表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おっさん冒険者の脱英雄譚  作者: 鴉野 兄貴
コソ泥とおっさん

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/29

正義神殿の感謝ご飯

 法僧ミモザ嬢は自分が嫌になっていた。



 うっかり泥棒を憎む聖騎士の前で失言してしまい修羅場になった。

 法僧でありながらもめ事を収めたのは普段寝ている兵士長だった。

 そして人形。



 内心落ち込んでいる法僧だが神殿生活は集団生活。

 プライベートと関係なく飯の時間がやってくる。

 ましてや正義神殿の崇める神は秩序の神だ。

 時間には厳格である。


 重い足を引き摺ってと言いたいが嫌でも走るように食事の準備をする必要がある。



「走るってレベルじゃねえ!」

「言葉遣いを正せと常日頃言っているだろうが十二番レィ・カシム!」

「料理なんてできないって言っているのに何故私が窯番を任されげほげほ」



 準備を免除されている者であっても時間が過ぎたら食べることはできない。



 神への感謝の祈りと共に口に運ぶミモザ嬢。

 白を基調とした食事に各種の彩が加わった食事である。

 食欲がなくても食べないと。



 動物の骨髄や野菜くずを煮てとろみを出した白いスープを舐めるように口に運ぶ。

 そして。



「神よ。今日の糧をありがとうございます」



 思わず感謝の念が漏れるほど美味しかった。

 ある種の木の根から抽出したとろみを出す粉を入れているようだ。

 しっかりザルで超してあるためとろみがあるのに喉を通りやすい。

 塩加減は控えめだが野菜にキノコに隠し味として一部の海草の味もする。


 王都からレィとクランツ老が来てから食事のレベルが上がった。

 なんでも知人にやたら料理の上手い半妖精がいるらしい。



 白いパンはなんの抵抗もなく指先で千切ることが出来た。

 王都で事業を始めたクッキー屋が開発したパンである。

 正義神殿とは正規契約を結んでいるので職員が派遣されて指導してくれている。



「リリさん。今日もパン、最高に美味しいです!」


 次々と見習い神官たちが賛辞の言葉をあげる。

 職員席にいた少女の頬が赤らむ。


「食事中は神への感謝のみにとどめて静かに……といいたいのですが作った人や食材に関わる方に対しては最大の賛辞を与えて結構です。ミルク姉妹。窯番を任せて正解でした。明日も頼みます。リリさんがきて本当に毎日が楽しく過ごせています。出来たら王都に帰らずにいてほしいですね」

「リリさんありがとう。うえええ……乙女の顔が真っ黒になる……でもリリさんのパンは習得したい」



 無口で有名なパン焼き職人だがまだ若い娘であり表情は穏やかだが顔色はわかりやすい。

 褐色というには少し黒い肌なのでわかりにくいが真っ赤になって照れている姿が可愛いと若い男性神官に人気がある。

 本職であるクッキーを焼いても格段に美味しいため神殿を出る時のお弁当が楽しみでしょうがないと神官たちは口々に賞賛している。一部の男性陣に関してはリリの御機嫌取りもある。



 正義神殿のお弁当は保存のきく焼き締めクッキー三枚、水もしくはミルク、干し肉もしくは野菜などを固めたスティック状のレーションだけ。



「昨日は甘いクッキー、一昨日はちょっとしょうが入っていたけど甘かった。その前は塩クッキーだけど甘い甘い干しブドウと歯ごたえが最高だった」

「その日の任務に合わせて頭脳労働は甘めだったり肉体労働には塩やナッツを混ぜたりします」



 ノウハウは惜しまず提供してくれるリリなので異教徒の神殿でも技術指導している。


 特に昔から戦神神殿や慈愛神殿と関係が深かったらしく当初は正義神殿と聞いて本人はいやがったらしい。



「うちは荒くれ聖騎士がいますから」

「その零番ビーネは食事なのに何処に」


「体調がすぐれないようです。あとで持っていきます」



 スープに添えられたニンジンの切れ端や緑の葉(※パセリに似ているが泳ぐ)も心を温かくしてくれる。メインディッシュは野菜と豆をバターで炒めた粗末なものだがその周囲を赤も少し混ぜたサラダが華やかで見ただけで美味しそうでたまらない。



