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おっさん冒険者の脱英雄譚  作者: 鴉野 兄貴
コソ泥とおっさん

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16/29

『帰路の誘惑』亭で

 ふわりとした歯ごたえから入る。



 バリパリと小さく割れる音から温かい肉汁の味。

 柔らかい香草の匂いが甘味を増す。ほのかな苦みは腐葉土が入っているからか。



「うめえ」

「うめえ」

「うめえ」


「ビールビール」



 今日は水で溶いたエールではなく、ビールパンを漬け込んだ氷から作った飲み物で。

 苦みとうま味、突き抜けるような刺激。胃袋を無理やり拡張するよな悦楽。



 氷にビールパンを放り込むとあっという間に融け、大きな泡と共に爆発音がする。

 スポォン! スポォン! スポォン!

 その木製ジョッキを片手に若者たちがそれをぶつけ合い、一斉に器をあげた。



「聖騎士に勝ったぞ!」

「もう見習い返上だ!」



 余談だが鎖帷子はどうやって洗うのか。

 答え。補助の板金を外し砂にぶち込んでグルグル回して洗い、砂を払う。


 補助の板金はドワーフ火酒を霧吹きでかけて防錆処理する。


 それでもついたウンコや小便は最悪精霊使いの『浄水』のお世話になる。

 冒険者の革鎧は水ですすいで木の渋や我々が知っているところではシャンプーやリンスのような薬液で洗浄保湿なめし処理をする。



 勿論剣や盾の手入れには金も手間もかかる。

 これが出来ないと冒険者と言えない。


 若者たちにこれができるかと言えば、否。



「……」

「……生きて帰ってくれてそれだけで嬉しいけどさ」



 取敢えずリンダを囲んでの乾杯まで女店主はあえて文句を言わず若者たちを褒める事にした。



『リンダおっかちゃんっち! おいっすー! わたすら夕方から完全に聖騎士とクパーンしてマジマンジワイのワイのでよいちょまるさしこれからビルるからよいちょまるすぎてつらたにえんってことでよろ! あと明日は完全になでなでペインペインでつらみ深くなって一日中スヤァするからシーツもよろ!』

「……よくいきのびたね。怖かった? 他に怪我はない? 後のことは店についてから話してください」



 リンダの店に『風の声』に乗って若者たちの言葉が届いたのは日没直前だった。

 取敢えず全員無事らしいのでリンダは大きなため息が聞こえないようにしつつやっとのことで『返信の封筒鳥』にそれをしたためて送った。



 そしていま。貴重な紙に書かれたカードは若者たちが掲げ持ち、字が読めるものが何度も読み返して喜んでいる。



「え? 何を言ったのか俺にはわからなかったぞ」

「おっさん。『リンダおっかさん。俺たちは夕方から聖騎士と戦い、大勝利を収めて最高な気分だ。今からビール飲むから準備して! もう辛いくらい嬉しい。だから宴会してくれ! 朝は頭痛で動けないから一日中休むだろう。シーツも替えておいて』だよ」



 ちゃんと5W1H揃っているじゃないかとジーク。

 頭を抱えるダッカ―ド。



 さっき小便垂れ流していたとは思えないほど喜んでいる冒険者の卵たち。



 取敢えず勝ったと彼らが根拠のない自信を持ったのならそれをぶっ壊すのは避けるべきだとおっさんは自制した。



「いや、おっさんもマジマジスパぁ! だったから今度から餓鬼族の柵超えるなよ!」

「『さっきみたいな危ないことをするな。ガキかよ』って言っているぞ」


「それはわかるよ。ジーク……」



 少し遡る。


 ダッカ―ドとジークは勝利に沸く若者一〇名に引きずられるように歩く。

 足元の泥が徐々に石混じりになり、ボコボコした縁石が時々当たるようになる。

 誰かが縁石で底のついていない革靴をぬぐう。

 一人が襟元のマントのボタンを留め直す。


 何かを揚げる香りに釣られて沢山の旅人たちが祝杯を挙げる声がする。



『YEAST!』



 慌てふためく若者たちがなけなしの魔法の力で『浄水』を自らにかけて整備された路をかける。

 ガチャガチャと緩んだ留め具が鳴るのも聞こえないかのように。



 扉を開けて一〇人の若者は叫ぶ。



「おっかさん! 帰ったぜ!」



 そして語られる武勇伝の数々を不愛想で有名な女店主はかすかに微笑みを浮かべて『今忙しいのだから後にしな』という態度を装いつつ『そいつはすごかったね!』『よくやった。えらいよ!』とほめる。



