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おっさん冒険者の脱英雄譚  作者: 鴉野 兄貴
コソ泥とおっさん

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18/29

聖なる力 ※黒歴史

「久しぶりにこの五人が揃ったな」



 可愛らしい少年がつぶやく。

 昨日は若者の姿をしていたはずだが。

 なお、二〇年前は美少女の姿をしていた。



「……寝ていたかったのだが」



 ふああと大あくびをする男は無精ひげを引き抜き適当にボサボサ頭をひっかく。


 フケがバラバラ頭から落ちる。


 おっさんのラフスタイルと長髪は本人はラフスタイルで長髪と考えているだけで大抵弊衣蓬髪(※へいいほうはつ)。

 「敝衣」は傷み破れた衣服を「蓬髪」はよもぎのように乱れた髪を指す。要するにキッタネェである。


 二〇年前はリュートを持って『俺の歌を聞けええ』と迷惑だった。妙に器用で足でジャンジャン音を鳴らす器具も開発していた。今では落ちついた職につき立派に若者たちをまとめているつもりらしい。


 余談だが長髪はお湯で洗った後は冷風で丁寧に櫛削る必要があるし服はビシッとした新しい服のほうが良い。もっともこの世界の人間にとっての服の購入は我々の世界にとっての自動車購入に匹敵する。


 ''`ィ(´∀`∩ ヾノ・ω・`)㍉㍉



「君たち。怪しまれなかったのか」



 正義神殿の大神官を意味する服を着た男が呆れる。

 二〇年前は巨大なモーニングスター持って『ヒャッハー』していたとは思えない穏やかさだ。



 最後の一人は真っ黒な服を着ている。



「まだ姿を現すわけにはいかない」


「なにをいっているんだおまえ」

「マジでその恰好怪しいから辞めろ」

「神殿にその恰好で正面から入ってうちのリリに警戒されたじゃないか」



 黒い服を着た性別不詳曰く。



「我ら『ホーリーフォース』が集えば世界征服も可能だ」


「お前まだ言っているのか」



 沈黙を守っていたダッカ―ドが頭を抱えて悶絶している。

 そろそろ生え際が気になる年頃なので髪の毛には触りたくないのだが。



「ほーりーふぉーすwwwwwww」

「うわぁ……」

「思えば若かったなあ」



 何故だよあの頃の気持ちを忘れたかと妙に熱い黒服をハイハイと受け流す少年が「からかって悪かったって」と謝るが明らかにニヤついている。寝たふりをしたい男の脇を神官服を着た男がつつく。

 黒服がダッカ―ドを指さして『お前ならわかるよなあのころの気持ち』と食いつく。



「お前吸血鬼をタイマンでぶっ殺したじゃないか」

「……忘れたい事実だな」



 ダッカ―ドは若く群れるのを嫌がっていた時代にこともあろうに吸血鬼に遭遇し、死闘の末に討ち取ったことがある。実際は相打ちに近くそれを助けたのは今少年の姿をしている当時美少女である。



「薬草投げてどっかいっただけだろうが!」

「知らないねぇ」



 すっとぼける彼もしくは彼女に。



「私のお蔭だからな」



 威張る神官になんというべきか。言葉にならぬ苛立ち。

 彼は『奇跡を扱えぬ権力と腐敗の元凶』と常日頃憎まれ悪意を向けられる男だ。



「殴っただけだろう!」

「よくかわしたよなあ」



 仕留めそこなったとハゲ頭をぴしゃぴしゃする男。

 自分では剃っていると言い張って早二〇年になる。


 しかし『聖なる力』とか若気の至りとはいえ恥ずかしいにもほどがある。

 冒険者のグループ名は他人がつけることも多いが大抵最初は自称である。



 ちなみに本当の意味でダッカ―ドを救ったのは薬草取りをしていた少女である。

 薬草取り仕事をバカにしていたダッカ―ドはその後心を入れ替え薬草やキノコや鉱石素材の見分けを違えぬようになって今に至る。



「その美少女がぼくで」

「適当なことをいうな」


「いや私」

「おまえじゃねえ! 長髪に変な格好の自称剣士な外法使いだろ!」



 隣で歌っていただけだった。


 本人は『あれは傷を癒す呪曲だ』と未だ主張している。



「ワシワシ。実は聖女系」

「お前が可愛く振舞っても無理がありすぎるだろ! モーニングスターブン回しやがって!」



「わたしってことで」

「ない」



 黒服が肩を落とすので慰める羽目になるおっさん。

 この黒服だけは容姿が変わらないが頭の中身も変わらない。残念な子である。

 と言っても皆不惑を過ぎている。



「ぼくは」


「お前は正体を俺たちも知らないし」

「餓鬼族や犬頭鬼に化けた時は討伐しかけた」

「私は『存在自体が邪悪じゃあ』とモーニングスターを嬉々と」

「……将来は私とキミだけになるのかなぁ」



 黒服は何かと傷つきやすいらしい。

 将来の不安で泣きだす黒服にウンザリしている少年。



「今から考えてどうするのそんなこと! まだ先だよ!」

「俺、そろそろ喉痛い。酒と煙草辞めないと」

「ワシは剃っているだけだから!」


「だって! だって! みんな会うたびにおっさんになっているもの! なになにあんなに可愛かったのに何故男の子の格好とかしているの信じられないしそっちはカッコよかったのに汚いし、そっちなんかキリッとしていたのに腹の出たおっさんだしあとダッカ―ド!」



