ミーナと目覚めの朝
「朝起きたらダッカ―ドがいない」
リンダはそのことについて何も言う気はない。
「まぁ一人寝の寂しさにも慣れたけどさ」
そもそもダッカ―ドが薬草取りをしない日は他の依頼がある日だ。彼は酒も厄介な薬もやらない。
自身が優れた薬草取りの能力を持っているが故の自制である。
もこっ。
何故かベッドの中にミーナがいる。
「もうたべられません。きょうはおしごとしたくないです」
甘えて仕事をしない戦略に入ったらしい。
軽く揺らしてやり自身は立ち上がり髪をまとめる。
「ねむいのです。おきたくない。しごとしたくない。ねむい。ごはんもいいです」
「だめ。八の鐘が鳴るころには起きて手習いに行きなさい」
リンダは化粧をするより早く店の支度をする。
のだが。
「あたまいたいぃぃ」
「おっかさん酒追加ぁあああ」
「もうくえない。しあわせ」
古びたテーブルは剣を突き立てるばか者、上に乗ってダンスを踊る『駆け抜けるもの』、酒を飲んで鉄靴を鳴らすドワーフ妖精などなどはた迷惑な客どもの所為でボロボロである。
その多くがもう店に来ることない。
たまに彼もしくは彼女の剣を静かにテーブルの上に置き、沈黙を守る者たちがいる。
それをみたら、ミーナも騒がしくしない。
「……またテーブルを汚しやがって」
取敢えずパンを焼く。
パンと言ってもプクプク粉を入れたものや『ミリアのクッキー』が作るふかふかの白パンではない。
小麦粉やその他穀物粉末を水やミルクや脂で練って薄くして釜で焼いたものだ。
冒険者と言えば鉄パンのイメージがあるが、あれはあれで作るのに手間暇がかかる。
まだ寝ている冒険者たちを叩き起こすのはあきらめた。
どうせ彼らはパンの匂いに釣られて起きてくる。
小麦に大麦、ライ麦に米粉。その他雑穀類。
水に魔物脂。ちょっと怪しい生き物のミルク。
今日は残りものの肉も少々用意する。
丁寧に作っていると彼ら若者の胃袋を満たすには少々時間が足りないので今日は練りも甘いまま適当に薄焼きパン釜の内側に張り付けつつ焼いていく。
釜の上のほうにはお湯を沸かして音を出すやかんと笛が付いていて、これが鳴るころには若者たちは起きてくる。
ぴっ ぷっ ぴぴぴぴぃ!
「ふえええ。いいにおい……」
「テド。お前今日薪割り当番だからな」
「おう。俺の斧裁きをみろ。訓練の成果を見せてやるぜ。俺も聖騎士と戦いたかったわ!」
「水汲み今日は誰だ」
少なくなった甕の中の水をみながらリンダはパンを焼き終わる。
膨らす粉などは入っていないが、水蒸気によって中はふかふかに仕上がる。
そこに潰れたトマトのペースト、香辛料。隠し味と酔い覚ましに大豆を発酵させたペーストを少し乗せて。ええいサービスだ。チーズも載せよう。これに水を飲めば酔い気覚ましにちょうどいい。
水は若者たちがたっぷり汲んでくるので心配ない。昨日の水でパンを焼いたがこの地方は寒冷なのであまり問題にならない。凍結すると厄介だが。
今日はピーマンのようなものも手に入ったので歯ごたえを増すために切り刻んで入れる。
「ぐええ」
断末魔をあげるが気にしない。
そうこうしているうちにミーナもぬいぐるみ片手に降りてきて手伝いだす。
「ミーナ。クーちゃんは部屋に置いてきな」
「やだぁ……ねむねむ」
夢遊病のような動きだがスンスンとミーナの鼻が動いて釜のほうへ。
手際よくパンを練っていくリンダの傍で同じく釜をみるミーナがいる。
「ほぅ!」
「はっ!」
息の合った動きで次々と薄焼きパンが焼けていく。
練った粉の中の水蒸気が膨らみ、脂と絡んで芳香を放ち、焦げ味と薪の炭味がうま味を増す。
「だいぶ上手になったよ」
「わーい。じゃ。今日はジャム塗っていい?」
在庫どれだけあったっけ。
力苺は先日使い切った。
震えジャムはまだある。
あとお化け林檎も。
「真面目にやったら震えジャム茶とお化け林檎のジャムを付けて良いよ」
「やった!!」
もろ手を挙げて喜ぶミーナはそろそろ手習いに行く時間だ。
配膳はそこそこに自分のカップに震えジャムを入れてお化け林檎を焼いて潰したジャムを塗る。
震えジャムが瓶から逃れようとするのでミーナはしっかり蓋をし、残りの震えジャムにお湯でとどめを刺す。
やがて震えジャムの細胞壁が破壊されていい感じの甘い柑橘類のような香りを放つ飲み物になる。
手洗いボウルに指を入れて清め、そのままパッパとテーブルに振って清めとし、『かみさま。今日も無事に夜を過ごすことが出来ました。今日の糧を与えてくださった全てに感謝を捧げます』祈りの言葉もそこそこにふかふかの薄パンにかじりつく。
じゅっと軽くモチモチに焦げた薄パンに塗ったお化け林檎ジャムの甘さと薄パンをふやけさせるためのミルクの甘味が対立することなく融合しているそれはとても美味しい。
ミーナがそれにかじりついて一部をお弁当として出かけるころには冒険者たちは起きだして宿の手伝いに追われている。パンの匂いに釣られた労働者や旅人が入ってくるころだからだ。
「はい! 2番テーブル追加!」
「こちら1番テーブルきていないよ! ミーナちゃんどこ!」
配膳係にされている冒険者二名は『解毒』祈祷を受けて復活し、休みたいのに連勤中である。
旅人がスープの味に舌鼓をうち、昨日の残り物の揚げ物に感動している頃、ミーナは手早く手習いの道具を揃えて近くの神殿に走る。
最近できた友達もその列に加わる。今日も家の仕事が長引いた。早くいかないと先生に叱られる。
「いっとくけどパンを咥えて走ったら承知しないよ!」
「素晴らしい出会いがあるっていうよ!」
迷信であるとミーナは思うようになったのはその先にいたのはかっこいい男の子ではなく、カッコイイ鎧を着た女性であったからである。
ちょっと白く輝く鎧に鏡の盾に剃刀のような刃をつけた剣を持ったややこしい存在、聖騎士である。




