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おっさん冒険者の脱英雄譚  作者: 鴉野 兄貴
コソ泥とおっさん

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マイマイオッパソマ

 えっと。



 ミーナは聖騎士を見上げた。

 子供が聖騎士をみて憧れるか怖がるかは大きく変わる。

 男の子は聖騎士に憧れるが同時に怖がる。


 なんせ『わるいことをすると聖騎士に斬られるよ』と親はしつける。



「何の御用ですか」



 ミーナは細い手足を振り上げ、手習いの板書きを持ち上げる。

 母親がわりのリンダからもらった『マイマイオッパソマ』というらしいふわふわなクッキーが今日のお弁当。



「いや、特に用など貴様にない」

「そうですか。なら行って良いですか」



 板書きを振り上げ、早く手習いに行きたいとアピールする少女。

 少し緊張しつつ聖騎士の隣を抜ける。


 特に何もなかった。

 そう思った時に背後から声をかけられる。



「あのコソ泥はお前の友達か」

「え? ジーク?」



 コソ泥=ジークと認識されているあたりジークも哀れであるがだいたい合っている。


「ジークくんと私が……うーん」



 なんといえばいいのやら。

 彼はコソ泥ではあるが見るべきところがある少年だし芋の皮むきや薪割りを手伝ってくれたりするし危ない目に遭いかけたときダッカードの代わりに助けてくれることもある。


 彼の妹であるビナはあまり少女をよく思っていないが。ビナはかなり嫉妬深い。



「手習いか。良いことだ」


 立ち去る彼女の背に女聖騎士が言葉を投げかける。


「よく学べ。コソ泥と親しくすれば貴様もコソ泥になるぞ」

「なんですって」



 少女は振り返り聖騎士に食って掛かる。



「ジークはコソ泥ではありません!」

「では泥棒だな」



 だいたい合っている。ぐうの音も出ない。



「だって! だって! 時々芋剥くの手伝ってくれるし!」

「それがコソ泥の免罪符になるのか」



「羊皮紙一枚を買って罪が許されたとか言うより芋を剥くほうがよっぽど世の中のためになってマシです!」

「それは私も個人的に認める」


「認めちゃうんだ!?」



 免罪符は告解を簡略化するために導入された正義神殿内でも批判の多い制度である。



「しかし多少個人的に親しいものを手伝ったとして泥棒には違いない」

「そうだけど、そうだけど。でもちがうんです!」


 足早に去る人々に労働者。そして野次馬が遠巻きにちらほら。


「何が違う? 貴様も彼に何か盗まれていないか」

「結構あります。『俺のものは俺のもの。お前のものも俺のもの』って」


「ならば彼はコソ泥以下だな。付き合いを辞めたほうが良い」



 そういって『手習いに遅れるなら馬に乗せてやろう』という聖騎士を振り払うようにリンダの店の看板娘ミーナは言う。



「それでもジークはただの泥棒じゃないです。それに彼のお父さんは立派な人だって」


「立派? 幼い弟妹を捨てて村を出た男がか? 迎えにもいかずそのまま飢え死にさせた男がか?


 それとも都で泥棒を行い、貴族の女を襲っていた男がか? あるいは王都で豚の餌になってくたばった奴がか?


 貴様は何を知っているのだ! 貴様が何の権利があってそんなことをいうのだ!」



 お互いため込んでいたものが爆発した。

 少女は目に涙を浮かべ、聖騎士は涙こそ流さなかったが激しい口調で叫んだ。

 そこへ。



「おーい。ミーナ!」



 びくっとなって振り返るミーナに遠くから声をかける薄汚い少年がいる。ジークだ。



「じーくくん?! いやそのあの今のは。……聞こえた?」

「まぁただの泥棒だな。俺。それは認めるわ」



 軽く笑って少年は少女に何か渡す。



「お前、白墨忘れているじゃねえか」

「あ。ありがとう」



 普段のジークならそのまま盗んだだろうが、字の書けない彼が白墨など貰ってもいいところ『帰路の誘惑』の外壁いっぱいに冒険者たちといたずら描きして後で宿の主人のリンダに前以上に綺麗にさせられるのがオチだ。