 いきなり指さされておっさんは戸惑う。


 その周りでは自分では未だカッコよくて異性にモテているつもりの現状ならぬ若い異性からの率直な意見という現実を突きつけられて悶絶するおっさんども。



「リンダとはうまく行った?」

「そこそこは」



 黒服の奥の青い瞳がおっさん冒険者を睨む。



「ヤッた?」

「どうしてそんな話題になる!」



 年甲斐もなく顔を赤らめるおっさんに黒服ローブが不満げだ。



「襲って手籠めに」

「していない!」



 黒服の裾が動くとフードで分かりにくいがその褐色の頬を覆う。



「実は夜な夜な変態行為を強要して二〇年になる」

「勝手に設定を作るな! 確かにたまに部屋まで飲みに行くが」



 他の四人の視線が動く。おっさんを除いて。



「なに?!」

「驚異的な進展だな」

「大人になったな。拙僧は嬉しいぞ」

「……」



 ちっと舌打ちする黒服と顔を赤青するおっさん。



「取敢えずなんかうまいものくれよ。悪の司祭様」

「うちにも予算の限りがあるのだが。リリと王都の『ミリアのクッキー』とお前らが寄越した外部監査役が結構無茶苦茶してくれたせいでな」



 支出を知ることで収入に応じた予算が組めるようになる。



「あいつはめっちゃ優秀」

「戦闘でも冒険でも役立たずで男どもに関係強要されかけてブチキレてたけど」

「うちでも言ったな。会計雑務に目覚めて世界が変わったとかなんとか」

「わたし、時々お小遣いの管理見てもらっている……」



 黒服がゆっくり手を揚げるので皆が驚く。


「……まじか」

「国家予算クラスじゃないか」

「竜がブチ切れて襲ってくるレベルじゃないのか」



 紹介したダッカ―ドとしてもちょっとビビる案件である。



「みんなわたしをのこして死んでいくもの」


 財産が溢れるほどあるとは黒服の言葉。

 中には文字通り服だけ残して死んだ奴が多数いる。



「……おまえ、黒いな」

「やべえ」

「ワシも引く黒さよな」



 ダッカ―ドも何故この黒服に気に入られたのか実はよく分かっていない。

 黒服曰く『当時はかわいかった』らしいが。



「だからなぁ。おっさん同士で集まっても面白くねえ。飯のひとつはどうした大神官様」



 若頭が言うので隊長が呆れて鉄パンを懐から出してくる。

 何故今更こんなもん食わねばとリリを呼ぼうとする大神官を黒服が止める。



「たまには良いな」



 鉄パンをナイフで削り穴を開ける。

 容器を魔法で温めてお湯を作ったら適当な草をつけ腐葉土をスパイス代わりにする。

 塩は適度に振る。干したキノコや干し肉をお湯で戻してふやかしていく。



「ワインは良いもので」



 大神官が隠しからボトルを取り出す。

 ワインどころかウイスキーだがどちらもこの世界の言葉では『水』である。

(※我々の世界のwine whisky vodka waterも語源は同じだそうです)


 干し肉の香りとキノコの風味がスープに妙味を加えていく中、大神官が取り出したチューブの中身が注がれる。



「それ、『ミリアのクッキー』がまた開発した糧食か?」

「うちのギルドもほしいのだが元暗殺ギルド関係者が結構いるからなあ。あの店」

「え? なにこれなにこれ?! こんなの私でも知らない! 骨髄スープの匂いがする! ほしいほしい幾ら?! お金はいっぱい出す!」



 いっぱい出すなら剣と鎧買ってほしいなとおっさんがぼやく。

 買うと騒ぎになるので嫌だと黒服に言われたが確かに黒服クラスの財産を管理する能力はダッカ―ドにはない。



「まぁお前が金もなにもいらないとか言い出したときは」

「コイツナニ言っているんだと思いはしたが理解できたよ」

「そうなの? ワシは組織運営するから幾らでもほしいぞ! 裏金でも資金洗浄でもする!」


「……みんなお金使いたいなら融資するよ」



 呆れるダッカ―ド。アツアツのスープを入れてそろそろイイ感じに柔らかくなってきた鉄パンの穴を先ほど削った鉄パンのクズを入れて塞いでいくことで更にしっとりと仕上がる。



