もし魔法が使えたら
少し遡る。ジークとビナの兄妹は何故か妙に引き止めるローラに閉口しつつ、正義神殿は嫌いだからと伝えて途中で別れることにした。多少一緒になってカシムこと見習い聖騎士を叩いたが鎧の上だし痛くないだろう。ローラの拳は鎧の上からなのに痛そうだったが。
そのカシムだが二人が正義神殿嫌いと聞いて『めっちゃわかる。俺もコソ泥時代に何度も斬られかけたし知り合いも何人か』と同意したのとローラもその時ばかりは暴行をやめて『うん。レィはコソ泥だったし。でも私たちのためだったよ?』と庇う発言。
そんなに庇うなら叩いてはいけない。
とにもかくにもジークとビナは正義神殿にローラ嬢を届けると路上生活の行き場なさにとりあえず『帰路の誘惑』に戻ることにした。
あのおっかさん機嫌よければ残飯漁りしても見逃してくれるし。
あの聖女様は小遣い銭をくれたので適当に焼き串買ったはいいものの喰いすぎで手持無沙汰だ。
そういえばお金を手に入れたからって食い物を買ったのは久しぶりかも。
お金を持っていても食べ物を持っていても『盗んだ』と思われ覚えのない罰を受けるだけだから最初から盗んだほうがマシだし金を持ち歩く必要もない。
「おーい! ジーク~~!」
いい感じで稼ぎを手に入れたらしいジャンことジャンヌとカシムら(ややこしいことに同姓同名)子供たちが手を振ってくる。ジャンは『あんな奴に手を振るな!』と表面上はブチ切れているがジークの手にカネが握られているのを見ると考え直したようだ。
「その財布どうしたの」
「あっ?! ……もらった」
「もらったよジャン」
彼らの感覚では『もらった』=盗んだであり、『借りた』=置き引きしたなのだが本当にもらえた経緯を聞いてジャンたちは悔しがっている。
「徹底的におごらせて身ぐるみはいでやればよかった。なぜ一緒にいなかったのだろう」
「え、めっちゃ美人だったぞその子」
「おにーちゃん。美人とかそういうことは聞かれていないよ」
美少女と聞いてジャンの機嫌が大変よろしくない状況になっているのだが、考えつく返答としては最悪の反応を素でかますジークなので致し方無いとビナは早々にあきらめた。すわ修羅場。
「甘い氷を食べたとかプカプカクッキー食べたとかこの裏切者!」
「……ジャンおねえちゃん。それでいいの」
ジャン、恋心より食い気が勝るのはさすがである。
仕方ない。普段から空腹にさいなまれている。その割には胸も発達しだしているのが密かな悩みの種。
あれ、なにか忘れている。ビナは少し考えて唐突に思い出した。
「そーいえばカールにいちゃんは?」
作者も完全に忘れていた!
「え、一緒に来ていたの? 例によって道に迷ったと思う。あの人すぐ道に迷うし。前ご飯奪って逃げた私たちを追っかけて遭難してしまって、私たちリンダにお駄賃もらって助けに行ったもの」
「だっらしねーな! あのにーちゃんこの街の生まれなのに! おつかいどころか子供の世話一つできねえのか!?」
「カールおにーちゃん『太陽の明かりの方向』なら良い方で『馬が止まっていた』『ばあちゃんが歩いていた』を目印にしちゃうし仕方ないかも。実家に帰る時も道に迷っていたもの」
カールはどうやって最初にリンダの店にたどりついたのやら。
さて、美少女の護衛だとウキウキで鎧を磨き直し剣を磨いていたカールを置いて子供達三人は先に出発していた。
カールは丁稚勤めから逃げ出すわ、体力がないのに無駄に重い武器防具をつけるわと問題児であるが最大の問題点はこのような気質である。リンダは洗濯を終わらせて階段を昇って行くととっくの昔に出かけたはずのカールが上機嫌で武具を手入れしており。
「ありゃ。カール。あんたさっきのお姫様の護衛は?」
「え?! おっかさん!? ジークたちは?!」
この店に出入りするごくつぶしどもの中では結構性格も育ちも見た目も良いが、かなりよく意味なく靴を磨いている間におつかいや仕事を忘れる男カールは今回もやらかした。そして本気で悔しがっていた。
「え、おまえいたの?!」
「え! おっさんそりゃいるよ!」
聖騎士についての調べものから帰ってきたダッカ―ド。
カールからの証言を聞けなかったからわざわざ貸本屋に行ったのに!?
