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おっさん冒険者の脱英雄譚  作者: 鴉野 兄貴
コソ泥とおっさん

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22/29

女聖騎士の散髪事情

「ビーネさん。そろそろ髪の毛伸ばしたらどうですか」



 正義神殿では聖騎士零番ビーネに神官見習ミルクが絡んでいる。

 対して『謹慎中』と札を胸にかけた女性は珍しく鎧もつけず兜を脱いで麻の貫頭衣にゆったりとしたズボン姿にサンダルといったいで立ちであり横からは隠し切れないものが存在を主張している。本来は全く問題ないはずの貫頭衣はかなり際どい服装になっていた。


 札も真鍮の鎖などなくとも乗る程度には。

 文字がミルクの位置から見えない程度には。

 普通の体格と背丈ならそうならないのだが。



「聖騎士は髪の毛を伸ばさない」

「だからうちの連中は『カッパ』とか言われるのです。いつも兜ばかり被っていないで非番の日くらいオシャレしましょうよ。せっかく謹慎喰らえたのですし」



 謹慎を受けたのを『良かった』と解釈する見習いは何か勘違いしている気がしたが聖騎士はあえて何も言わなかった。彼女は側頭部の目立たなくなりつつある稲妻型の切れ込みを指でなぞりながら考える。



「……していないわけではない」

「伸ばしましょう。せっかく美人に産まれているのですよ?!」



 美人と称されてビーネの表情が歪む。


 金髪に染める正義神殿関係者は少なからずいるがビーネのそれは天然だ。『使途』になった時期が早く、結果成長期が長かったこともありビーネは背丈も高く筋力もあり女性的特徴も大きく発達している。

 長期にわたる老化を防ぐ加護と女性に産まれたことによる柔軟な関節。男性より疲れにくい特性や病気などに強い特性。そして。


 やたらめったらデカくて重くて邪魔な二つのふくらみと男性から見ても大きな臀部。


 腹筋も非常に発達しているのだが逆に腰が細く見える。

 華奢な男性並みには腰回りがあるのだが。



「前々から疑っていたがミルク姉妹はそういう趣味」

「どうしてそうなのですか! せいぜい時間の都合でサウナをご一緒したりふざけて胸に触ったりする程度でしょう! お尻とか太腿とかものすごく立派だからちょくちょく脚もものすごくながくてたまらな」



 それは警戒されてしかるべきである。



「というよりビーネさんと違って何故私は幼児体型のまま」

「まだ伸びる」



 一六歳のミルクは既に成長しきっていると判断されて良い。『使途』ならまだしも。

 そして場面変わって。



「女性的特徴はまだ発達しますから」

「……」



 ビーネと遊びたくても見習い神官は忙しい。

 厩で馬糞を片付ける作業を行っていた見習い神官は胸元をガン見されて戸惑いを隠せない法僧ミモザに無言で返答とした。


 ちなみに、ミモザは実のところそれほど小さいわけではない。平均かそれよりわずかには大きい。本人が控えめの服を好みキッチリ着る事を是とする正義神殿関係者の中でもさらにキッチリ制服を着ているだけである。


 本来法僧は厩仕事などしなくてよいが、ミモザは全科目満点の優等生であり単位を全科目落とす危機を迎えている見習い神官の勉強を助けるためと称して一緒にいる。

 飼葉を変えつつ唐突に質問が飛ぶ。


「はい。王国基本原則、『ケンポウ』における第六章は」

「……下民をボコボコにして良い権利」


 正解は司法権についての記述なのだがミルクは当然覚えていない。


「正義神殿経典、『正義の書』、『最初の剣士に充てた聖エンゼの手紙』からの記述により我々が独自の司法権を発令する根拠を述べよ」

「えっと、邪悪は皆殺しにして良いからヒャッハーをヒャッハーして何が悪いだったっけ」


 全然違う。


「正義神殿経典、『正義の書』、聖アノスの業績における国と正義神殿の関係により」

「忘れた」


 聖アノスはかつて大陸東部に存在し専横を尽くした王を排斥し聖王国を築き現在の正義神殿の態勢を整え、この大陸における各国正義神殿が国王たちよりある意味強い権限を振るえる根拠を作った偉人であるが、それを知らないミルクの実家差し戻しは避けられないようだ。

