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おっさん冒険者の脱英雄譚  作者: 鴉野 兄貴
コソ泥とおっさん

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炭焼職人の朝は早い

 炭焼き職人カイイルの朝は早い。



「まぁ好きではじめた仕事ですから」



 最近は良い炭にならないと愚痴をこぼした。

 まず、素材の入念なチェックから始まる。



「やっぱり一番うれしいのはお客さんからの感謝の言葉ね、この仕事やっててよかったなと」



 そんなカイイルは今日も朝から炭の原料になるものをとり窯で炭を焼く。

 この世界では燃料を純化するために薪などを更に蒸し焼きにすることは珍しい。

 ともすれば『炭』というものを知らない人間もそこそこいる。


 彼の客は例えばドワーフ。

 例えば『鉄』という新しい素材を扱うようになった『艶月の雪』の職人たち。

 さらに神殿関係者。あるいは。



「いい湯だぁああああああ」



 冒険者たちである。


「お前ら、人がイイ感じに窯使うからって入り浸りすぎだろ」


 カイイルは呆れるが若者たちは聞いてない。


「玉の肌を侵食するかのような湯の広がりがうなじをわきの下を股間をねめまわすように」

「てめえ! 男同士で風呂に入っても嬉しくねえから!」


 地味に第一話から主人公が脱いでいる。

 蒸し焼きにする過程で勿体ないからと湯につかるタイプの風呂を作ったら若者たちが入り浸った。

 カイイルとしては若い娘が来てほしい。



 木材を炭にすることで固く軽く小さくそしてよく燃えるようになる。

 場合によっては下手な剣より軽くて頑丈な武器になるくらいだと冒険者たちは述べているほどカイイルの炭は品質が良い。


 一人孤独に暮らすカイイルにとってはたまに来る訪問者は彼ら冒険者くらいであり後はクマだのモンスターだの鹿だのといった生き物である。



「で、カイイルさん。今日のごはんごはん」

「……なぜおれがおまえら一〇人分の飯を用意してやらねばならん」



 カイイルは山奥にいるには不要なほどの財産を持つ。

 山中をヒィヒィ言いながらリンダのお使いをこなしてきた彼らに気前よく報酬を払える程度には。

 にしたって食い物があるかどうかは完全に別問題である。



「というか、おっさん。俺らが財産奪うって考えねえの」

「ジミー……ヤレると思うか?」



 モンスターがうじゃうじゃいる山中で炭焼きをして一人で暮らす男が弱いはずがない。

 くぎぬき冒険者改めつるはしのような武器を使う青年はあわふたしている。


 引退冒険者の中には圧倒的な強さを持つものもいるが、いまいち世間に馴染める性格でなかったりもする。

 人よりこだわりが強い性格が災いして数々のトラブルを起こしつつ自力で解決してきた現炭焼き職人カイイルはそういった部類の人物である。一時期ダッカ―ドたちとも組んでいた。



「そういえば、『ホーリーフォース』はどうなった? あいつら死んだか」

「ん? なにそれそのこっぱずかしい名前」


 カイイルがダッカ―ドたちがそう名乗っていた冒険者集団だと解説すると若者たちは腹を抱えて笑い出した。



 ――へっくしゅ!――


 小都、『艶月の雪』周辺の森深くで採集に励むダッカ―ドはつぶやいた。


「風邪を引いたか? 野宿は少なめにして予定より早く帰ってリンダに多めに食事代払って奮発してもらおう」


 なお、早く帰ったら若者たちに隠していた黒歴史をからかわれる羽目になることをまだ彼は知らない。

 それはさておき、山中におつかいに出た若者たち一〇名はヒィヒィ言いながら炭を運ぶ。



「言っておくが、炭持って帰るだけと思うなよ!」


 膨大な炭の原料になる竹のような植物や人間が使用するには硬すぎる鉄樹などエルフから許可され聖別された木々の大枝を丁寧に切り分けていくと若者たちの掌はもうズタボロになっている。



「腰いてえ」

「横腹筋が」

「脚つった」


「お前ら、マジで情けねえな。リンダの店で使うのだから着服するなよ」



「こんな燃えそこないの木を誰が着服するか!」



 実はものすごく高価なのだが彼らは知らない。

 そもそも薪の時点で高価だ。



 細かく砕いた炭をツボのようなものに入れて金属網をかける。

 各種穀物、野菜、果実などを活かした甘いタレに漬け込んだ肉を出す。


 じゅわ。


 炭がゆっくり、ゆっくり赤く輝くその香りが肉の端を焦がして香りをつけていく。



「これ、何の肉っすかカイイルさん」

「魔物肉は最近食い過ぎて嫌だ……」



 若干トラウマらしい。



「安心しろ。牛の肉だ」

「クッソ固くて不味いアレか」



 落胆する彼らを無視してニヤリと笑うカイイル。



「食ってから言え」



 肉は羊皮紙のように薄く切りそろえられている。

 どのようにして切ったのかという疑問を抱けるものは少ないようだ。


 じゅわ。

 軽く炙って香りだけつけ、少し赤みが残るそれを大きな深い器に入れる。

 中には少し穀物が入っているようだ。



「いいにおい」

「うまそう」

「おまえら、さっきまずそうって言ったヤツは食わなくて良いぞ」



 大なべからふかふかと白い湯気を放つ穀物を取り出すカイイル。

 穀物は殻を取り去っているらしく柔らかで白い艶を放っている。


 それに特製のタレをかけた熱い肉を大量に何枚も載せる。



「うめええええええええええええええ」



 手で食うと手を火傷するといわれて仕方なく匙で不器用に口に運んだカールが叫ぶ。



「なにこれ、超柔らかい」

「うまい。甘い。無限に食える!」



 酸っぱい漬物をカイイルが出してくれた。

 甘酸っぱい漬物、炭の苦みが良いうま味を引き出す肉。炊きたての穀類は甘くふっくら柔らか。そして。



「ビールパンあるぞ。キンキンに冷えたのを呑める」

「……」



 若者たちは次々と掌を出した。



 数日後。



「な、もうかったろ」



 リンダは無事に帰ってきた若者たちに安堵していた。

 今度はダッカ―ドの付き添いなく使命を達したので彼らのサバイバル能力が上がったといえる。



「おっかさん」

「ん? 今日はちゃんと飯代金を払って」



 ジミーが首を振る。



「ない」

「は?」



『ビールパンと川のつめたい水、お値段金貨一〇枚もしくは今日の代金なし』



 カイイルの請求に若者たちはあっさり屈したらしい。



「だから、あのおっさんには気を付けろって言っただろうが!」



 リンダの叱責が若者たちに飛んだ。

 なお、リンダの機嫌はツボに漬け込んだ薄肉とあまりに素直あほな若者たちに少しばかり罪の意識に目覚めたカイイルが持たせた少量の炭により回復した。

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