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おっさん冒険者の脱英雄譚  作者: 鴉野 兄貴
コソ泥とおっさん

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霞魚は美味いですか

「ジーク、おまえにちょっと聞きたいのだが」



 ジークはなんかうまそうに魚の揚げ物を甘酢で締めたものをくっている。

 甘酸っぱい匂いが酒場の中に広がり、香ばしい油のほのかな香りは良質な魚肉の味を思わせる。



「ジーク、ジーク」

「おっさんこれうめえぞ」


「ジークってば。ダッカードが用事だって」

「俺だって食うのに忙しいよ」



 ジークは小骨がすっかり酢で柔らかくなった小魚の味をかみしめる。子供にとってはお菓子も同じだ。実際この『ママカル』は『艶月の雪』の子供ならば一度は口にする味である。獲るのが面倒ではあるが。



「あ、ああ。美味いなら何よりだ。食いながらでいい。おまえなんか聖騎士がどうとか言われているよな」

「おう。あのねーちゃんに付き合っただけで俺とビナ一人づつ五枚。王国金貨10枚だ」


 口にママカルをとにかくほおばり皿を抱え込んでつまみ食いを必死で防御しつつジークとビナの二人はママカルを平らげていく。先ほど腹いっぱい食べた事実は忘れているようだ。隣では『俺たちが釣ってきたのに』『ちょっとは食わせろよ』と白目を向ける若者たちがいるがリンダに『金を払ったのだからジークのだろ』と一蹴されている。



 余談だが王国銀貨は『車輪の王国』の法定通貨であり世界的に元本保証されて流通されている準銀貨一〇枚に匹敵する。その価値は一般的な職人の日給一〇日分。あえて我々の金銭感覚に無理やり適用すれば一〇万円ほど。


「いいなああ」

「いいなああ」


 丁稚は衣食住を与えられる反面、小遣い銭しかもらえない。一日王国銅貨一枚(※日本円にして百円ほど)といったところか。若者たちもある意味『帰路の誘惑』の丁稚である。もっともこの世界は寒冷期にあるため朝三時もしくは四時ごろに家を出て朝七時ごろに仕事を始め昼の三時には仕事を切り上げてしまうのだが。



「こいつら昼まで寝てちょっと店の手伝いさせているだけで衣食住くれてやらないといけないってどうなの」



 リンダのお人好しさは有名である。ダッカードたち真面目な冒険者がいなければこの店は存続していない。



 なお、今日の彼らは近郊の森にて釣竿片手に小魚をとっていた。



「もう子供の遊びだろ!?」



 ママカル魚と呼ばれる彼らの中指くらいの体長を持つ幻魚は大気を泳ぎ、地中を自在に進み空気中の悪業や魔素を食べて生きるらしい。『ママカルいるところ悪疫現れず』とされそれなりの値段がつくがママカルは幻魚なので通常の方法ではとることができない。


 つまり「買い取ってくれる酔狂かつ生育環境を持つ金持ち」がいれば商売たり得るがこのママカル、具現化後生き腐れする。またこの森から出ることはない。さらに普通の魚と違い地中にいない時に直接雨などの水を浴びると元が幻であるゆえ溶け去る。


 かくもややこしい存在であるが『艶月の雪』の子供にとっては水に近づかずに出来る釣り遊び相手にしてタンパク源でしかない。

 具体的でありながら婉曲的に捕まえ方を解説するならば子供、厳密に言えば『未経験』ならママカルを捕まえることが出来る。


「どうせモテねえよおっかさん!」


 新鮮なママカルは隣の母親を借りてこないと調理が追いつかないほどの美味とされる。素早く油で揚げ酢締めして蜂蜜で和えることでやっと保存出来るのだがこれが恐ろしく美味い。酸味と甘み、揚げた油の旨味に魚肉と柔らかな骨の歯ごたえを持つ。


