で最近売り出し中の王都の冒険者『夢を追う者』の喜劇のチケットをもらえた。今度こそリンダをさそわねば。


 男の能力を高める怪しげな媚薬は要らないとつっかえしたが。


「ジェイクは立派な冒険者で魔導士ではあったが同時に裏では『盗賊』を行っていたからな」


 ジークに素直に親の話をするのをダッカ―ドやリンダが躊躇った理由だ。


 もう少し大人になれば話してもいいが彼に教えようものならいい影響はないだろう。



 おっさん冒険者は白に輝く神殿の正門を避けて裏口を目指す。


 油の材料となる葉は良質のものを選んだ。

 太陽を崇めるかの神殿では明かりのための油は常に買い取りを行ってくれる。

 良質なものなら大歓迎だ。


「こんにちは。『帰路の誘惑』の冒険者です」

「あ! ダッカ―ドさんだ! 菜の花とか入っていますか! 油が不足していまして!」


 故にほぼ顔パスが通じる。

 いまだ『悪意感知』などをかけられたことなどない。


「まだ菜の花はないね」

「シューロの実や葉などでもいいのですが、当神殿では良質の油を常に欲しています。

 ダッカードさんの葉を異教徒どもに売るくらいならうちに専売でお願いしたいのですが」


 あと、あとそれから。


 もじもじしながら憧憬の表情を向ける若いというには少々幼い女性はおそらく聖騎士か法僧見習いなのだろう。


「どうやったら『使途』になれますか! 私も異端審問官はさておき手習いが終わったら王国裁判官になりたいのです!」

「相手が異教徒かどうかは関係ない。『使途』の隣にいると『使途』になりやすい。これは経験則だな」



 各神殿は若さと美貌を手に入れることが出来るとして女性に絶大な人気がある手習い先である。


 先にリンダも少し触れたが寄付を条件に奉仕免除を申し出た女性で『使途』になれた女性はいないとされるので大抵の女の子は必死で挑むが使途になれるかどうかは『神の気まぐれ』。


 慈愛神殿が貧乏神殿とされるのに潰れないのは無事神に愛され『使途』になることが出来た貴族女性たちの実家からの莫大な寄付が定期的にあるからだ。


 その代わり寄付額にそぐわない分け隔てない待遇が待っているが。


「お父さんがケチだから寄付なしで手習いとして潜り込んだ分、逆にちょっと期待しているのですけど甘いかな」

「どうだろう。奉仕がんばってね」



 正義神殿や商業神殿、知識神殿の手習いは寄付金額で奉仕を一部もしくはすべて免除され学問に専念することが出来る。


 つまりこれらの組織上層部において『使途』が占める割合は少ない。


 少女が必死で奉仕に挑むのは貴族に仕える陪臣の家柄の者にとって『使途』になれるか否かは家の隆盛に関わるからだ。


 騎士や陪臣は王国法においては将来王国に仕えることが出来ると保証されているわけではない。結婚たまのこしを目指さない女の子ならなおさら励まねばならない。



「冒険者って五人に一人は『使途』でしょう?!」

「そんなに多くないよ。そういうのは将来有名になるパーティくらいさ。でも老化云々の話なら一〇人に一人はなんらかの魔法の覚えがあるかもね。『呪曲』使いを考慮に入れたら五人に一人の比率になるかもしれない。あと一〇年持つ奴らなら何らかの魔法の力や加護や魔法の品々を持っていることが多いけど、やっぱり神殿育ちの『使徒』の参加はまれだよ。神殿から許可なく外出できないし冒険者として旅立つ許可なんてなかなか取れるわけではないからね」



 ダッカ―ドたち冒険者も『使途』に目覚めるものは多い。

 危険と隣り合わせであり『使途』になった神官たちが修行の一環として冒険者の列に加わることは珍しいことではないため『冒険者』のかなりの割合で『使途』が生まれる。


 もっともその加護に反して教義などの知識は酷いものだが。『比率』を知っているこのおっさんはそれなりに教養を積んでいるのだ。


 そんな彼の『教養あふれる話』を無視して嬉々として蒸留なべに葉を入れていた少女に苦笑いするおっさん冒険者。


 茹でられた葉の湯気から出た油は神殿の明かりとなる。

 今は酷い匂いだが水蒸気を蒸留していく過程で香油になる。


 ぐつぐつ泡立つ鍋を見て今夜の献立を思いついたおっさんは少女に駄弁の続き。



「というか、キミも『聖騎士』になればいいじゃないか」

「嫌です。板金鎧に剣に盾の完全武装で、屈伸運動に腕立て伏せ毎日一〇〇回以上ですよ?! 光曜日や晴れの日の『陽光に感謝する祈祷』代わりに重たい鎧を着て『神の栄光に感謝の警邏』ですよ?! 鎧は真っ白になるまで磨かないと駄目だし、鎧でろくに動けないのに馬に乗ったりジャンプしたりトンボ切ったり全身鎧で何キロも毎日走りながら戦闘訓練なんて死んじゃいます。あと恋愛もろくに出来ませんし」



 俗世を離れ、『正義』を追求するだけに生きる『聖騎士』の道を選んだものの多くは『使途』になることが多い事実は有名で、『使途』になるなら『聖騎士』と言われるが上述した理由による若者の聖騎士離れが深刻であり、また彼らは王国法を完全に無視するため実社会で多大なトラブルを巻き起こす。



「だめかぁ」

「駄目ですよ。

 冒険者だってその傾向があるでしょうけど。

 ほら、単に無学だったり『最初の剣士』を信奉しんぽうしているのは権力者や兵士たちも同じなので収まるべきところに収まります。


 聖騎士アレはダメです。口に出すと異端としてトバされるから内緒ですよ」



 聖騎士たちの尻ぬぐいをする部門として『使途』ではないものたちが法僧になる。修辞学を習い王国法や『最初の剣士の教え』や自教団や他教団の教えに通じ、他教や法律関係のもめ事に対応する貴族階級出身の法僧と、出自を問わず集い厳しい修行を己に課し実際に神に愛された『聖騎士』たち。両者の仲はご想像の通りあまりよろしくない。



「それよりダッカ―ドさん。これから私非番なのですけど」

「ああ、そうだね。じゃ、非番のところ悪いけれどもジャコビネさんに取り次いでくれないかな」



 おっさんは今更若い娘には興味ない。

 子供が可愛い感覚しかない。

 フラグを折る男ダッカード。


 そこに。


「ミルク。言いたい放題ね。王国法や祝詞は覚えたかしら……覚えていないならお昼から私も非番だから『喜んで』貴女の『自主的な修行』に付き合うわよ」


 二人の後ろには当のジャコビネがいた。

 ミルク嬢が『使途』になれる日は遠いかもしれない。

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