窃盗は悪戯に入るか
「あ、やっぱなしで……ふがっ」
法僧は思わずつぶやいた。
その前に彼女の顔面に馬糞がさく裂したが。
「泥棒の仲間ですね」
浮浪児の集まりであるジャンヌ達は聖騎士をみて脱兎のごとく逃げる子が半数だったが中には馬糞や小石を手に取るものがいた。
一年前にリーダー格の腕を斬られた子供たちとその腕を切り落とし凍死に追いやった聖騎士はここに対面した。
「おい、聖騎士に石なげんな?!」
そういう冒険者の一人も子供たちに加勢しどさくさで投擲した。
思うところがあったらしい。
ダッカ―ドに取り付いていた子供たちは彼から一気に離れ一人は隠れ一人はゴミを手に取り馬糞を拾いまた一人は逃げる。ゴミ箱や大型ごみなどを臨時の盾として思い思いに聖騎士に向けて投げつける。
「ジャン兄ちゃんのカタキ!」「しんじゃえ!」「どっかいけ!」「ふえええんこないで」「いやだいやだ!」
盾を手に全身武装する聖騎士に子供の投石はほぼ意味がない。
これが投石器を用いたのならば結果は変わっただろうが彼らの攻撃は聖騎士ビーネの鎧を汚したりするだけで終わる。
女聖騎士は法僧であるミモザの前に立つと適当な布を投げ、ふき取ることを促しつつ背後の見習神官ミルク嬢を全身でかばいつつ時として馬に石が当たるのを避ける。
適当な投げるものがなくなった時点で馬糞や泥にまみれた聖騎士が子供たちに告げる。
「泥棒は……『汝……』」
「やめてくださいビーネさん!」
「ちょっと、大人げないから! ビーネやめて!」
そこにずいっとさえない男が現れた。
中途半端に綺麗な服はあちこち馬糞がついているし、髪は油を下手くそに塗ったのかテラテラのボサボサだし、無精ひげは剃り残しているし、腰には鉈という冴えない風貌の男だ。
勿論ダッカ―ドである。
「……やめてください」
おっさん冒険者は鎧兜越しにビーネの目を射抜くような視線を向ける。
「この子たちを斬るなら、私の腕を差し上げましょう。
おい! みんなそれでいいよな!」
いいわけねえだろ!
ジークのみならず冒険者たちもそう感じたがおっさんの放つ静かな怒気に動けない。子供たちも一瞬動きを止めた。
「ジャンヌ。気持ちはわかる。今日は俺の腕一本で収めてくれないか」
「そうだな。おっさんの腕で済むなら。こんな喧嘩したあとの状態でケーキなんて食っても旨さ半減だもんな」
茶々を入れるくぎ抜き冒険者にジャンヌは噛みつく。
「……いッ……いいわけないでしょ! 間抜けのおっさんは関係ないもの!」
息が荒くなり涙を流し動けないほど投擲したジャンヌだが息が出来ずそれでも何とか声を出すことが出来た。
「ジャンと私のはなしだもの。おじさんはだまっていてよ!」
息も絶え絶えに膝をついて泣き出しそうなジャンヌ。
子供たちを後ろに回し剣を抜きだす冒険者たち。
「……わたしにその未熟な腕で勝てるとでも」
聖騎士は兵士一〇名をあっという間に切り伏せることが出来る。
酒場でぐだをまく半端な彼らでは鎧袖一触される。
実際、聖騎士の剣圧を前に若者たちの両腕は震え、膝は笑い、剣先は定まらず、歯はガチガチなり顔は青い。
「勝てるかどうかはかんけいねえ!」
剣を手に先ほど家具の下敷きになりかけた冒険者が叫ぶ。
落第魔導士が何度も武器強化の術を唱えようとしてどもってしまいかけられない。
「俺たちはあんたをとめてあげなきゃなんねえんだよ!」
「とめて……あげる?」
剣に手が伸びる聖騎士の手もとが止まる。
途中で魔法を唱えるのをあきらめて杖を投げつけ投擲武器にする魔導士。
「どんなに腕が良くても強くても女を泣かすガキは出入り禁止なんだよ!」
「腐っても俺たちはリンダおっかさんの店の冒険者だから」
「泣いている女はほっておけねえ」
「俺たちは……」
手入れの悪いおんぼろの剣を抜くもの、なくした杖の代わりに投げつけられる泥をすくう魔導士、盾代わりの鍋の蓋を構えるもの。
「自由の体現者、『最初の剣士』を継ぐ」
「冒険者だから!」
ガタガタふるえ、何人か失禁をする中でも明確に敵意を見せる青年たちに何かを言いかけたようだが態度を改め呆れたように肩をあげて見せる聖騎士。
「その言葉、我ら聖騎士に対する侮辱か。乞食に落第魔導士に強盗崩れ、ドブさらいがせいぜいの半端ものが『最初の剣士』を名のるか」
身を固くする子供たち。恐怖とわずかな誇りがそれ以上下がる足を止めた。
剣先が、盾が聖騎士に向かおうとする。
「なら」
抜刀。白い刃が彼らを映す。