「というか、丸一日武具の手入れしていたのかお前!?」
「え……ええええ?! おっさん。俺そんなに長いこと手入れしていたっけ?」
そこにほくほく顔の若者たちが登場。
「いや、助かったわカール。今度金があったらおごるし」
「ジミー……てめえらあ?!」
ピカピカに磨き終わった武具と自分の武具を次々とすり替えておくとカールは勝手に武具の手入れをしてくれることに若者たちは気付いた。
ろくに武具の手入れもできない若者たちだが比較的カールはマシなほうであるので仕事を投げた。
多くの大人は『未熟な仕事は最初からやらせないほうが下手くそに代わってやり直す二度手間がなくてマシ』と考えるが、彼らは最初から仕事をしないので『不出来でも他人にやらせれば万々歳』なのである!
ある意味美少女の護衛を一人だけやれる特権を得そうになった彼への意趣返しともいえる。
実質護衛なしで街を歩いたローラ的にはどうかだが。
「カール。お前武具の手入れ上達したのだな。まぁプロの職人や冒険者としてはまだまだだがその根気があれば丁稚をにげださずに済むのでは」
「……もう二度と丁稚はやらねえ! 暴言は吐かれる殴られる! 休みなしで飯も食わせてくれねえ!」
ぶーたれるカールだが、ピカピカの武具に身をまとった聖騎士に少し思うところがあったらしく最近貧弱な身体を鍛えている(?)奇行が見られるとはジミーの弁。
「……マジか。カールが身体を鍛える?!」
「マジ。絶対アレあの筋肉ダルマの聖騎士にホの字だぜ」
ウケケとジミーが不気味に笑う。
「……いや、確かにあのジャコビナ……聖騎士はすごい美人だが……どうなんだそれ」
「え。あのデカいのは美人なのか?! 俺も筋肉つけようかな」
まともに考えればカールが今からどのような努力をしてもあの聖騎士に追いつく見込みはなさそうなのだが、おっさんは彼が努力をするようになったのは良い傾向と前向きに考えることにした。
「正義神殿にお使いに行った奴が『謹慎中』って札を首に下げている聖騎士らしい女の姿を見たらしいけどひもなしで胸の上に乗るくらいおっぱいでかいらしいぞ」
「お前その話kwsk!」
「やだねこのガキども。そういう話しかできないのかい」
若者たちの猥談に呆れるリンダ。
その間もなぜかカールは樽を使って運動のような事をしており。
貧弱青年カール。今だ武装しての懸垂ができない。
なお、彼の防具は本来皮鎧だが、自分で金属板を張り付け強化している。
職人は断念したが、手先が器用なのは間違いない。
方向音痴で郵便仕事一つできないが好きな事に関しては朝まで驚異的な集中力を発揮する。
例えば懸垂一つできないのに聖騎士と揉めてから延々と筋肉を鍛えようとしていることなど。
「そういう病気……みたいな悪いものと言い切れないのだが普通の仕事をする上で厄介にも有利にもなりうる特性があるらしい」
「へえ。おっさん結構物知りだな」
ジミーは早々にややこしい医術的な話から離脱を決めた。
とりあえずソーセージにエールは至高だ。
焼きと共に腸詰の皮が内から脂と共にぷりぷりとでて歯ごたえ抜群。甘味のある肉汁を堪能してエールを煽る。これがうまい。時々謎の尻尾のようなものが見えるのはご愛嬌である。そしてちょくちょく酸味を持つ発酵キャベツを塩を入れて口に。強烈な酸味が口をスッキリさせてくれるのでまたちょびちょびとソーセージを大事に大事に齧るとスープの入った鉄パンがいい感じで柔らかくなってくる。暖かいスープに漬け込んでふやけた鉄パンは独特の風味がするのでゆっくりと噛む。