 若者たちはこれの確保をリンダに命じられ、装備を釣り針と釣竿に替えて美少女の護衛に浮き立つカールに押し付け(※カールが武装していない日は基本ないため釣りに誘ってもうるさいだけで邪魔である)寒風吹きすさぶ森にて岩の下に穴を掘り、エサとなるクズ魔導石の欠片を埋めてとってきた。


 魔導石は魔導士たちが用いる記録媒体にして魔導の力を補助するものだが使い切り砕けた魔導石があればママカルはとにかく釣れる。サビキ釣りに似ている。寒いほど良くとれるのでこの時期は最後の漁期と言える。



「ママカルが美味いのはわかるがジーク。その女の子はどこに行った」

「カシムと出かけた」

「お兄ちゃん口止めされているでしょ!」


 あわわとやっているビナ、ダッカードに視線を移されてブンブン首を振る子供。


「正義神殿のカシムだろ。あたしらかんけいねえ」


 ジャンヌたちはジークの金で皆が獲ってきたママカルをがっついていた。人の金でくうおさかなおいしい。


「そういえば同名だっけ」

「元はレィって言うんだ。僕あのお兄ちゃんは嫌いじゃない」


 兄代わりに面倒を見てくれたジャンを斬られてから極端な人見知りに磨きがかかってしまったカシムだが同じ名前だからかレィ=カシムには好意的だ。ジャンヌことジャンに遠慮してダッカードの耳元にちょこちょこ近づいて小声で教えてくれたが。


「でもこの財布はやれん」

「ええ、いいじゃん」



 見た目が可愛くて人見知りするのと掏摸の腕は別問題。ジャンのグループはとにかく手グセが悪い。



「とりあえず、ミク。あんた懐に入れたもんだしな」



 リンダが笑顔でキレているので子供たちは従った。

 ここを追い出されたらいざと言うとき困る。いくら分別がないとは言えジークほど考えなしの行動を取らない。



「おわ。俺掏られてたわ」

「まじかー。いい腕だな」

「俺も抱き上げた時に尻のポケットやられてたわ」

「おまえポケットの底抜けて足首に財布かかっているぞ。俺もらっていいかな見つけたの俺だし」



 リンダと違って若者たちは言うほど怒っていない。

 なのでリンダも。



「え、おっかさんなぜ俺だけ逆さ吊り」

「なんか入ってそうだし」


 冤罪にも程がある。

 脚を持って逆さ吊りシェイクされるジークを見て他の子供たちも盗んだものを出してきた。


「私も」

「僕も」

「あたしもあそんで」



 こどもたちがうようよ列を作って並ぶ。

 中には歴戦の『子供たち』と呼ばれる子供の姿をした妖精族の冒険者たちが混じっている。



「遊んでない! ジークくらい頑丈じゃないと死ぬわよ! 嗚呼もうちょっとまちな」


「俺はいいんだおっかさん……」

「おにーちゃんをお仕置きした方がみんな素直になるからでしょ」


 なんせジークはリンダに無茶苦茶世話になっている。他の子供たちの代わりに代表して酷い目にあっても許せてしまう程度には。


「ジーク、話がまるで進まないのだが、おまえとビナを護衛にしたその女の子はどこいった」

「どうでもいいじゃん。安全なところだし彼氏とデートしているさ。おっさんらもたまにはデートしろよ」


 そして同じくらい世話になっているはずのおっさんには最近冷淡気味。



「だれと」

「それをおれに言わせるのか?!」



 キレ気味の笑顔を浮かべているリンダの笑みに冷気がこもるので両脚を持たれたままのジークは戦慄した。楽しいといえば楽しいが逆さづり結構きつい。


「おにーちゃん。つぎあたしね」

「ビナ、やめとけかなりきつい」


 足首を掴む力が増したのを感じて危険を察知したジークだが歴戦の冒険者たるダッカ―ドは女心に関してはジークが危惧する程度には鈍感である。四〇過ぎたいい女がそういう感情を表に出すことはないと考えている節がある。



