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おっさん冒険者の脱英雄譚  作者: 鴉野 兄貴
コソ泥とおっさん
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お人よしがいっぱい

 法僧ミモザ嬢は路地裏でもめ事が起きていることに気づいた。


 普通ならこれは見逃さねばならない。

 この世界は若い娘にとって危険だらけだ。命も貞操も保証できない。


 だが若き法僧はそうしなかった。

 後に彼女はこの一件を遠因として辺境に異端審問官として派遣トバされることとなる。



「わー! わー! たーすけーてー!」

「ジーク! 話を聞いてくれ!」

「おにいちゃんにてをだすなー!」



 浮浪者の子供が不審人物に襲われている。

 妾としても認められなかった母と共に子爵家の隅で虐められながら育った法僧にとって見過ごせないことだった。


 まして今の彼女は『正義神』に仕える法僧である。



「まちなさい!」


 彼女は路地裏に正義神の法僧を示す法衣をたなびかせて冒険者に立ち向かう。


 さっと子供たちが彼女の後ろに回り込み、助けを求めて『たすけて』『この人おにいちゃんをいじめる』と言うのでこのおひとよしは信じた。


 兄妹は震えるふりをしつつこっそり若き法僧のポケットを漁っているのだが。



「あー! こらジーク! ビナ! やめなさい!」

「お姉ちゃん! このおじさんお兄ちゃん虐める!」「このおっさんは誘拐犯なんだ」



 いやいやちょっとまて。今見たぞその財布を返してあげなさいと慌てるダッカ―ドに真っ向と立ち向かう若き法僧。


 彼女とて『聖騎士』ほどではないが武術に覚えがある。


「まて! その子たちの言葉は間違っている! 『悪意感知』を使えばわかるが」

「……使うまでもなくあなたは幼児に対する暴行犯ですが」



 若き法僧は『正義神』から『悪意感知』の奇跡を与えられてはいるが使う必要を感じていない。


「(神の『使途』である私が『汝邪悪なり』と宣告したが最後その者の命はない。私ほど『聖騎士』は柔軟な人間ではない)」



 だからあからさまに怪しい中年冒険者に『不審人物』の烙印を押した。


 ダッカ―ドは古くからいる街の人々には親しまれているが彼を知らないものも多い。



 まず見た目がよろしくない。鉈持って革の服着てカゴ背負った自称冒険者のおっさんだし。



 今日にいたってはリンダにプロポーズすべく


 加齢臭残る髪に性的刺激を与える魔物脂を塗ったくり

 首筋をしっかり洗うついでにオカマのように粉をはたき。(※本来は顔にはたく)

 ネクタイの結び目を逆に締め。


 こざっぱりを勘違いした夏服を着て。

 さらに半ズボンからすね毛が出て見苦しく。

 綺麗な革靴は汚れていて。


 実に散々な格好かつ先ほどまで髪の毛をぐしゃぐしゃにかき乱していた。



「ここは私が……いってください!」

「いやまちなさいジーク! ビナ! この子に財布を返してあげなさい!」


「知らねえよ! おっさんなんか『敵』だ!」

「べーだ! らしいのおじちゃん!」


 子供たちは冒険者に舌を出し、若き法僧のいうままあっさり離脱した。

 もちろん『おみやげ』もいっぱい持って。



 歴戦の冒険者を見事に撒いた。褒められていい能力である。

 やっていることは褒められたものではないが。



「お兄ちゃん、どろぼうはよくないよ」

「おまえがいうな……まあおっさんも大概だがあいつも相当マヌケそうだったからお土産ももらったが」



 少年は鉄パンを妹にやり、適当に露店から掏り取りつつ歩く。

 雪が今日は多少は残っているが足元には埃が舞い、ほどほどに陽が差しているので皆仕事を辞めて休憩している。



『陽が当たる日は仕事をしない』



 この世界では基本だが例外もいる。

 たとえば毎日毎日律儀に『何故か売りそびれた』薬草を負傷して引退した友人たちに配って回るおっさんとか。

 たとえば先ほど遭遇した『正義神』の『使途』とか。


 たとえば彼らのような浮浪児とか。



「今日は絶好の仕事日和だぜ」


 生まれる世界が違っていれば勤勉という評価を得たかもしれない兄はスリのカモを探して歩く。

 その妹は泥棒はよくないと思ってはいるがだからといって兄の行為を咎める立場にないのは理解している。


 そして両親とはぐれてビービー泣いていた彼女を励ましてくれ兄妹としてくれた少年のことを尊敬している。



 でもやっぱりどろぼうはいやだな。



「あのさ。おにいちゃん」


 ダッカ―ドのおじちゃんのお話をきいてあげてと言いかけたが朧げに『ジークに家族がいる』事実を小耳に挟んだ彼女は黙った。


 それは兄との別離を意味しかねない。それに替えてあの指輪を返してあげないと駄目だよと口に仕掛けたビナだがその視界に白い鎧の輝きと鏡の盾のきらめきがうつる。


 二人はこそこそと建物の影に。

 晴天だというのに『聖騎士』たちは律儀に警邏活動を行っている。

 王国兵どもは慣習に従い普通に休憩しているので非難していい。



 誰だ寝台を外に出して日向ぼっこしている奴は。



「おい、警邏どうした隊長」

「へいたいのたいちょうなのにいつもああだよね」


 少年が悪態をつく。



 王国法に従わず時として殺傷事件も起こす『聖騎士』と王国関係者はあまり仲がよろしくないがあくまで治安を維持するという目的は共有しているので休日の治安は大抵彼ら正義神の『太陽の御子』たちが担当することになる。



