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おっさん冒険者の脱英雄譚  作者: 鴉野 兄貴
コソ泥とおっさん
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リンダ。結婚しよう

「リンダ。すきだ。今も昔もこれからも。今度こそ結婚してくれ」


 いつものボロい革の半袖ではなく、少しは見た目のいい服。


 珍しく自作の籠を背負っていないダッカ―ドがリンダの経営する『帰路の誘惑』亭に姿を現したのはいつもより遅く料理も冷めきった午後になってからであった。



 宿の主人である彼女はマジマジと長年の友人を眺めた。


「今日は何月何日だか覚えているか」

「剣の時代523年4月1日。この国の暦で言うならば銀弓春(ごんきゅうをはる風織かぜをおるのめでたい節気の日『嘘眞』」


 一般に『車輪の王国』では数か月後に一週間続く『夏』を楽しむ前日祭とされ嘘や冗談を楽しみあう日である。


 長年の友人は年齢を考えず耳が赤くなっている。

 無精ひげは彼にしては珍しく剃っているし髪も整えているがとってつけたような感じが激しく逆に不格好に過ぎた。


 靴だって無理に磨いているが穴が開いている。靴下もおそらくそうなのだろう。

 顔は雪焼けでボロボロであり髪の毛もチリチリ。そこに魔物油と香料を半端に塗ったものだから異臭までしている。


 彼にとっては精いっぱいの御洒落なのだろうが彼女にとっては駄洒落にもならない。


「おとといきやがれ。今日は冷や飯な」


 リンダは嘆息するといつものように残飯を出す。

 今日は『普通の残飯』だった。



「だから、おっかさん。指輪がないんだって。依頼出すから探してよ!」

「……今日は機嫌が悪いんだ」


 鎧袖一触で依頼者である黒髪の半妖精ハーフエルフを突っ放す|宿の主人<<リンダ>>。


「ジェイクっておっさんの形見で四角にバッテンな模様が連なっていて、木製で魔導士の指輪の効果があって、生まれながらの『貴族』なら魔法が使えるようになったりする品で」


要点をついて話せ。

 リンダは悪態をつく。


「というか魔法の品物とはいえそんなどこにでもありそうなものを探せるはずないだろ。

 『貴族』なら指輪や杖なしで魔法使えても別におかしくないだろうからあんまり必要じゃないし。


 自分が『貴族』や魔導士だと知らないなら別さね」



 何が何でも取り戻したい様子の小柄な半妖精ハーフエルフの少年はおそらく『王都』から郵便物を運んできたのだろう。

 ほのかに馬の匂いがするしその女性的に整った顔も今は埃っぽい。


 対する女主人はごろつきの店にしては整った服を身に付け、ほのかに香水も使っている。そんな彼女が煙草をふかしながら呆れる姿はやりての婆らしくさまになっている。



「よそもんがそんな貴重な指輪を見せびらかしてたら掏られて当然さね」


「いや、マジでそんな気なかったし俺も注意してたし!

 それよりあれは俺の結婚にっておっさんがくれた大切な品なんだ!

 おっさんの家族に渡したいんだよ! やっと手掛かりがつかめそうでここまで来たんだぜ!」


 先ほどまで興奮していた彼が矛を収めたのは

 看板娘にしては小さな子供、ミーナが彼に


「あげる~。郵便配達おつかれさまでした」


 と勝手に綺麗な水を渡したからである。



 女主人はちょっと自分の看板娘を内心睨みかけたが自分にも一杯渡されにっこり微笑まれ可愛さに撃沈し矛を収めた。


 ミーナは賢い子供である。



「……あ、これうちの『冒険者の店』経由の郵便です。お受け取りください」


 この顔立ちで一人旅をすれば襲ってくださいというようなものである以上恐らく腕は立つのだろうが、スリに対してはその限りではなかったらしい。


 本来は艶のある髪なのだろうがそれを振り回して必死で訴えていた彼も本来の用事を思い出したらしく取敢えず矛を収める。


「はいはい。確かに郵便は受け取ったし依頼の前金ももらっておくがあんたも冒険者の端くれなら今度から気を付けな。

 もしみつかったら郵送してあげるからエイドによろしく。


 今日の宿代はまけてやるから朝には帰んな。お仲間が心配するだろうが」


 この宿の女主人はこの性別不詳な半妖精ハーフエルフの言動から彼もしくは彼女の結婚『も』破談になったかなにかしたのだろうと察したので機嫌が悪くても彼女なりの配慮を見せている。


 わかりにくいがこういうところは彼女のいいところだ。


 リンダとよそものの冒険者がもめている中、ダッカ―ドはそれどころじゃなかった。


 実はダッカ―ド。若い時からリンダに何度か告白はしているしプロポーズもした。

 だが毎回性交していない。もとい成功できていない。



 一度目にプロポーズしたときは見事に破局した。



  冒険者の先輩に無理やり娼館に連れていかれ緊張のあまり話題もなく、当時リンダから借りていた修辞学について書かれた本について語ってしまったところ娼婦が興味を持ってしまい朝まで語り合った次の日だった。