「あーっとだな。その人の所在は教えられないが」



 経緯を丁寧に説明するジーク。そうしないと自分まで巻き添えを食う。


「でも、おっさん。あんたおれの親父の件はもう解決していね」

「うーん。王都の知り合いからちょっとね。あとドゥーリトル……腐れ縁の奴から興味深い話を聞いてね」


「は、あんたあいつの話まだ聞いていたのか。あいつに関わるなってあたしは何度も忠告しただろ! 何人が破滅したと思っているのさ!」

「いやいやいや、軽く向こうから話しかけてきただけだって。本当リンダが心配するほどじゃないから」



 ジークはその『ドゥーリトル』を知らないので『( ´_ゝ`)フーン』くらいの感覚である。

 ビナがいまだ逆さづりごっこ中の兄の耳元に『(むかしの悪い魔導士だよ)』と教えてくれる。

 たまにビナはびっくりするほど博識なことがある。



「昔の聖騎士は聖女と呼ばれた異性とペアを組んで冒険していたらしい」

「へー。どうでもいいし」


「それはよく知らないけど正義を成すには感性の違う者同士の協力がひつようだからね」

「ビナ。あなた難しいこというね」


 手習いに通っているミーナが感心するくらいの事を平然というので大人たちも驚いた。


「あ、ビナちゃん、あと一〇年立ったら俺と旅しね」

「おれもおれも」

「あたし、おにーちゃんがもういるからやだ」


「このロリコンどもがっ!」



 リンダの叱咤が響く。その間にジークはなんとか脱出したが折角のママカルはみな喰われており。



「王都の聖女様が婚約発表をしたのだが、当日に消えたという報告を聞いてね。その娘じゃないかと思っている」

「あ」

「あ~わかる」


 ビナは両手で自らの口をふさいだが後の祭りだ。そもそも口には大量のママカルがあって閉められないが。



「探してこようか」


 両手を出して『金くれ』と要求するジャンヌことジャン達。子供たちの情報は結構侮れない。



「いや、あたりはついているんだ。知り合いの神殿には過去にいろいろやっていた奴がいてな。王都の連中とはかかわりが深いらしいし」

「ちぇ。稼げそうだったのに」


 そういってダッカ―ドの財布をもてあそぶジャンヌだが、中身は最初からカラである。

 ダッカ―ドが見逃しているからもあるが彼女もなかなかいいスリの腕を持っている。


「あ、お前らそろそろ盗賊ギルドが摘発に来るから逃げるかほとぼりを冷ましな。これは最後の忠告だから」

「は? 明日からナニ喰えっていうのですか。魔導石のないままママカル()でも食えってか」


 結構難しい話である。

 ジャンヌならばスリにならずとも盗賊ギルドで高等教育を受けていい『兎』になれるかもだが本人が激しく嫌がっている。そしてジークやビナやジャンヌのような統率力もスリの腕もある一部の優秀な子供以外の子供の運命を考えると彼女が盗賊ギルドの保護下に入らないのも理解できなくはない。



「一応、形だけでも上納金を年に一回収めてくれるか、訓練に週一で顔を出すだけでもいいらしいが」

「お断り!」


「保護下にある店を狙わないだけでもかなり手加減してくれるそうだぞ」

「覚えきれねえよ! あたしはさておきチビ達は保証できねえ!」



 この街の盗賊ギルドは意外と孤児に甘い。幹部が『子供たち』であるからだが。



「しっかしアレだよなおっさん」

「なんだジーク」



「正義とやらって金持ちの遊びだな」

「……かもな。ママカルを魔導石なしで捕まえるような虚しいものかもな」



 なかなか辛辣なジークの言葉に考え込むダッカ―ド。

 小声でビナが何事か述べたが聞き取れなかった。



「なんていったか聞き取れなかったけどビナ、なんていった」

「悪を成さずに生きる人は死者だけじゃないかな。それだと誰も正しい人はいないよね。悪い人でもその気があるなしに関わらずいいこともするよね。おもしろくない」



「おまえ、聖女様みたいなこと言うな」


 苦笑いするジークにビナは軽く頷いてにぱっと笑っていた。

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