女法僧失言を後悔す
「うちはそのようなことをやっていません」
「母からもらった大事なものなのです。なんとか見つからないでしょうか」
法僧ミモザ嬢は大変困っていた。
我々の世界ならばさておき、「貧民の子供を全面的に信用してしまった貴女にも落ち度がある」と返答されてしまう。そう感じるのはこの世界の人々の一般的な感性であろうが事もあろうに幸運神殿の神官の口からでた事実に彼女は絶句した。
「まあ貴女のような若く美しい方が『異教徒』とか『邪神』と呼ぶ他教団の神殿に足を運んだことを考えるに、相当困っておいででしょうな」
「それは一部の者たちだけです」
言外にミモザの雰囲気と気品から個人的な寄付金はないのかと迫られているのだが法僧は真面目かつそういうことに疎かったので天然スルーした。
「幸運神殿の神官は失せもの探しの奇跡を授かっていると前々から伺っていますので」
「正確には持ち主履歴探知ですね。まあだいたいそのような効果にはなりますが」
幸運神殿の生臭坊主に『使途』はなしとは一般的な感性であり今回彼女を担当した者も似たような対応であった。
法僧はなんとなく胸元の襟を改めて閉じた。
貴族階級出身の雰囲気を匂わす上品な美貌を持つ他教団の法僧に邪な視線を露骨に向ける失礼な者が何人かいるようだ。
「まぁ、そこの拾得物箱に毎日のように何かしら入れる酔狂な冒険者がいますから、案外そこに入っているのではないでしょうか。たまにゴミを入れる不届き者もいますがね」
なんとなく先日であった不審者(ダッカ―ド)を思い出しつつ法僧はその中を改めさせてもらうが錆びた銅貨や空の財布などろくなものがない。
財布と言ってもこの世界のそれは粗末な巾着袋のようなものが多い。
「やっぱりない……か」
一応、母方の血筋として『伯爵』を名のることが出来るミモザ嬢であるが、とっくの昔に母方の一族は没落しており彼女の場合結婚する権利すら今まで養育してきたと主張する父方の子爵家の意向を無視できない。いろいろあって母を囲った父の一族に虐待されて育った彼女にとって人形は泣いてもからかわない存在であり友であり家族の一員でもあった。
「ところでもし良かったら他の場所を探すのに協力するのもやぶさかではありませんよ。あなたの態度次第ですが」
「『……汝は』」
祝詞を途中で止めたミモザは相手の青ざめた顔を見て「そのような誤解を招く発言は冗談としてもいまいちですね。
特に僧たるもの女性に対しては」とあくまで冗談で済む範囲で伝える。『邪悪感知』を他人に使うのは基本無礼な行為なので良心的な正義神殿関係者は控えるもしくは聖騎士以外ほとんど使えない。
もっとも無礼な幸運神殿の関係者が恐れたことは『邪悪感知』に引っかかった存在の位置を聖騎士達は一瞬で特定把握して罪の如何に関わらず急行するという事実だが。
しかし偶然にもタイミングよく完全武装で性別すら不詳の聖騎士が現れたので彼は『ひえええ!』と叫んでしまう。
予期せずに現れた聖騎士と失礼な男が退散した事実に親しみを込めて法僧は堅物の聖騎士に問う。
「ビーネさんって熊ですか」
「くま……たしかにわたしはクマが好きだが」
ひょこっとミルク嬢がビーナの背中側から出てきた。
聖騎士にしては意外と可愛い趣味に対して見習い神官曰く。
「馬の代わりに熊に乗ってくる餓鬼族の英雄物語に登場する熊のことだと思うよ」
あわふたと逃げ出す異教徒の神官も落第神官をも意に介さず、『法僧が教団の指示なくこのようなところに出入りするのは如何かと』と苦言を放つ女聖騎士。
「失せもの探しの奇跡に頼ってきたのですが」
「ミモザ姉妹。あなたは少々異端を断ずる資質に欠けるのではないかと愚考します」
実際、若き法僧は優秀な学科試験を修めているが、頑固に見えて他者のありようには寛容な態度を見せる。
「ミモザさんが職業的に頑固で誠実なのは確かだよ。私抜け出そうとしたら捕まったもん。でも危険なことは他人にやらせないけどその範疇に自身だけは含まないのはどうかと思うよミモザさん」
「要するに未来の職を失う可能性があるってことですね。自戒します。これでいいでしょうかお二人とも」
「なら私も不問としますので、早く帰りましょう」
「私も聞かなかったからお菓子お菓子」
ビーネはミモザを連れて幸運神殿を出る。
足元にお菓子をねだって引きずられる少女がいるが。
厩に戻り一人は馬に乗りもう一人はそのまま歩く。
最後の一人は馬の上に乗せてもらう。