 高級娼館であるため当然彼女らは学問を修めている。

 彼女らの高い教養に感動して朝まで語り合ってしまった。


 彼女であるリンダにバレたときに『でも俺はやっていない!』と叫んでしまったのもまずかった。



 雪だるま式に『修辞学の議論のために今週まるまる通う』と約束したことも露見した。

 おかげで彼女の我慢が限界に達し破局となる。



 先輩方から『修辞学で理性を批判している間に本能を優先しろよ』と呆れられダッカ―ドにとっては二重三重の黒歴史である。


 あくまで若いころの彼の失敗であるが今の彼にそれを指摘するとおそらく悶死する。



 床下でゴミだか残飯を拾っていたジークは宿の主人の監視がないことをいいことに中年冒険者の脇腹をつついて遊んでいた。ミーナはそれを黙認している。


「俺はなにか間違ったのだろうか」

「だから手ごろな指輪にしろって」


 渡した指輪は中年冒険者思うところの『一番いい指輪』である。

 すなわち秘宝『祈りの指輪』。



 精神の力と魔力を高め、無事を祈るものが対になる『願いの指輪』をはめている限り魔力と精神の力が回復し続けるという国が傾くほどの秘宝である。


 悪目立ちする剣や鎧は『当面の質草代は売れた時に必要経費差っ引いて払ってくれたらいい』と質屋においてもらえたダッカ―ドだが国が亡びるほどの秘宝を前に質屋もさすがに断ったほどの逸品である。



 こんなものを結婚指輪に渡されたら冒険者が集う宿の主人程度の命などいくらあっても足りない。

 リンダが冗談にしても悪質と怒るのは無理はなかった。



 ダッカ―ドが撃沈しているのをからかうジーク。

 やっぱりこのおっさんはアホだ。


 いくらなんでもそんな強力な指輪が実在するはずがないだろう。

 でも高そうだしこんど貰おう。



「どうしよう。あの指輪がないとジェイクのおっさんの家族を探せない」



 サービスされた食事に手を付けず思い悩む者がいる。


 ジークは酒場の隅で泣きそうにしている半妖精ハーフエルフの様子にかすかな罪悪感を感じたが、からかっている中年冒険者が一口も手を付けていない飯を横から食いつくすのに夢中でそれをあっさり忘れた。これ肉が入っていて美味しい。


 ジークは『手ごろなもの見つけたからこれを使いな』とお節介な中年に渡すべく来店したのだがその目的も忘れた。


 やっぱりこの店の雪解け水は絶品だ。ありがとうミーナ。



 例によってダッカ―ドの鉄パンまで掻っ攫い、可能な限りおかずになるものを乗せて妹への手土産にすべく懐に突っ込む。その時彼は懐に入れた指輪の事もスコンと忘れた。



「あのさ。ジーク」

「なんだ。ミーナ。俺に文句あるならいってみな。リンダにつまみ出されてやるからよ」


 ふんと泥まみれの頬を突きだして舌を突きだす浮浪児に眉を顰めるミーナ。

 ミーナだってダッカ―ドやリンダがいなければジークの立場である。ジークには少し同情的だ。



 ミーナは芋剥きを名目に店の裏に出てジークに目で合図をして連れ出す。

 浮浪児の一人が腐ったゴミを漁っていた。彼女はそれを横目に芋の皮を渡すように落とす。

 芽まで食べようとするので「それ、毒だよ」とだけ告げるが浮浪児は迷わず口にして消えた。



「あんまり泥棒とかするとお父さんお母さんが悲しむよ」

「……みたこともねえオヤジやババアに悲しまれてもなあ」



 芋剥きを手伝うジークは人が良い。

 ミーナは時々ジークやその妹であるビナたち孤児にこっそり残飯をあげている。

 隙あれば親の形見でも盗もうとするが基本義理堅いジークをミーナは嫌っていない。


 だから黙って芋剥きを手伝う彼の好意に甘えた。


 ミーナの好意は良い事だがこの世界では命取りになりかねない。

 期待がいつしか当然にならない程度に店主も監視しつつ黙認している。


 ジーク達孤児は吹雪吹く外に追い出そうとするフリを見せる女主人を嫌ってはいるが憎んではいない。



 しかし顔も見たこともない両親は別だ。

 恨んでいる。憎んでいる。顔も知らないから余計に怒りをぶつけられる。


 憎しみしか弱き者には糧がない。

 怒りしか貧しき者には娯楽はない。


 だからジークは憎む。


 お気楽なよそものの指輪をすり取ることなどジークにとって悪でも罪でもない。

 ジークはミーナを罵る。お前は屋根の下で眠れて幸せだろうがと。


「でもダッカ―ドがいってたよ。ジークのお父さんは立派な……あ」

「ん?」


 自分を捨てた両親を口汚くののしるジークに泣きそうなミーナはふと漏らしかけた口を押える。


「おっさんは俺の親父を知っているのか。聞いたこともねえが」

「……しらない。しらない。わたししらない!」



 首を振るミーナはナイフを後ろに回して首を振る。

 掴みかかったジークのナイフをもったほうの腕をとるものがいる。


「ジーク。ミーナに何をしているのだ」


 しかしジークは他の事に対する関心のほうが高い。


「芋を剥いていただけだよ! それよりおっさん!

 アンタ騙していたな! 俺の親父の事を黙っていただろ」


 歴戦の冒険者にあろうことか一瞬の動揺の隙をついたコソ泥少年はわざとナイフを奪い取らせて注意を引き、脱兎のごとく駆け出す。


「まて! ジーク! これには理由が」

「おっさんとババアは違うとおもってたよ!」


 路地裏を駆けだすジークだが足元に芋の皮。

 彼の裸の足は凍った地面と芋の皮で滑り盛大に膝をすりむく。



 ぺち。

 ぺち。


 誰かがおっさん冒険者を叩いている。

 齢にして四歳ほど。



「おにいちゃんをいじめるな~~! ダッカ―ドのばかばか」

「ちがう! ちがうぞビナ?!」


 ジークの妹ビナは兄の帰りが遅いので心配してきたらしい。

 思わぬ援軍に戸惑い必死で弁解しようとするおっさん冒険者。



「ビナ! かまうないくぞ!」

「う、うん」



 二人は踵を返して走り出す。

 瞳から汁が出ているのは芋の汁だと思うことにした。

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