盗っ人と呼ばれた子
ジークは自分の名前が嫌いだ。
全然ジークじゃない。
啜った水。つばで吐き出す土。
親の顔も覚えていないし何故勝利とかつけられたのかも知らない。
なお、この物語に登場する人物名は適切な名前が日本語にないため各国語の名前を採用する。
いつか後述するが神族は自己と属性を表す歌のタイトルである『(ひらがな)』、ドワーフは『(男性は鉱石名、女性は宝石名)』、魔族は世界への呪い歌のタイトルである『(カタカナ)』を採用する。
同様にジークの名前も本当なら『英雄』『偉大なる王』『万歳』『あたたかい、やさしい』なども意味する。
彼は手を伸ばす。干からびた果物の皮が彼の垢まみれの掌に触れた。
よし気づいてない間抜けやろうめ。口の中で広がる甘みと香りを思い描き彼は微笑む。
『ぐー。ぐちゅるー』
背中の籠に手を伸ばして取ろうとする彼と無精髭の中年男の目があった。
どう考えても言い逃れできない。
踵を返して逃げようとするが『自由神の悪戯』、足元の馬糞に彼の裸足がつるんと滑り盛大に近くの露店に飛び込んだ。
さらに運悪くそこは『鶏』の店だったので気の荒い鶏どもは彼をつつくつつく。
「なんだ。妹は元気か」
籠を背負って鉈を持った冴えない中年は彼の落とした果実をしゃくっとかじってみせた。
「めっちゃ元気。おっさんの頭の上に正義神の輝きあれ」
鳥につつかれ店主に叩かれ、ダッカードにとりなしてもらいながら彼は『痛い痛い。正義神め破壊の女神の加護受けろっつか呪われろ!?』と叫ぶので商人には珍しく正義神の信徒だった店主のお仕置きをさらに受ける。
しばらくして鉈を持った冴えない中年は適当な薬草や薬の元になる鉱物を店主に渡して『泥棒を捕まえてくれた』と言って彼の首根っこをひっ掴みペコペコ頭を下げてその場から退散する。
もちろん彼も鶏を捕まえる羽目になった。
結果として卵をもらえたので幸運神の加護我にありだ。
「お仕置きの手間が省けた」
「おっさん、不用心すぎるんだよ」
泥棒のくせに一言多い。
中年冒険者からかっさらった食いかけの果実を齧る。
これくらいにして残りは妹にあげよう。この間抜けは人いいしくれるだろ。
「泥棒するなとまでは言わないが、一言言えばあげるのに」
「おっさんみたいなマヌケからかっさらうからおもしれーんだよ!
必死こいて追っかけてきたりしてな」
少なくとも彼にとって大人から物を盗むより大人に頭を下げる方が屈辱なのだ。
その辺はこの中年も知っていることだ。
そしてこのお人よしは必死こいて追いかけてはこない。
たまにタチの悪い盗みを試みた時は一瞬で捕縛されはするが。
「人様からものを盗むのは」
「わるいことですごめんなさい。慈愛神の恵みあれ」
こうなる。
ニコニコ笑いつつこめかみをグリグリする中年に素直に謝る。
彼の知るオトナはもっと暴力的だがこの中年は子供を殴らない。
ただ、叱るだけだ。正直意味ない行為だと泥棒である彼でも思う。
「おっさん殴らねえの。つまんねえ。おこんねえし」
「叱りはしたぞ。怒っても殴っても泥棒しなければ生きていけない世の中が解決するわけじゃない」
子供は悪さをすると大人がガンガン殴ってくる。
親のいない子供はなおさらだ。それで死ぬ子供もいるがそんなものだ。
彼にすればこの中年は変わり者である。
「それにお前立派だし」
「おれが? アホか。おっさん」
「坊主じゃないから説教は苦手だが殴って解決するならやっている。
子供は未来の宝だ。子供が未来の国を作る。大事にして当然だろ」
「セリフなげえよ! 最初の言葉もう忘れた?!」
なら泥棒を見過ごせと悪態をつくと。
「それは別だろ。泥棒を見逃すのは泥棒の仲間だけだからな」
「おっさんなんか仲間じゃねえ!」
「大人だ」
彼は盗んで得たせっかくの獲物を妹や知人にあげているのをダッカ―ドは知っている。
彼一人が生きるなら丁稚にでもなればいい。
だが妹はどうなる。
路上で震えて過ごす子供たちにオトナは冷たい。
そもそも彼のように盗人が板についている子供を丁稚にするもの好きはいないが。
「だからおれに驕れおっさん」
鼻を鳴らして威張る彼に苦笑する中年冒険者。
この間驕られて味を占めたなと呆れて小突いた。
「殴らないっていったじゃん!」
「忘れた」
お詫びよこせとせびったお菓子を大事に懐にしまう様子を温かい目で見る中年冒険者。
少年はこのお菓子を妹へのお土産にするのだろう。
「あ、そうだ。おっさん」
「なんだよ」
飴を舐めながら中年は進む。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
反射的に応えた後惚けて飴を落とす中年冒険者を見てしてやったりとする彼。
「妹にちゃんとやれよ」
「だれだとおもっているのさ。おっさんこそあのババアにプレゼントやったらどうだ。ほら、指輪でも」
「なぜ知っている?!」
「子供の情報量なめんなオッサン! じゃあな!」
真っ赤になる中年を背に彼は帰路にたつ。
その背に中年冒険者は小さくつぶやいた。
「お前の御両親は立派なひとたちだったぞ」