浮き上がる旨い菓子
「これが、ケーキ?」
リンダの疑わしげな目つきに戸惑うダッカ―ド。
「前に会った若者が教えてくれた」
「(* ̄- ̄)ふ~ん」
おっさんは小麦粉から小石や砂を取り除くため何度もザルや布で越し均質にしていく。
これを行うだけで食べやすさが大きく変わるが多くの人はやらない。
「なになに見せて」
大人たちに媚びを売るのに飽きたジャンヌがおっさんのズボンのすそを引く。
おっさんの毛の生えたケツが見えた。誰得。
「ジャンヌ姉ちゃんって」
「ちがう! ちがうの!」
卵はとにかく巨大だ。
くぎ抜きでとにかく殴って穴をあける。
「なんの卵だよ」
「コカトリスだな」
確かに見た目は鶏に近いが石化能力を持った危険種である。
卵と砕いて丁寧に粒にした精製の荒い砂糖を手慣れた動きで混ぜていくおっさんの脇で子供たちが甘い卵を舐めるべく手を伸ばそうとするが台が高くて届かない。
「ばっちいからやめろ」
「おれら、たしかにばっちいが」
おっさんは苦笑する。
「そういう事じゃない。他人の唾をお菓子に混ぜると味が落ちる」
「そうなの?」
おっさんの説明によると匙一つの違いで味が激変するのがお菓子らしい。
そうしている間にコカトリスの卵の臭いが黒砂糖の雑味部分と石化防止草の根のスパイスで甘い香りになっていく。
「適当でいいと思うけど」
「出来が毎回変わるのはよくない」
例えば『ミリアのクッキー』は常に同じ品質で腐敗しないしそこそこ美味しいから兵士や冒険者、子供達の支持を受けている。
もっともこの世界のクッキーは塩味が多い。
同様にコカトリスのラードを加える。
ジークもよく知る猛毒だが肉を土に埋め込んで処理すれば風味付けに最良のバター代わりになる。
岩塩も少量混ぜる。この岩塩はとあるドワーフ鉱山でとれたものでかの鉱山では塩の芸術作品が数多くみられる。
「毒を抜ききれなかったらどうなるの」
「『コケ―!』しかしゃべれなくなる」
「ウケケ! ウケケ!」
大変だ。子供たちが恐怖する。
一人半生のお化け林檎食って『ウケケ』としかしゃべれない奴いるし。
子供たちはできる途中のお菓子を横から食べるのを断念した。
小麦粉とプカプカ粉を混ぜるおっさんの手つきを眺める子供たち。
いたずらで尻をつこうとするものを誰かが止めた。
ここで材料を散らされたらたまらない。
あっちでは女店主が小さくブツ切りにした肉を小麦粉と卵で作った衣で繋いで大きく固めてから揚げているのでそっちに向かいたいがさしものリンダも火傷するといって入れてくれなかった。
「ここまでやったら冷暗所にて30分寝かせる」
「寝るの?!」
ほうっておくってことだよとジャンヌ。
地味に料理に造詣があるらしい。
30分後。
「くってなかったのか」
「食って良かったのかよ。我慢してやったのに」
リンダの出したケーキを口元に張り付けて偉そうな子供たち。
そのリンダは揚げた魔物肉の匂いにあたって少し休んでいる。
魔物のラードを手に直接塗るのはあまりお勧めできないが実害らしい実害はない。
「コケケ!」
「大丈夫か!?」
「じょーだんでーす!」
おどける子供に呆れるおっさん。
魔物のラードを手に塗ってふざけ合う子供たちは先ほどリンダにサウナにぶち込まれた。
手を綺麗に洗った上でラードを塗った手で生地を丸めていく。
固さはやや緩いクッキー生地程度。
潰した焼き芋を加えて風味を増す。焼く前の芋が勝手に動き回っているのはご愛敬である。
「こいつ、マンドラゴラじゃ」
「似たようなものだな」
マンドラゴラなら猛毒だがこれは足が生えているだけと説明するおっさん。
普通は芋に足など生えない。
「言っておくが投げるなよ」
早速なにかわからない原因で喧嘩を始めだした子供たちに釘をさすおっさん。
そうやってできた丸い生地を先ほどリンダが使った油の残りで揚げていく。
じゅわ。ばしゅ。ボーン。
「うぎゃあああ」
赤紫の煙が膨れ上がって魔物の断末魔が聞こえるので子供たちが『ひょえ?!』と叫ぶ。