「このやろう俺にもよこせ。おまえの釘抜きくらい自分で磨け」
「バトルハンマーだよ!」
ジミーの武器はどう見てもツルハシなのだが本人はそう主張している。
「それよりカール。お前綺麗な女の子と会って、『聖騎士』って言われたのだよな」
「ああ、そうだぜ!」
がんばって力こぶを作ろうとするカール。その手首はぺたんと肩にくっついた。
「ジークにもっていかれたけど」
「大っ嫌い!」
ジークの名前を聞いてやっと機嫌を取り戻したかに見えていた小さな配膳係がブチ切れている。
当たり前だがカールは『奇跡』など使えないし、故に『使徒』などではありえない。
そもそもカールは今日読んだ資料を見る限り新旧聖騎士制度からみても……。
「お~い! おっさん! 帰ったぞ!」
「あれ? ジーク? どうした?」
美少女とやらは連れていないのか。
別に少女になど今更興味はないが聞いた話と違う。
戸惑うおっさんに。
「ほれ! 今日の稼ぎだ!」
自慢げに金貨の入った袋を見せるジークと『さっさと飯! さっさと持ってきなよ』と人の金で焼き肉がうまいモードのジャンをはじめとする子供たちが配膳係のミーナを挑発する。
「え。え……。ジーク俺たちより稼いでね」
平均とか安定とかすっぽり抜けている残念な若者たちはその日限りの稼ぎしか見ていない節がある。
「おま、どこで盗んだよ!?」
「こんな大金盗もうとしても盗めねえよ!」
そりゃそうだ。そんなお大尽に出くわす確率は限られている。
となるとあのお姫様はとんでもない金づるだったのだろう。
しかしこの宿に集まる若者は見た目ダメ人間でも子供の稼ぎを奪うほど落ちていない。
身内の若者のテーブルから食い物を掻っ攫うことはあるが。ダメだろうそれ。
「えーっと。その子は正義神殿に入っていって、そのカシム……あ、君じゃなくて聖騎士見習いの少年と仲良さそうだったと」
「結婚する気だってさ」
うーん。
ジークの証言を信じるとその娘は聖騎士を護衛に付けたというらしいが。
じっとジークの顔を見る。鼻先になんかしっぽみたいな肉片ついている。
「聖騎士……聖騎士……うーん」
「あ、おっさん。話変わるけどこの指輪ってどう使うのよ」
悩むおっさんにジークは『魔法で鍵開けできたら仕事がはかどる』と物騒なことを抜かしている。
「……うーん。魔導って勉強だから正直理論とか数学とか幾何学その他」
「くっそつかえねえな! 親父の指輪!」
実際は生まれながらの『貴族』すなわち魔導師ならばある程度感性で使えるはずだが、感覚的なものなので説明が困難らしい。
「その気になったら使える……だろうが、ちゃんとした師匠が必要だな」
「うげぇ。くっそめんどくせえ」
魔法をセンスだけで使うのはほぼ不可能である。
「ただ、生まれながらの魔導師ならば急激な感情の変化である程度は」
「そうか?! がんばってみるわ! 火でろ火! 火出て下さい!」
「おにーちゃん。わるさにまほうをつかっちゃだめ。『わたしとめている』よ」
これは無理そうだ。
おっさんはとりあえずジークが魔法で犯罪を犯さないであろうことに安心するのであった。




