リンダと中年冒険者
皺がある。
シミがある。
そして髪の色にも白が混じっている。
でも仕事の話をするとき、クマが残り瞳に弛みが出てきた彼女の頬には朱が差し少女のそれを思わせる。
ダッカ―ドはそんなときの彼女がたまらなく好きだ。
若くて無謀で考えなしでまだ魔法つかいにあこがれていた時代の事は頭の隅に置くとしても彼の記憶にはリンダの笑顔があった。
実際の女主人や当時の看板娘は彼の記憶ほど笑わないが。
冒険者はちょっとしたことで死んでしまう。
愛想よくして思い入れなぞできてしまっては苦しくて仕事にならない。
『帰路の誘惑』亭はさておき所謂冒険者の店はなんだかんだと冒険者に莫大な借金を背負い込ませて身体が動かなくなるまで使いつぶすなどそれほど珍しいことではない。
若き日の女主人は笑わない事はさておき、不愛想なのに所々で優しさを垣間見ることが出来る事から人気があった。
粉をかける若者や冒険者は日常的にいたが結果的に彼女の鉄面を砕いたのは一人の青年だった。
今は見る影もないほどおっさんである。
「当時はかわいかった」
「本当かよおっかさん」
女主人の記憶を水で溶いた酒かっ喰らって大笑いで答える悪ガキ冒険者ども。
頬に赤みがさす若者たち。彼らのうち何人が来年の春を迎えるだろうか。
「でもおっかさんの若い頃が美人なのは納得できるわ」
「そんなこと言っても宿代まけてあげないよ」
嘆息と共に煙草の煙をふく女主人。
煙の先に思うのは先ほど別れたおっさん冒険者のこと。
――――――
「調べるまでもなくジークが盗んだと思う」
「私もそう思う。あの子は前科がありすぎるからねぇ」
例え犯罪者やコソ泥でも根拠もなく犯人と思わないのは冒険者や女主人の資質である。
異種族、人外、魔物に至っても分け隔てなく接し事実を元に推論を排して考えなくば生き残れない。
しかし二人はため息とともに結論から先に出した。相応の根拠を二人共持っているからと言える。
「あいつが指輪を盗んだ理由ってまさかとは思うが」
「『願いの指輪』とか『祈りの指輪』とかいらないからね。
そりゃ高くてきれいな指輪は嬉しいけど限度があるさね」
常識とか限度とか少々踏み外していたおっさん冒険者は再び撃沈しかけたが「結婚そのものは今まで一度たりとも嫌だと言われていない」ので踏みとどまった。リンダとしても盗品は要らない。
「とりあえず今はジークさね」
「そろそろ庇いきれないだろう」
盗賊ギルドはモグリの行う仕事を禁じている。
子供なら見逃してくれるがジークはそろそろ微妙だろう。
何事も限度がある。
知らなかったとはいえ王都ギルドの大幹部から掏ったのみならず小便ぶっかけてゲタゲタ笑っていたり。
「マジかよ」
「まじです」
頭を抱えるベテラン冒険者と宿の主人の二人。
「『図書館長』から掏り取れるんだ。あいつすげえな」
「掏り取らせたしあえてかぶったみたい。当然だろ」
次期王都盗賊ギルド長候補を争う第三位『図書館長』や第二位『鑑定局長』は幼い子供の姿をした種族であり普段子供として行動している。
彼らに限らずこの国の盗賊ギルドは『子供たち』と呼ばれる種族のものが重要な地位を占めていることが多く、故に子供の行為には大変寛容であるが周辺のシンパはその限りではない。
「よその街の幹部はさておき、先日も若頭に食って掛かってたぞ」
「そういうことは報告してよ! ばかじゃないあなたも!」
代わりに彼が謝ったので解決した。若頭とおっさん冒険者は昔の冒険仲間だったし。
「あいつも出世したよな。いいことだ」
「……(あんたもちょっとは出世しようとかかんがえないのかね)」
出世の仕方はさておき友人の幸せを素直に喜ぶおっさんに呆れる宿の主人。
「話は変わるがさすがに二人は無理だよな」
「あんたが引き取ればいいだろ」
無理。ふたりは大きくため息をつく。
自分たちの食い扶持で精いっぱいなのに手のかかる少年少女を引き取るのは難しい。
盗賊ギルドは前述したように孤児のすることには寛容だが全容を把握していないわけではない。
むしろ徹底して動向を追跡調査している。有望な少年少女には積極的に教育を行い構成員としている。そうでない少年少女には手習いを教えて食事を与え就職先を斡旋している。
ジーク兄妹も何度か勧誘されてはいるのだが手習いにすら顔を出したことがない。
「剣とか鎧とか盾とか売れたら何とかなるのだが」