「珍しいね。ジーク君が泥棒せず忘れ物届けてくれた」

「おまえ、人を何だと思っているの?!」



「泥棒」

「コソ泥だな」


「有難うございます聖騎士様にクソッタレミーナ呪われろ!」


 馬上の聖騎士まで適当抜かすと彼はキレるが。



「その、ほら、顔ぬぐえよ」


 小汚い布を渡されて戸惑うミーナに告げる。


「俺のものは俺のもの、お前のものは俺のもの。ならば『お前の涙も俺のもの』ってな」

「え? え? ……はい」



 泥だらけの布で顔を拭いたせいでミーナの目元は酷いことになったが、それでも胸が温かくなった。その様子に苛々したような聖騎士を見上げ、彼はつぶやく。



「その兜で顔はわからんが、あんたひょっとして俺の親父の兄弟か何か? というかアンタ女?」

「女だからどうしたというのだ」


「いんや、どうもしないね。でも昨日冒険者の兄ちゃんたちがそう言っていたから初めて知ったわ」


 いやはやあれはないわ。うんこ漏らして震えながらだせ? 少年は続けて話す。



「だけど、超カッコよかった」

「そうか」


「連絡先教えてやろうか。カールにいちゃん彼女いないから」

「考えておこう」



 考えておくのか。

 ミーナはちょっとカールのことを思う。


 放言や自分を強く見せかける発言が多くおとぎ話の勇者と自身を混同している節は無きしにあらずだが悪い青年ではない。身体に合わない重い武器防具に振り回されたりそれらを綺麗に磨くのが趣味だが鍛錬は嫌い、仕事も嫌い。遊ぶのはそんなに好きではない。意外とまじめでウブな都会っ子だ。


 リンダが店に置いている理由はよくわからないが元々七人兄弟の長男で子守が得意なので街の人たちに重宝されている。地味に語りが上手いので詩人に転向すればいいのだが音痴である。



「カール兄ちゃんたち、お姉ちゃんをボッコボコにしたって昨日の晩」

「そうみえるか」


 全然見えない。


「聖騎士が二〇〇〇人くらい増援に来たからバッタバッタと無双したって」

「この街には十三名しか正規の聖騎士はいない。見習いや世話係を含めても百人いない」


 ミーナはうんうんと頷く。


「だよねー」

「だよな」


「その通りだ。私が彼に負けたのは事実だがな」



 意外そうにする二人に聖騎士はつぶやく。


「聖騎士に敗北はない。正義か死かのみだ。娘、カールとやらによろしく。あとジークといったな」

「ああ、オバさん」



 少々の沈黙の後聖騎士は告げる。



「おばさんはやめてください」

「じゃ、おっかさんとよべってか。もう枠は埋まっているんだよ。

顔も知らねえ親父の妹さんって言われても困るぜ」


「あんな男は兄ではない」

「じゃ、おばさん以外にどう呼ぼうか。

 お姉さんは流石に厚かましいだろ。泥棒の俺だって言いやしねえ」


 話の腰を折りまくって無茶苦茶言う少年に聖騎士は苦笑い。



「貴様に次はない。次は斬る」

「あいよ。そん時は返り討ちだ」



 剣を突きつけられて少年はしゃあしゃあと応える。

 ジークに庇われる形になったミーナが彼の襤褸の端を握っていると。

 ジークはミーナの前に立ってひょいひょいと手習い先の神殿に指を動かす。



「お前、遅刻だぞ。マジであの人の馬に乗せてもらえよ」



 ミーナは渋ったがどうこう言える時間ではなかった。



「零番ともあろうものが無断外出なんて……」

「あのね! 言っとくけど私とか法僧なしに一人で聖騎士が出歩いたら処分だよ処分!」


 ショックを隠せない法僧ミモザに見習い神官ミルクは『おなか壊したとかじゃないの。たぶん神殿内だよ』と告げて釜の裏などを探している。


 どうして釜の裏なのかは謎だがまれに子猫が寝ていたりするし乞食少年が暖を求めて入り込んでいる。ちなみに二人は聖騎士の部屋の前で夜を明かした。聖騎士が通常の手段で外に出たわけではないのは明白である。


