聖女の身代わり聖女
「俺は聖騎士なんだ!」
ミーナの顔が最大限ふくれていた。
まるで熱帯に住むという毒魚のように。
午後の『帰路の誘惑』亭。
よくわからない煙の中で垢臭い若者たちが乾燥したエールを泥水で溶いて呑んでいる。
そこいらの残飯をかき込み不平たらたらの若者たちの顔色が変わったのは唐突に入口扉を開けた一人の美少女の所為であった。
「この街で聖騎士をやっている人、この宿にいませんか」
当然、閑な若者たちは一斉に『聖騎士』を名乗った。
本当の金色の髪はふわふわなびくストレートヘアで、少々若すぎるきらいはあるが目鼻立ちの整った美少女はどこぞの美姫で通る。
彼女は穏やかに微笑み、『あら。よいこと。きっとこの街は平和なのですね』と告げる。
『もちろんですとも!』
若者たちは見事にハモった。
「昨日溝掃除したのは俺です!」
「道の掃除をしたのは俺!」
「ここいらの煙突掃除は俺がやった!」
「俺、スリを捕まえた」
「俺は先週強盗をやっつけた!」
「俺なんかドラゴン倒した!」
「小都が美しいのは貴方達の努力によるものなのですね」
大言造語。子供と言って良い少女相手に大人げなくめっちゃくちゃ鼻の下伸ばしている若者やおっさんたち。もはや処置無し。
宿の主人であるリンダは美人だが四〇を過ぎたこの世界の感覚でいえば婆である。まして若者たちからすれば『おっかさん』である。美女といわれて若者たちが真っ先に『まあ身近な存在』で思いつくのは彼女であろう。
そこに光り輝く美少女が現れたのだからそれはそれは男どもの反応はわかりやすかった。
ちなみに主人公であるダッカ―ドだけはあまり関心を示さず、時間通りに町内地区会のどぶ掃除の手伝いに向かった。
『オレ聖騎士!』
『俺は性起し!』
『俺はせんし!』
『黙れダンパー』
聖騎士を僭称すると斬られるのだが彼らはそのようなことをスコンと忘れていた。実にわかりやすい。
「おれ、おれおれ聖騎士!」
そして足元で冒険者たちの残飯の切れ端を漁っていた小汚い少年ジークも歳上と思しき少女の魅力に屈した。
それを見て看板娘と呼ぶには幼い少女ミーナは思いっきり友人である少年、ジークの素足を木靴で踏んづけた。
ミーナの顔は最大限ふくれていた。
まるで温帯に住むという膨れ棘魚のように。
悲鳴を上げるジークに適当な残飯の木皿を叩きつけるミーナ。
少し戸惑ったように微笑む美少女に鼻を鳴らしミーナは泥水の入ったコップをテーブルにたたきつけるように置き。
「どうぞごゆっくり手早く用事を済ませてください」
実はさっきからジークの妹、ビナも彼の頬を思いっきり抓っているのだがジークは鼻の下を伸ばしたままである。
「友人の様子を伺いに来たのだけど」
王都から来たという少女はぼやく。
「おれおれ、おれが君の聖騎士」
「おれだって」
「おれにきまっている」
「いや、おれが」
未だ魅了の魔術にかかるジークに今度こそ妹と看板娘の鉄槌が落ちた。
「いってえ……なんだよふだんけんかしているのにこういうときだけよってたかって」
「ジーク君が鼻の下伸ばしててみっともない!」
「お兄ちゃん、悪い女の子にひっかかるよ」
「泥棒が悪い女に引っかかるのは悪いのか」
少女二人の視線に熱がこもる。
『悪い!』
微妙にモテるジークだが残念なことに彼の記憶力と女心を察する能力は大変残念なものである。
ここにジャンことジャンヌ嬢が加わると更なる修羅場になったであろう。
「レィ……カシムと名乗っているはずですが最近手紙が来なくて『我が騎士の元へ』飛んできました」
少女は泥の入っていたはずのコップを捧げ持ち、小さく祈りの言葉を唱える。
華やかに『ありがとう』と微笑まれてミーナは頬を赤く染めた。
「お兄さんと仲良しなのですね」
軽くカップにその赤いくちびるをささげて『透明な』水を飲み美味しそうに眉を緩めビナに向けて髪をかきあげてみせる少女。
その髪越しに現れた微笑みの美しさにビナは「ふぁふあああふふふふ普通です!」と慌てふためきミーナの後ろに隠れる。子猫が親猫の後ろに隠れるようだ。ただその耳は真っ赤であることが猫と違う。
「どうしよう。かわいい」
「どうしよう。すてき」
少女二人の意見は図らずしもジークと一致した。
少女は大人と呼ぶには幼過ぎるがさらに幼い二人から見れば充分年上の魅力あふれていて脅威といえる。
「レィに会いたいな~と思ったけど、近くならさておき神殿の前にきちゃってもこっちの神殿の人との面識はないし、冒険者の店ならなにかわかるかなと。レィ君今何しているのかな」
「ああ。聖騎士の腰ぎんちゃくやっているぜ」
ジークの言葉はだいたい合っているが七割方外れている。
「あ、あの一番若い聖騎士か」
「若いってかガキ」
冒険者は結構耳ざとい。
「なんか痴漢を捕まえたとか」
「スラム出身ってことで人気ある」
「子供と遊んでくれる妙な聖騎士だって」
「巡回サボって詩人と唄ってたり楽器かき鳴らしていたりするな」
「子供というか結構モテるらしいぞ。この間正義神殿の子と歩いていたし」
「幼いって言っていいから歳上お姉さんからおばちゃん、幼女とめっちゃ人気あるぞ。この間馬におばあちゃん乗せて道案内してたわ」
その言葉を聞いて一瞬美少女の面相が修羅のそれになった気がしたがあくまで気のせいだと皆は思うことにした。
「そ、そういえば小都では未だ『番地』がありませんものね」
「あ。俺先月くらいにすげえ美人と並走してるのみた。黒髪で薔薇色の頬の『見事な白馬』に乗っている子でさ。なんか旧知のように親しげだった……あれ、見覚えあった気が。うーっん。俺まだしらふなんだけど」
くぎぬき冒険者ことジミーだけは先ほどの修羅の面相が嘘ではないと確信したがほかの皆は見事に騙されていた。
「あ、そうか。それなら許す。ことによってはやっぱり天罰だけど」
非常に小さな声で美少女は呟く。
「とりあえずここには聖騎士は一人だけかあ」
美少女の視線がすっとジークに向いたので足元で落ちたソーセージを求め「俺のだジーク」「にーちゃん普段いいの食ってるじゃん!」「ざけんな三日ぶりのソーセージだ誰にも渡さん」「見損なったぞカール兄ちゃん!」……醜い争いを行なっていた二人の動きが止まる。
「あなたと、あとそっちの可愛いお嬢ちゃん」
ビナが思わず自分を指す。
ビナの頬も泥まみれで実は容姿に優れていることはわかりにくい。
「ちょっとこの街の案内を頼んでよいでしょうか」
穏やかな微笑みにジークとカールは二つ返事で飛び上がってテーブルで頭を強打した。
ビナは『えっ?! えっ?! いいけど!』と思わず応えてしまった。
指名されなかったミーナは店内で拗ねていた。
リンダによしよしされてもなかなか復帰しなかった。