「あんなもん王様だって買えるわけないだろ。質草代どころか置いてもらえるだけありがたく思いな。なんか最近観光資源になっているけど」
防犯も兼ねて高価な魔導強化水晶を用いたディスプレイを導入し、もったいぶった演出を使い観光客からお金を取るようになった質屋はもはや観光業のほうが本業になりつつあり、おかげで二人が訪れた時はものすごくよくしてくれる。
「リンダさん! 今日もお美しい! え? お店に所属していた冒険者の遺品整理?! なんて痛ましい事! ええ買い取ります買い取ります全部買い取ります! 遺族を探している?! 勿論調査に全力で協力しますとも! ついでにイイ家具が入ってきましたからこちらサービスします!」
「ダッカ―ドさん! あなたはこの街の英雄ですよ! 若い奴らはわかっていないのです! ええ。リンダさんの店の若いのが家を持ちたいと! ええ勿論喜んでお世話します。お二人のお友達とあらば家具も生活用具もすべてサービスします! 良い物件が空いてまして!」
「……あんな性格だったっけ。結構威圧的で傲慢だった記憶があるぞ」
「あいつは儲かってちょっと変わったね。以前は貧乏人、特に冒険者になんてクソ対応だったのに」
しかし質屋には人も物も集まる。
盗賊ギルドとはまた違った情報源となる。
時として仕事の斡旋、物件の紹介もしてくれる。
冒険者の店やその信頼を受けて依頼の裏どりをするおっさんにはありがたいコネである。
「で。件の指輪だがジークが持っているのか」
「故売屋にも質屋にも顔を出していないから間違いないだろ」
昔はさておき盗品とわかっていて相手をする古物商はいない。
故売屋だってタチの悪い子供の出入りは逐次盗賊ギルドに報告している。
「サッサと売らないのは」
「例によって掏ったことすら忘れているのかも」
大いにあり得る。
「取敢えず。依頼内容は『指輪を取り戻す』ことだけど同時に『ジェイクの家族を見つけること』だね」
「ジェイクってあのジェイクか?!」
目を見張る彼に肩をすくめるリンダ。
「王都のエイドからの手紙によると実は生きているらしい」
「本当か!」
女店主からひったくるように手紙を受け取ったおっさん。
王都の『冒険者の店』店主からの手紙を見て手を震わせる。
「ジェイク……そんなことに」
「死んでいるよりタチが悪いね」
ジェイクが生きている。
喜びと共に手紙をあけたおっさんはその内容に眉を顰めやがて椅子にどっかり腰を落として頭を抱えた。
そんなことってあるかと二人はやり切れない気持ちに苛まれる。
盗賊は二人もよく知る男である。
「ジェイクは立派な冒険者だな。改めてそう感じた」
「そうだね。あいつらしいよ。あの半妖精もジェイクに世話になったらしいね」
結婚指輪を世話する程度には可愛がっていたのだろう。
冒険者の娘など男装していたり娼婦あがりだったり山賊の娘だったりとロクな連中じゃないがそんな跳ねっかえりを世話する程度には二人の知るジェイクは人のいい冒険者だった。
「指輪の特徴を聞いて『まさか』って思った」
この時代、記憶力は重要な資質である。
書類化されるより唄として武勲として残されることのほうが多い。
若き冒険者は自分の冒険が唄になり演劇になることを夢見るものだ。
ダッカ―ドのように『黒竜と騙し合いをする冒険者の喜劇』を街の端で見るたびに内心悶絶している男はさておき。
「ジェイクの家族ってジークのことだよな」
「ジークどころかジェイクも知らないだろ」
半妖精はジェイクのきょうだいを求めてやってきた。
大きく歳の離れた弟妹は五人いたという。
「半妖精言うところその名前は」
その名前には心当たりがある。
正義神殿所属の聖騎士の一人に。
「簡単な依頼だし薬草取りついでにいってきてくれ」
リンダはダッカ―ドに頼む。
冒険者の店にとって依頼の裏をとることは冒険者の安全のため必須の仕事だ。
たちの悪い店のほとんどは面倒がってやらないが王都の『エイド』が営む冒険者の店やこの店は違う。
酷い店は読み書き計算のできないならずものにいちゃもんをつけ、住み込みさせる代わりに莫大な借金を背負わせて動けなくなるまで使いつぶすというが、リンダの代になって大きく改善した。
リンダは裏どりも冒険者の金銭管理も搾取なくキッチリこなす。遺品整理もする。
そういった細やかな仕事が支持されこの小都において『冒険者を始めるならリンダの店』と言われるに至っている。
そのリンダの活動を支えるのが確かな調査力とコネクションがある男。
すなわちダッカ―ドであった。