 ヒマのない見習い神官と違い恋人なし趣味なし仕事が生き甲斐の女聖騎士の謹慎期間は出来ることが極端に少ないが神殿内ならば私用もある程度可能である。そこでビーネは見習い聖騎士の少年に声をかけた。



「えええ。俺がビーネさんの髪切るんですか」

「頼む」



 見習い聖騎士一二番レィ・カシムは嫌そうな顔をした。

 サラサラでどう考えても伸ばしたら綺麗であろう髪をあえて立つまで刈り込むだけの簡単な仕事である。



「めっちゃ細くてサラサラして綺麗な髪だけど、コレ敢えて立つまで切ります?」


 髪を伸ばせば少々背丈が高くて主人より筋力があるだろうがある程度妾としての需要があるだろうし、耽美趣味の女性貴族が護衛兼愛人として求めてくることもありえるだろうに。


「勿論だ。謹慎中にやっておきたい。一番クランツには迷惑をかけてすまないと一番近しいおまえから伝えて欲しい」



 クランツ老ならばまったく気にしていないとレィはかの一番から受けたたんこぶをさすりながら考える。むしろ元々王都では零番を務めた男なので自分の采配が振るえて伸び伸びしている。

 捜査能力はクランツのほうが若いビーネより高く、実務ではあまり影響はない。



「うーん。シラミもいなければノミもいない。香もつけていないのにいいにおい。なんか王都のローラみたいだ」


 これを散髪するのはなんか違う気がする。彼の知る散髪とはそういった生き物との格闘だし。



「前々から話題の節々に出るが恋人か」

「あんな生意気な女、違いますよ!」


「そうか、ミルクから『ローラを守るため聖騎士になった』と」

「あいつまた好い加減なことを?! 俺はスラムの孤児院からクランツ老に拉致されただけです! あとドミニクのクソった……聖ドミニク様にはお世話に」


 即座に否定したレィだが手元まで真っ赤になっている。

 ちなみにレィは生来器用なので切れ味のよろしくないハサミでも問題なくスパスパと操って彼女の髪を整えていく。基本雑用はレィに任せれば問題は起きない。

 地味にハサミの手入れもできる。お蔭で仕事が捗る。刃先でちょいちょいとビーネの頭皮を傷つけずに刈り込んでいくしビーネの特徴である稲妻型の切れ込みも丁寧に再現する。



「うなじ、剃ります?」


 よく見れば産毛が生えているか程度なので要らないと思うが。

 生え際もなにもせずとも整っている。『使途』に選ばれるものは冒険者などを除けば容姿に優れているものが多い。


「頼む」

「あいよ」



 言われるまでもなく剃刀をサッと手入れしていた彼は手早く泡を筆で立ててその間に蒸しタオルを当てておき、首筋に泡を乗せるが早いか丁寧かつ素早い動きで剃り込んでいく。



「ちとシャレを入れて生え際も剃っておきます」



 稲妻型に剃り込みを入れていく。散髪屋になれる手際の良さだ。



「上手だな。きもちいい」

「まあ、王都に散髪上手いやつがいまして。あと孤児院のババア……母代わりが申すところ俺、わたしの父は腕の良い散髪屋だか煙突掃除人だったとかなんとか。



 燃料に制限があるこの世界では煙突掃除人のような職は限られているのでおそらく散髪屋だったろうとレィは憶測を並べる。




「まあ、幸い我々は木刀を剃刀のように鋭い刃と化すことが出来る加護もありますし」


 この見習い聖騎士もミルクに次いで大概不良なのでビーネも困っているが元々スラムの出と公言していることもあり民には好かれている。



「奇跡使用申請用紙に書いたか」

「『神さまにカミソリとハサミの切れ味をよくしてもらいますので生臭坊主どもご許可お願いしますクソッタレ』って書きましょうか? 俺無学なもんで今度書式を教えてほしいっすね」



 クランツ老の直弟子なのでレィは書類仕事や会計業務も得意なのであるが神殿の公式記録にそんな記載を増やすような感性はないと暗に告げてケラケラ笑う。怒り出すかと思われたビーネの首筋が少し開いて肩が上がる。軽く笑ったようだ。