腕はふるえても、恐怖で涙が出ても視線は動かず若者たちは子供たちを守るように立つ。逃げようと腰が引けても動かず前に逃げるようによたよたと。
「おれたちは」
「『夢を追』」
「そこまでだ」
寝ぼけた声と共に一人の男が乱入する。
おっさん冒険者と同じく無精髭にボサボサの髪。着崩しせずキッチリ隙なく着込んだ使い込んだ鎧。
「『最初の剣士』さまだか聖騎士さまだろうが知らねえが、街中で剣を振り回すのは公共の安寧を担う王国兵として許せないのだが」
隊長だった。
「聖騎士殿、なんの騒ぎですか」
「泥棒とその仲間だ」
ボリボリ尻をかきつつ隊長がビーネを睨み上げる。
今日は馬にも乗っていないらしい。
その視線が子供と言ってよい若造どもと彼らに取り付いて目を閉じる子供たちに注がれる。
「子供相手に……うちの檻や刑務所がいくつあっても足りやしねえ」
「だから斬る。手早い」
おっさんをはじめとする冒険者たちが身を固くする中、隊長と聖騎士のやり取りが続く。
もう一つの当事者である法僧ミモザ嬢とビナは修羅場を前に息が止まってしまっているようだ。
「俺としては治安が良くて秩序がほどほどあって国民がある程度笑える状況なら寝ておきたいのだがそうはいかんようだな」
「……きさまが良い陽に仕事をするならもう少し我々の仕事も減る」
面頬の馬糞をかちんと小さい音をさせて手甲で拭いながら聖騎士が告げると『それについてはマジごめんなさい。こんごともよろしく』と苦笑いする隊長。その視線が旧知のおっさんに伸びる。
「で、ダッカ―ド。どうする」
「ここは私に免じて、皆矛を収めてくれませんか」
ダッカ―ドは隊長の静止を無視して一歩進み寄る。
馬糞を踏んでちょっといい革靴がもう台無しだ。
更に一歩歩みビーネの剣先の間合いに肩を、そして頭を入れる。
「おねがいします」
「……」
聖騎士も動かない。
「煮るなり。焼くなり……揚げるなり!」
剣と呼ぶにはあまりに鋭い聖騎士の剣を指先が傷つくことも問わずつかみ上げ、首筋に自ら当てて彼は告げる。
「あげる?」
「揚げる……!?」
「からあげ?」
「あげ?」
一瞬冒険者たちや子供たちは呆れた。
そこに隊長の手拍子がなる。
「はい。引き上げ。お前ら解散」
「……って、ことがあって、超こわかったです!」
夜になってここは正義神殿。
女聖騎士ビーネや法僧ミモザとサウナから出てきた見習神官ミルク嬢は知人である聖騎士見習いと駄弁っていた。
「ビーネさんは子供の腕を落とそうとするし! ダッカ―ドさんは……。
あ、ちょっとこわすぎてわらけてきた。揚げるとか」
自分の馬に飼葉を与え、自らの鎧の手入れを行うだけでも忙しいのに臨時の洗濯まで任された少年はそれどころではないのであるが。
「まぁ、たまにある。てかおまえ、下着を俺に洗わせるなよ」
「悔しいけど脆いものの洗濯はレィが一番上手……あ、いくらたまっているからってわたしの」
頬を染める少女に冷たい視線を向ける聖騎士見習いの少年。
聖騎士にしては表情多彩なのは未熟さと若さの証明でもある。
「しねえよ。だいたいおまえみたいなちんちくりんこっちから願い下げだ」
「むきー! そんなに王都の女がいいですか! ほら風呂上がりの美少女に欲情とかして夢に出て下着よごしちょったりして告解しても許しますよ!?」
「俺は別に聖騎士になりたかったわけじゃねえ。あいつの騎士になりたかっただけだ。あと下着は孤児院時代にみんな俺が洗っていた」
少年とからかいあうのが楽しい見習神官はなにかと面白くない。
その隣で無言で剣を手入れしていた少年の指導役である老聖騎士に声をかける彼女。
「でも、本当にビーネさんもやりすぎです。わたしたちに『大丈夫か』って言ったあとは何も話さず帰って何を話しても返事してくれないままサウナを出ていくし……あ、でも石鹸の趣味は良かったな。馬糞当てられたミモザさんは花の香りに感激していたし。
それはさておきクランツ老は子供の腕を落としたりはしないでしょ? あ、一番って言わなきゃ。ほら、クランツ老もとい一番って『おじいちゃーん』って感じですごく優しくて私だいすき」
一瞬身を固める少年聖騎士見習いと表情を変えず軽く口元を笑いの形にする聖騎士。
老人といっても見た目は三〇代なので見習神官の発言は少々失礼なのだが。
「俺、孤児院時代にコソ泥繰り返してクランツ老に腕を切り落とされかけたぜ」
笑みを崩さない聖騎士と洗濯板を丁寧に扱う見習聖騎士の様子にミルクは固まる。
「えっと」
「……」
震える声で問いただす。
「レィの冗談だよ……ね」
老聖騎士は不気味な笑みで答えた。