「まさか、邪悪を斬りに」

「……それ、最悪かも」


 知人の聖騎士見習い少年曰く聖騎士になってから『邪悪を斬りたくて仕方ない』衝動に駆られることがあるという。

 あの人あたりのいい少年がだれか人間に斬りかかったことなどないが。



「今帰った」


 そして騒ぎが起きかけた神殿内に聖騎士零番ビーナが帰還したのは午後になりかけてからだった。

 子供たちからもらった『マイマイオッパソマ』なるお菓子を手に。



「土産にもらった」

「なにこれ」


 クッキーみたいだがフニフニする。

 例によって最近口に入ることが増えた魔物素材かと思ったがその気配はしない。

 ここは正義神殿だ。そのような邪悪な臭いは一瞬でわかる。


「子供のお弁当であり実害はない。はずだ」

「うーん。私がみてみます」



 虐待されて育ったとはいえ一応名前だけの伯爵家であり子爵家の傍系である法僧ミモザ嬢がそれを慎重に手で割ってみる。中にはふんわりしたものが入っている。色は緑。


「なにこれ、葉っぱじゃないしミンチ肉でもなさそう」


 すんすんと鼻で嗅ぐ見習い神官ミルク嬢。


「なんか、色々な匂い交ぜていて元の匂いはわかんないけど毒ではなさそう。あと呪いもない」

「適当なことを」


 ミルク嬢は『使途』ではないはずだ。まあ法僧でありながら『使途』であるミモザのほうが珍しいタイプだが。


 そのままパクっとやるミルク。

 ミモザが止める間もないし、聖騎士ビーナに至っては『どうだ。うまいか』と楽しそうだ。



「ちょ。とってもおいしい!」


 ふわっと頬が緩むミルクに控えめの胸をなでおろすミモザ嬢。


「あのね、あのね。クッキーみたいなのだけどふんわりしていて、中がふわふわであまくてポロポロして良い香りで」


 緑の色はグロテスクだが口に含んでみると別の感想になる。

 生地はふんわりと丸く歯ごたえも優しい。ほのかな甘さとくちどけがたまらない。


「すごく、あ、これずっと」


 口の中の唾液を呑み込みたくない様子のミルクに陪臣家のお嬢様の面影はない。


「ゆっくり味わって良いぞ」

「ほんとですか! ほんとですか! ビーネさん優しい! もっともっとください!」



 ミモザは少し不審げだった。

 ニコニコ笑いながらミルクに食べ物をあげるビーネ。

 別にビーネがミルクを可愛がることは今に始まったことではないが、こんなに表情が明るいビーネはみたことがない。


「そんなに美味しいなら私も一つもらっていいかしら」

「やめておけ。それは私の故郷の食べ物の一つだ。私は肉のほうが好きだった」


 目をぱちくりするミモザにビーネは苦笑いで応える。



「もーないのですか! もっとほしいです! どこでうっていますか! ダッカ―ドさんに頼めばもらえますか!」



 食欲を発揮する見習い神官に『今から私は処分を受けに行かねばならないから』と去る聖騎士。



 リンダの店、『帰路の誘惑』に通う将来有望な冒険者『疾風のァシリ』曰く。



「『マイマイオッパソマ』は族長と、妊婦だけが食べられる特別な食べ物だ」



 ダッカ―ドはそれでふんわりとしたクッキーを作った。

 あまくてくちどけが良くて皆喜んで食べている。一口食べたリンダも気に入ってミーナのお弁当にするくらいには。



 ァシリは蛮族の生まれで、金属光沢をもつ布をよくリンダの店に卸にくる過程でそのまま冒険者になった。本来ならば族長になっていてもおかしくなかったが華奢で力がなく、戦士でありながらスタミナがない欠陥が彼を族長から遠ざけた。


「これ、本当に美味しいけどもっと欲しいかな」


 暗にもっと卸してほしいとリンダ。

 リンダ自身は自分の店でも売れるがやっぱり専門店に転売したい。


「……本来は家畜の肥料にする。私はマイマイオッパソマを食べない。だから族長になれなかった」


 マイマイオッパなる生き物は蛾の一種で自立することも飛ぶこともできないが良質な糸を吐き出す。

 また、特定の葉しか食べることはない。



「ふうん。特別な食べ物なんだね」



 それは残念だとダッカ―ド。

 たくさん手に入るならばもっと作れるのに。



「卸せと言われれば考えるが、やはりお菓子の原料にすると言われると私も考えるものがある」



 ソマは彼の故郷では糞を意味する。

 蚕糞は現実世界でも抹茶アイスやミルクの着色料、元々桑の葉しか食べないため安全な食糧として認知されている。



 ジークは後で『そんなにうまいなら俺にも残しておけよジャンヌ!』と嘆いていたが知らないということは幸せである。


蚕の糞。組成は蛋白質 18.6%,炭水化物 56%で,そのまま家畜の飼料や肥料になる。また発酵処理すると栄養価の高い飼料が得られる。1齢の蚕の糞は有機物が多いのに対し,熟蚕の糞は窒素,リン酸,カリウムの含有量が多くなる。蚕糞の抽出液処理物からステリン (化粧品,医薬品) ,ヘテロオーキシン (植物生長ホルモン) ,カロテノイド油 (飼料添加剤) ,フィトール (ビタミンE) が得られ,抽出残渣も飼料や肥料に利用される。



蚕糞(読み)さんぷん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説


※現実世界でも蚕糞を使ったスイーツが存在します。

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