 あとは『最初の剣士』を崇拝し『王国に従わず保護されない代償』を主張する冒険者たちがいるがもうちょっと彼らは柔軟に動く。


 つまり皆酒呑んで陽に当たっている。



「くそったれの聖騎士ども、ジャンの仇呪われろ」


 パン一つ盗んだ咎で腕を切り落とされた少年は冬を越せずに死んだ。

 彼ら兄妹が同じ『正義神』の『使途』である法僧の財布を盗んだのは彼らなりの正義がある。



 一方、おっさん冒険者ダッカ―ドは法僧と揉めていた。


「盗まれたのはキミのほうだし自分はちゃんとした冒険者だ。裏の店に入ればわかるだろう」

「……私が『正義神』の『使途』と知ってその発言をするのならば、『悪意感知』を使わざるを得ませんよ」



 法僧がその使用をためらうのは『その時に悪意を抱いている』者にしか反応しないのに『悪』として断罪してしまう自分の教団の人間たちに辟易しているからである。

 異端審問官に断罪されるのが嫌なので口にはしないが。



「『正義神』は偏狭な神ではない。神に問えばわかる!」

「……異端認定しますよ?」


 眉を顰める法僧と空気を読まないおっさん冒険者。

 いけしゃあしゃあと一部の『使途』しか聞くことのできない『神の声』を聴けと放言する彼に辟易する法僧。


「『悪意感知』のみならずわたしが魔導士で『嘘感知』を使えたとしても多分使わないでしょうね」


 陽の当たる僅かな時間を楽しむ人々をよそに路地裏の近くの道の隅できゃいきゃい姦しい二人。

 半眼で睨む法僧と不審人物(ダッカ―ド)はにらみ合う。


「数年前に『車輪の王都』で起きた『神の声』の奇跡なら存じています。突如街中に後光が降り注ぎ神の声を多くの信者が聞き、正義に目覚める使途が現れました。そういった例外を除き尊き神の声を我ら人が聞くことなどできるはずが」


「それは違うぞ。おたくのところの『聖騎士』どもが乱暴狼藉したからキレた市場のおばちゃんたちにおたくの神様が力かしてボコらせた件だ。よく知って……あ」


 法僧は教団が認定する『神の奇跡』を侮辱した冒険者に拳を震わせる。

 ここに不幸なる冒険者が『悪』であるという断定が若き法僧の頭の中で確定した。



「汝は……邪悪ですか」

「いやいや待ってください法僧さま!? 私のような善良な人間はそう居ません!」



 さっきまで子供を襲っていた鉈持ったおっさんはそのような言い訳を述べており。


 見習いの法僧は断罪の剣を持っていない。

 持っていても法僧は儀礼用に使うため聖木を用いて作られた軽くて刃の付いていない模擬剣を持つ。

 法僧はそれを持ってこなかったことを悔やんだ。


 未熟者の自分が体格に優れた男に勝てるだろうか。いやそんなことより正義執行の方が大事だ。


「我が神を愚弄したあなたを私は赦さない!」

「いえいえ待ってください待って!」



 困惑する冒険者に殴りかかる法僧。

 どうみても法僧や貴族の末席に身を置く娘の行動ではない。



「神を愚弄する貴方を私は許しません!」

「お、おい! ちょっとちょっとまってまって!」


 無抵抗のおっさんにつかみかかりとにかく無茶苦茶になぐりつける法僧。

 とり合えずガードだけするおっさん冒険者。


 埃まみれゴミまみれ。路地で喧嘩などするから糞まみれ。

 そんな二人を魔法の光が包む。半妖精ハーフエルフの魔法だ。



「あんたら、ひとの店の裏でうんこまみれでなにしているのだい」



 その隣ではリンダが冷たい目で呆れている。



 半妖精に思わず感謝の言葉を漏らし手をとめる法僧に肩をすくめて見せるハーフエルフ。

 服がすごくきれいになっている。おそらく『彼女』は精霊の力を借りることが出来るのだろう。



「そのおっさんの言い分は正しいぜ。まああんたのとこの神さんの『奇跡』の経緯はもうちょっと違うけどな」

「ダッカ―ドは間違いなくうちに出入りする冒険者で、身元は私が保証するしその言葉も証明できるように『嘘発見』できる『貴族』も呼べるけど?」



 リンダの発言に戸惑う法僧は女性的な顔立ちの黒髪の半妖精のほうをみる。

 "白い馬にまたがり、人の悪を断罪するかのような黒い衣。精霊に愛されし……"



「あ、あなた女性……い、いえもしかして」



 彼女は聞いたことがある。奇跡の発端となった聖者の話を。

 黒い髪に美しい顔。雪のように白い肌の美少女だったという。

 この少年、いや少女はもしかして。かの奇跡における。



「どうでもいいだろ。そんなの」



 それより指輪だ。

 彼改め彼女は悪態をつく。


「あんた、ジャコバだかジャコビネだかいう女の人を知ってね?」

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