「実害はない」
「普通に怖いよ!」
魔物由来のものを使うのは冒険者くらいだがコスト削減になる。
普通に薪や油を使うととんでもなくお金がかかる。
ふつふつと油が踊る。
その中で生地がきつね色に染まり大きく膨らんでいく。
試作品をおっさんが取り出した。
「なにこれ、モーニングスター?」
「確かに武器に似ているが、これは縁起のいい食べ物らしい」
よこせよこせ。いやいやここは平等にと言っている間に誰かが奪って口に。
「あまっ!」
「うまいのか?! うまいのか! 吐き出せ食わせろ!」
まだまだ揚げるからと苦笑いするおっさんの脇で相争う子供たち。
低めの脂の温度で揚げ、好みの強めの温度で揚げて色を付けると同時に中はモチモチ。外はカリカリに仕上がる。
これを教えてくれたトウイだかいう青年は元気だろうか。
「よこせ~!」
「よこせー!」
「くわせろー!」
小さなギャングどもに『火傷するから直接手で持つな』と伝えて盛り付けていくおっさん。
低温の油で揚げると丸い生地が徐々に割れて膨らんでいく。
小さな気泡があがり、もちもちと膨らむ生地のひび割れはまるで笑っているかのようだ。
「花が咲いたら熱い油で色を付けて完成だな」
おっさんが次々盛り付けていくのでそれを横から奪う子供たち。
忠告どうり直接持たないようにした。その脇で酔った若者たちが子供たちと熾烈な競争をしている。
「つまみ食いをするな」
「とられる前にとる!」
「食われる前に喰う!」
後でどうなっても知らんぞ。おっさんの忠告を誰もきかない。
「お前たちも盛り付けを手伝え」
「おっさん! 俺たちの仕事は食うことだ!」
(`・∀・´)エッヘン!!
<(`^´)>
<(`^´)>
(´・ω・`)
子供達はさておき大人まで。
おっさんは黙々と揚げケーキを作っていく。
プカプカ粉の食い過ぎで浮いてしまうやつもいる。
「ちょ?! 俺飛んでるし!」
「あ、いいな。僕も僕も食べる食べる」
サクサクの生地にモチモチの中身。
たっぷりと加わった糖蜜により保存が効くこれは非常食として非常に有効だ。
おっさん曰くこの揚げケーキは女性を意味する食べ物らしい。
同じく男性を意味する食べ物として先ほど肉が無くなり生地だけになった揚げ物の生地を揚げていく。
油がはじける匂いを嗅ぐと何故か笑いが出てしまうのは魔物脂の影響か。
「とある島での結婚の食べ物らしい」
「こっちの男料理はあまり甘くないな」
揚げ物の生地だけだから仕方ない。
いっその事とおっさんは魚や魔物など残った食材を次々と揚げていく。
「脂が汚れるからあまり良くないが」
この世界では気にするほうが稀である。
じゅわじゅわと音が鳴り、プクプクポンと奇声を発して膨らんだおなかを抱えて踊りだす冒険者たち。
乾いて張り付いたエールを水で溶いたのに飽き足らず店のビールパンを軒並み出してくる少年たち。
「ぷくぷく……ぽぉーん!」
「あはは」
プカプカ粉と水、雪と砂糖を混ぜた子供用の飲み物と共におっさんは子供たちに揚げケーキをごちそうする。
じゅわじゅわと気泡が出て口の中を刺激し、脂味をスッキリさせてくれるだけではなく。
「おなかふくれる! めっちゃふくれる!」
「なにこれなにこれ。おなかが魔物の胃袋風船みたい」
プカプカ粉を使ったせいで身体が浮き上がる。
プカプカ粉は我々の世界ではベーキングパウダーのようなものだが魔物由来なのでこのような追加効果がある。
「俺たちが食料として持つ場合ここまでプカプカ粉を入れないが、今日は特別だ」
「ちょ、ちょ、おれも浮きたいからおっさんもっとくれ」
喰い過ぎは良くない。
なんせプカプカ粉を食べ過ぎるとまん丸の風船みたいになるのだ。
先ほどからつまみ食いを繰り返した子供たちはみんな酒場の天井を顔で磨いていた。
「今度から料理中のつまみ食いは禁止だ。場合によっては危険だとわかっただろう」
「わかりました」
若者や子供に体験で教える男。ダッカ―ド。