「聖騎士という存在は人を探す魔法か奇跡でも授かっているの」
「いいえ。『邪悪探知』にかかったモノの間近に急行する奇跡のみです。
しかし警邏をしていると自然にわかるようになります」
「私はふつうにビビビッってわかるよ!」
近くで手品師が何かをなくしたと思ったら逆の手に持っていたというパフォーマンスをしているのを横目に法僧は女聖騎士に同じように失せものを探せないか聞いてみた。
「王国兵のほうが得意ですが。それより姉妹、なにか隠していませんか」
「隠し事良くない!」
「いいえ。個人的なことです」
大事な人形を『失せ物』と表現したのは聖騎士やおしゃべりな少女に『盗まれた』と正直に告げると大抵ろくでもない反応が返ってくると予測してのことである。
「失せ物探しは専門外です。泥棒なら斬りますが」
「泥棒ごときを斬って捨てていたら世界中の人間が消えてなくなりますよ。ああ聖騎士様。私は告解します。子供の頃おなかがすいて実家の兄弟のクッキーを勝手に食べた末に折檻されました。これでいいでしょうか」
ぷっ。
何を勘違いされたのかは不明だが鎧の奥から笑い声が漏れたような。
そして馬上で女聖騎士の胸あてをつかんでいる少女は心なしか青ざめている。
「ご兄弟は健在ですか」
「ええ。憎らしいほどに」
それはよかったですねという返答は蹄鉄の音がかき消す。
おそらくミモザの感じる兄弟像と聖騎士の感じる兄弟像は違うのだろう。
どこかからお化け林檎を焼く甘い匂いが漂ってくる。
あれはとても苦い魔物だが焼くととても甘い貴重な甘味となる。
「魔物を食う異端どもめ」
「最近、庶民に広がってきているようですね」
流石に聖騎士でも良い顔はしないがこの程度で断罪はしない。
「美味しいらしいのですが、ビーネさんは口にしたことは」
「子供の頃にならある」
あるのか。
「ウケケと兄に一週間言われた」
「……」
「ウケケ! ウケケ! あれこれとまらなウケケ!」
この一つ目お化けの模様がある木の実には一般的に信じられている毒はないが、ウケケと不気味な音声を放って人や獣を惑わせるのみならず食したものを強制的に笑わせ、その笑いを人にうつす魔法効果が確認されている。もっともウケケになるのは抵抗力の弱い子供や笑いやすい年頃の娘に限られるが。
「しかも恐ろしく苦かった」
「にが? にがいいウケケ!」
「……しっかり焼かずに食べるってよくありますしね」
この世界では薪は『エルフの恵み』とされ貴重である。
馬上の騎士の表情を見るのは難しい。
左手と馬の留め具に大きな盾を持ち手綱を握って兜でその表情は完全に隠れているからだ。
その武骨な兜を眺めながら法僧は問う。
「ビーネさんが笑っているところが失礼ですが想像できませんが、そのバイザーを開けて見せてもらえますか」
「私は笑うのが苦手だ。多分怖がらせる」
やっぱり熊じゃないか。
失礼なことを考えてしまう法僧。
一人あまりにもうるさい小娘は沈黙祈祷で黙らせる。
毒でも病気でもないなら魔導士や薬士もしくはもっと高位の奇跡に頼るしかない。
「人形……もしかしてあの手袋に顔をつけて詰め物をした」
「はい。皆さんゴミっておっしゃいますね」
内心むくれる法僧を馬上の女聖騎士はわらわない。
馬上にくくりつけられた娘はなんか暴れているが。
「兄に作ってもらったことがある」
「お兄様がいらっしゃるのですか」
馬の機嫌を損ねないよう、『お荷物』が落ちないよう距離をとって歩く法僧に聖騎士は告げる。
「今はいない。『生きてはいる』」
「そうですか。そのお人形さんは今もお持ちですか」
馬上の騎士の表情を見ることはできない。
法僧の視線がビーナの先に動いた。
仲良く手をつなぐ兄妹がいる。
法僧が憧れた光景であり聖騎士が忌々しく感じている記憶。
焼きおばけリンゴを持ってはしゃぎつつ、鶏を追い、夜の帳が降りるとスープの匂いに魅かれて遊ぶそれだけの。
それが幻ではないとわかったのはその後ろで子供たちを背中や頭に乗せ、酷い奴は正面から顔に抱き着かれ前が見えないとぼやきつつぞろぞろと続く不審な武装集団がいたからだ。
「あれは冒険者か」
「……あっ?!」
もし女聖騎士が持つ現物をミモザ嬢がみることができたのなら性別は異なるが自分の人形とうり二つだと気付いただろうが今はそれどころではなかった。
「お母様の人形を返してください!」
思わず口から飛び出したのは失言だった。
彼女の隣には身内から見ても泥棒を異様に憎む聖騎士がいる。