「そういえばおまえは女物の下着を洗うのが得意らしいな」

「孤児院でガキどものうんこつきを延々とですよ。変な趣味じゃねえし」



 さっさとブラシで余った髪の毛を払い石鹸を濡れタオルで拭うレィ。

 ほのかに石鹸の良い香りがビーネのうなじからする。



「できました」

「ありがとう」



 至近距離で急に振り向かれてレィは思わず頰を染めた。



「うわ? 近いっす!」



 普段どやされる立場だが改めて美貌が目の前にあると認識が変わるというか破壊力が強い。

 レィの頭の中にある『零番』の姿は鎧兜なのだがこの容貌はかなり反則だろう。



「しかし、なんでこの神殿に来てからというもの散髪だの下着だの俺に」


「変な目で女をみないからだな。先ほどの手際は良かった。失業したら神殿付きの散髪屋になることを提案してもいいほどだ」



 例えば貴重な石鹸を必要以上に消費したり、執拗に首筋に筆を当てたり、耳元に息を吹きかけ続けたりしようとする輩も過去にいたと暗に告げるビーネに憤慨するレィ。



「お前たちは不思議だな。最初はとんでもない連中が来たものだと思ったが」

「ああ、元暗殺者に人斬り聖騎士、コソ泥出身っすからね俺ら。それが先代聖女の遺言状持って神殿改革の一環としてやってきたら小都の神殿のみんな心穏やかじゃねえっしょ。俺もローラと離れて大迷惑ですけど」



 パパっと箒で清掃し、子供たちが逃したと思しき鶏を片手で捕まえるレィ。

 ご飯は豪華だが施しの人数が儀式化されていて少ないと庶民に思われている正義神殿だが一応何人かは子供を養っている。多くは意図せずして『奇跡』を使えるようになったと神殿が言うところのはぐれ神官たちである。無登録の『使途』は『闇司祭』とされるが正義神殿の公式見解は『我が神殿に闇司祭などはいない』なので致し方ない。



「さ、飯っすね。あそうそう。リリが元暗殺者って俺が漏らしたことは聞かなかったことに」

「もとより知っている。不審な行動をすれば斬るつもりだった」



 振り返らず『めーし。めーし』と脚を大きく上げて仰々しく行進するレィ。

 その後ろを子供たちが同じ仕草で追い、何故か鶏や家鴨まで続く。



「えっと……先日の『ぐらたん』超美味しかったけど、なんじゃこれ」

「『もずく』という海草らしいのです。輸入品で保存が難しく貴重ですからゆっくり食べてください。そのスープを金おろしで処理した冷凍生ショウガ……こちらは知人の『駆け抜ける者』が手紙のついでにたくさんくれたもので和えてみました」



 この『艶雪の風』では曲がりなりにも海産物がとれるが海草を食べる習慣はあまりない。

 激臭がすると多くの人は考えている。


 リリの説明を受けて一瞬顔をしかめた神殿の一同だったが、嫌そうに掌で仰いで臭いを確認していく過程で表情が和らいでいく。ショウガの清涼感が生臭さを抑えているようだ。


 思い切って顔を近づけ、粘りが少しあるその汁を舐めた最初の飛べない企鵝ペンギンであるレィの表情が和らいだのを見て全員の匙が動く。



 ふわりとした湯気に香るショウガの刺激に身体が温まる。

 なめらかでトロトロした舌あたりに加えプツプツとした海草の歯ごたえがたまらない。

 シンプルな塩味に加えて魚醤か何かを複数種類用いることで生臭さを逆に散らしたらしく、問題なく口に運べる。



「リリさん今日も美味しいです!」

「あ、あの、黙って食べましょう」



 黒い肌以上に顔を赤らめる少女に若い神官が賛辞する。

 幼い子供たちが『あーん』とし合って喜んでいる。


 白パンではなく窯焼きの平たいパンが出てくるがこちらも湯気だけで膨らませたとは思えないほど歯ごたえが程よくて美味しい。これがよくスープに合う。



「神よ。我らに豊かな食事とミルクを与えてくださり感謝します」

「え、私そんな褒められていいのかな」

「アホ。おまえじゃねえ」



 レィが呆れてぼやく中、ミルク嬢は照れていた。

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