「なんの意味があるのだろうと初めは」

「一番クランツの奴、本当にうるさいからな」



 その聖騎士は一言も発せず時々自分の指導対象である一二番を優しく小突いている。



 職員や見習い神官たちや法僧、上級神官たちが食事を軽く済ませて水で軽く指を清めているとお待ちかねのクッキーと新鮮なミルク、果実が登場する。



「前は実家の寄付額に応じたものだったのに」

「予算は前より控えめらしい」


「貴族出身だけど自室で食べていた前よりずっとずっと美味しい……実家帰りたくない」



 しゃくっと歯ごたえのする果実。

 酸味のある柑橘。

 あまいあまいベリー類。


 ミルクを発酵させたチーズやヨーグルト。

 バリパリした麦やナッツを炒めて油で揚げたのに干した果実を加えたものは我々の世界でのグラノーラに近い。



「よっと」

「こら! 一二番!」



 なんど注意してもこれにヨーグルトやミルクを注ぐ癖を持つ聖騎士見習いがいるせいでこれが定着してしまった。

 今や貴族出身のものも楽しみで仕方ないと漏らすほど。



「だって食べやすいだろ」

「実際美味しさが増します」


 しゃくしゃくポリポリ。聖騎士は食事中でも気が抜けない。



 正義神殿の関係者は神の道を歩む以上摂食に勤めなければならないので制限はあるし量自体はそれほどでもないが内容に不満があるものは激減した。



「彩とか、あえて不味い味をわずかに仕込んで美味しさを引き出すとかリリさんやレィやクランツ老が来て変わったよね」

「先代の聖女様が偉大だったからな。下働きを含めて皆で美味しい食事を食べ神と食事をつないでくれた信徒や担当に感謝する。それだけでひとの心はだいぶ救われるって。ああ邪神の化身と相打ちになったりしなければ」



 小声ではしゃぐ法僧仲間の前でグラノーラ(※仮称)を口に運ぶ手が止まっているミモザの背を誰かが叩く。



「ミモザ姉妹。食事の手が止まっていますよ。手早く片付けることも神への感謝の祈りです」

「はい。ネリ姉妹」



 人形を抱きしめて離さない幼女のことで頭がいっぱいだったのに美味しいご飯をたべて少し気分が紛れてしまった。


 手早く食器代わりの布をまとめ、洗濯班に渡すと各々のカップを回収し釜を片付け薪を揃える。



「今日のご飯おいしかった~~」

「明日はなんだろう」

「楽しみ! ねねリリさんちょっとだけ! ちょっとだけでいいから明日の献立教えて!」



 詰め寄る下級神官に戸惑う細身の女性。

 彼女は他人に触れられるのを異様に嫌がる。



「朝はグラノーラが出ます。昼はクッキーが出ます。夜はパンではなく……あ」



 その彼女は時々失言をするがこの失言が可愛いと男女共から評判だ。



「麺ですね! 麺!」

「楽しみ!」

「明日の務め、早く終わらせないと!」

「……一品料理ですのであまり量はありません。ですが必ず帰ってきたほうが良いと」



 麺ではなく小麦粉の練り物の乾物を戻したものにホワイトソース及び各種野菜と粘り芋にチーズをかけて焼く料理なのだが彼女たちはまだこの味を知らない。



 片付けを免除してもらえると上機嫌でビーネへのお弁当を多めに確保(※多くは着服する腹積もりであろう)する見習い神官ミルク嬢を捕まえミモザ嬢は連れだって女聖騎士の自室に向かう。


 本当は三人とも部署が違うのであまり関われない筈なのだが最近は組織内の風通しが良い。特に今の小都の司教は温厚で理解力のある人物である。気弱でハゲていて『使途』にあらざる神官であるがこの組織では珍しくもない。



 その男はしげしげと食事を眺める。『まだ湯気がある』。


 自分がいる限り絶対暗殺まして毒殺はないと言い切ったリリを信じて口に運ぶ。

 暖かい食べ物がここまで美味しいとしらなかった。

 神殿内は勢力争いの場であったのに食事一つで全てを変えていった『ミリアのクッキー』から派遣されてきた元暗殺者。


 その正体は折れそうなほどにきゃしゃで小柄で恥ずかしがり屋の少女だった。



 薪が貴重なこの世界では本来なら骨髄スープなど王族でも常食にしづらいが特殊な魔物の内臓にスープのエキスだけを練り物として詰め込むことで『お湯を沸かすだけで』神殿全員に同じ豪華なスープを与えることが出来る。


 もちろんこの手法ならば毒殺の機会はほぼない。『艶月の雪』では入手しやすい綺麗な水をお湯にするだけでスープになる。


 予算が少ないのに異様に書類上は経費がかかっていた食事部門を経費を計上したグラフを用いて解決した少女の後ろ盾は以前壊滅した暗殺ギルドとの関係を疑われたオルデール家。



「おそるべしは『車輪の王国』の糧食を支える『ミリアのクッキー』。

 ここ数年の王国の危機に対して兵士たちの胃袋をつかんだだけのことはある」



 そして口に匙を運ぶ。



「というより、おいしい。神よ日々の糧に感謝します。我々とリリを引き合わせてくれてありがとう」



 一人自室で食事する大司祭。

 ここにも自室で一人の聖騎士がいる。



 外でドアを叩くミルクと部署が違うため声を控えめに控えめにして呼ぶミモザ。


 うるさい。



『食べましょう。感謝の祈りを込めて』



 うるさい。今更食べるのは嫌だ。

 それならあの日なぜ兄姉に与えなかった。神よ。



「ビーネさん。本当にいないのですかー。食べないとしんじゃいますよ。わたしビーネさんのオバケとか嫌ですよ〜」

「零番。食べないならもらうぞ。ああすみません一番!? いでで!」

「ビーネ姉妹。扉を開けてください」



 うるさい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