 若者たちが酒の力で自分たちの醜態を忘れるまでの間にリンダの事情聴取はダッカ―ドとジークとビナや子供たちに及んだ。



 酒の入っていない第三者の証言と照らし合わせるのは基本である。



「……まったく。無茶するんだから」

「地味に隊列を習得していて驚いたよ」



 飛び道具でとにかく敵が近づくのを抑え大柄なものが盾を持ち攻撃を防ぎ視界を奪い、その隣で両手武器持ちが威嚇し、小柄で敏捷性に優れる『くぎぬき』ことジミーが空中から奇襲をかけ、弓や魔法で足元等を狙い援護する。


 震え怯えながらもそれを身体が覚えていたらしい。

 魔法の代わりに魔法使いの杖が投げられたのはさておき。



「あとで酒がさめたらちょいと釘さしておく」

「ほどほどにな」



 ジャンヌ達が一斉に手を伸ばしたので苦笑いした女店主はそれぞれの掌にお菓子を渡す。

 ジャンヌ達は普段ならそれを集団強盗したり一人の子供の貰ったものを奪おうとするがあえて辞めた。



 ジャンヌ達からすれば『告げ口しやがって!』と若者たちに言われるのだから報酬を求めるのは当然だ。

 そのジャンヌ達はというと今若者たちの適当な自慢話をハイハイ聞き流して媚を売り、めっちゃ可愛がられて食い物をもらっている。



「あいつら、ビールパン代なんて持っていないだろ」

「まぁたまにはいいだろ。おやっさん……先代もこういう時はくれたし」



 今月は赤字じゃないかとため息をつく女店主のいい香りをする肩越しに見える染め切れていない白い髪の生え際に思わず手が伸びかけて止まるおっさん。

 引っ込んだ手の直後に彼女の視線が来る。



「代わりにアンタに言う」

「え、えええええ?!」



 なんだその恰好はそのボサボサ頭と魔物脂と加齢臭の混合で女が興奮するとかワケのわからない性欲喚起剤とチケットで私がなびくというかババアさそってどうするんだ若い子はいないのかあとわかいののまえで腕を差し出したとかなめんなアホか若いのが謝罪のために自傷するとかアホかますことがあったら責任取るのかそれからそれから。


 若者言葉で事務的な連絡を行わず、口語ではなく文語で行わないと貴族に舐められるので指導すること。



 最後にリンダが言い終えてダッカ―ドは崩れ落ちた。



「悪かったよ」

「謝らなくていいよ。ありがと。おかえり」



 これを二〇年続けてきた。

 何度かもう二度と逢えないと思ったこともあるが続いていた。

 できればずっと。



 聖騎士がいるということは王国法に通じた法僧やひどい時は異端審問官がいるはずだがこの場合ダッカードと隊長や知人であるためなんとかなる。向こうの通報が早くとも反論の証拠を隊長がもっている。事後の手間暇を思いやりおっさんは女店主に告げる。



「お詫びを込めて今日のケーキは俺が焼くよ」

「……一応用意しちゃいるが、まぁやってみな」



 おっさんは厨房で魔導器具を準備し、貴重な魔導石をセットする。

 程よく燃えた炎が鍋にぶち当たり、固形物だった魔物脂が液状になっていき泡を放つ。

 この魔物脂は料理油のほか燃料の代わりにもなるが耐性のないものが嗅ぐと性欲を喚起させるが枯れた二人にはあまり意味がない。


 耳にかかった白さがついた髪をかきあげ息を漏らしつつ共に炎を眺める。若い時話疲れた時はこうしていた。



「店燃やすなよ」

「わかっているって」



 炎の具合を二人で確かめ合っておっさんは具材を投入する。

 二日柑橘と塩と甘味大根で仕込んだ肉に木製の鋲をさして柔らかくしブツ切りにしたものに卵に小麦粉。


 油がはじけて赤紫の煙がはじけ『ぐわああ』とかの魔物の小さな断末魔が再現される。



 おっさんは事前に肉を防水できる魔物の胃袋から作った密閉袋に入れていた。

 これはこのメニューを作ることを決めた見習い神官ミルクとのやり取りで思いついた。


 適度な糖分と塩分で下処理した肉を一度熱湯の入った鍋に漬け込んでハム状にすることで本来は固くバサバサな魔物肉が肉汁たっぷりのハムになる。それを衣をつけて揚げるのだからたまらない。



 魔物油の欲を掻き立てる香りに聖なる香草の匂いが加わり各香辛料をおっさんがとってきたのを惜しげも無く投入。

 貴重な油と炎とで柔らかくカリッとやきあける頃には店内は満員御礼。


 詩人や踊り子が慌てて注文しつつ肉を咥えて歌を歌いタンバリンを鳴らす。

 それに冒険者たちの鎧や剣や盾を鳴らす音が加わって肉を焼く香りを満喫しつつ待望の料理を口に運ぶ。



『Yeast!』



 女店主に引きだり出されそうな娼婦の営業と子供たちが水の盃を鳴らし、子供のお菓子を大人がもらい大人のつまみを子供が食べる。



「まだまだありますよ!」



 小さな看板娘が駆け回る。

 今夜はきっと眠れない。

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