「なんか、この鉄パンは違う気がするぞ」

「大抵砂が入っているわ、硬いは固いわと大変なものだったからな」

「良いにおい。懐かしいな」



 お金がなくて厩で食べたなとおっさんがぼやくと明るく笑う黒服。

 馬が好きで黒服も厩で番をしていた。おっさんが見るからに怪しい黒服を好きになったのはそのあたりからだ。



 馬は人間をよく見ている。

 怪しげな黒いローブも馬の警戒心を煽るには不十分だった。

 ダッカ―ドは何度も黒服が馬に蹴られているのをみているが。



 小麦のふやける香りをかいだ若頭が懐からビールパンを出す。

 隊長が良いのを持って来やがってと持参している干し肉を出す。

 ダッカ―ドもチーズを懐から出してもう一つの鉄パンにいれ魔法の器具で溶かしだした。



「あ」



 大神官が呟く。



「今日はリリが夜は特別料理って教えてくれたのだけど、チーズが入っているらしい」



「嫌なら食うな」

「朝から仕事サボってお前らおっさんの顔を見に来ているおれの身にもなれ」

「あなたしょっちゅうじゃない! 昨日も寝ていたよね!」



 液状になったチーズの香りが大神官室に広がっていく。

 聖騎士が異常を感じて踏み込んできてもおかしくはないが今は防音防臭の結界が貼ってある。

 そして神殿の食事助言役兼配膳当番のリリが外を守っている。



「あのおっぱいの大きな女の子、お前の趣味か」

「あんな幼いロリおっぱいに手を出すとは……うらやまけしからんさすが悪の大神官」

「いや、リリは元暗殺ギルドの人間らしいから……たのむからそういうぶっそうなことをいわないで」

「……わたしのほうがうつくしい」



 勝手気ままに駄弁るおっさんどもを背にダッカ―ドは液状になったチーズをかきまわす。

 後ろでは野菜だの干し肉だのパンだのを構えたおっさんどもが今か今かと待ち構えている。



「良いぞ」


 鉄パンを器に温かなスープを啜り、ふやけたパンくずを口元に運び、チーズに各々の食材を突っ込む。

 ふわふわで熱いチーズの濃厚な香りと味に野菜や干し肉などの新鮮味やうま味が増す。

 干し肉をつまんでいるヒマにさっとチーズをのせられる野菜が消費される。

 寒い国なので野菜は貴重だ。皆がその野菜を切ったスティックを争うように奪い取りあう。



「昔もこんなことやっていたわ」



 黒服が懐かしむが当時はもっと殺伐としていた気がする。

 そう思いつつダッカ―ドはチーズをかき交ぜる。



「今日集まってもらったのはほかでもない。

 実はうちの聖騎士が子供の腕を以前斬り落としてね。


 その際にいた異端審問官に代わって新人を法僧として担当にしたのだが。

 ……彼女は成績は良いのだがどうにも聖騎士を止めることが出来なかったようで誠に遺憾なのだが改めて皆の持っている情報を交換しようではないかと」



 話す時は酒を辞めろ大神官。



「うちのギルドも行き過ぎた餓鬼どもは粛清しろってうるせえんだよ。

 お前らもガキの頃さんざんやらかしていただろう。俺はよーく知っているぞ。

 まったく人間ってすぐ都合の悪いことはわすれやがる」


「俺としては正義神殿様だろうが盗賊ギルド様だろうが何様でもいいから静かに寝かせてほしいのだが」

「人間は短命で視野が狭いから仕方ないのかも」


 そういいつつもぐもぐパクパク。

 ミルクがほしいと黒服が言うのでついであげるおっさん。



「ダッカ―ドが私にミルクを」

「下ネタはやめろ」



 つまらなさそうに頬を膨らませる黒服にダッカ―ドはグラノーラを追加する。

 煎ったり油で揚げた麦は香ばしくて美味しい。そこに糖が乗っていればなおさらだ。



「このポリポリするのって保存容器があるの?」

「ある。袋状だ」



 良いのを次々人間は作るねと黒服が呟いてミルクとグラノーラを食べる。



「あ、すごくおいしい。もういっぱい欲しい。干し果実の果肉がたまらない」

「ワシもくれ。うちの神殿の若手が開発した喰い方なのだが」



 大神官はヨーグルトをたっぷりとそれにかけていく。

 おっさんどもの目の輝きが変わっていく。



「うまそうだな」



 大神官がふふんと鼻を鳴らして指を鳴らし焼き立てのパンを持ってこさせる。

 防音結界は解除したらしい。



 ふんわりとした温かい湯気と香ばしいパンの香り。

 それを持ってきた細身と呼ぶにはあまりにも痩せた少女。ただし胸は極端に大きい。



「今日も綺麗に焼けましたけど……レーズンを入れてみました」



 そんなのおいしいに決まっているじゃないか!


 甘酸っぱく香るふかふかのレーズンパンに五人の元冒険者たちの目が輝く。



「寄越せ」

「俺にも」

「私が先」


「いや、おれもほしい」



 ダッカ―ドが呟くより早く四人は熾烈な争いを開始した。

 こればっかりは二〇年前と全く同じ動きだった。

 この場にリンダがいたら呆れているだろう。

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