子供たちは眠らない
「……おっさんの面影がある」
超至近距離から顔を近づけられてジークは戸惑っていた。その後めっちゃ抱きしめられたのもまずい。男にそんなことされても嬉しいはずがって。
こいつ、♂♀?! 男なのになんか胸がある! それも意外と大きい!? めっちゃいい匂いするしなにこれ。
いや、むしろちょっと呼吸が苦しいかもちょ変なしゅみにめざめたらどうしよもごもご。
「指輪、いっか。なんかこのおっさん曰く、ジャコビナって人は指輪要らないって言っているみたいだし」
呪曲で事態を収拾した半妖精はにこっと笑うとけが人を片っ端から癒して壊れた家屋を片付けていく。
脱力しきったジークは『♂♀♂♀♂♀……』となぞのうわごとをはなち、ジャンヌはじめ子供たちに心配されているが。
「やるっていうか、元はおっさんの指輪だからな。売るなりなんなりしてくれ。……できたらもっていてほしいけどさ」
そういって掌をひらひらさせて背を向け、馬の轡を掴んで半妖精は歩きだす。
「俺は王都に帰るから、店主のおっかさんによろしく」
「あ。ああ。なんか指輪、ごめんな。すげえ大事なものだったっぽいけど」
正気を取り戻したジークが掲げ持つ指輪に一瞬泣き出しそうな顔を見せる半妖精。
「ああ。お前が持っていたほうが良いだろう」
その顔立ちがあまりにも美しいので柄にもなくジークはどきっとした。その足元にいるビナが脛を蹴っても気づかない程度に。
黒い髪が夕日を受けて構造色を放ち、大きな瞳が煌びやかな半妖精は華奢だが狩人のように全身が引き締まっていてこの世ならざるコントラストを放つ。
「じゃ、ジーク。会えてよかったよ。ジェイクのおっさんに伝えておく」
「……?! 親父はいきているのか!?」
あ、失言だったという表情を見せる半妖精に食い下がるジーク。
それを抑えて『出来たら教えないでほしい』と目で訴えるダッカ―ドだが半妖精は少々そういった機微のあるタイプではなかったようだ。
「死んだようなものだよ。豚に両手両足を食われてな。俺たちが見つけたときには完全におかしくなっていた。
手足を癒して正気に戻す祈祷を与えたら余計おかしくなってね。正気では耐えられない、狂気こそが癒しってことがあるらしい」
曰く、悪党どもから逃げきれなかった仲間を庇って残酷な拷問を受けた末に気が触れてしまったという。
轡を引いて少年に背を向け、歩き出す彼女に少年は叫ぶ。
「俺も連れていけ! 親父にあわせてくれ」
「無理だ」
襟元にかじりつく彼に半妖精は少し泣きそうな顔を見せず首を振って見せる。
「俺の結婚をさ、依頼のための偽装結婚なのに。……自分の娘みたいに喜んでくれて、指輪まで貸してくれて……」
花嫁姿を見せたかったなとぼやく半妖精はつげる。
その声に涙の音が混じっているのに気付いたジークは手を緩めた。
「親父さんは『永遠の眠り』についている。
一〇年だか百年だか、下手したら人間がこの世からいなくなっているかもしれないが、親父さんの心が癒えるその日まで目覚めることのない眠りだ」
「!」
それは死んだと変わらない。
半妖精のいう『永遠の眠り』に囚われた存在はこの世の人間が触れてもすりぬけてしまう。本当の夢やまぼろしのようにだ。
「ジーク。親父さんは本当に立派な冒険者だった。おまえは今は泥棒かもしれないがさっきの立ち回り、親父さんの片鱗をみたよ。その指輪は親父さんの形見の『魔導士の指輪』だ。きっとお前の役に立つから常にはめてな」
じゃ、行くぜと半妖精は告げると、ダッカ―ドやジークが何を言おうと振り向くことなくそのまま街の正門へと進もうとし、不意に振り返った。
「あ。なんかミモザって子の財布はさておき人形は返してやんな。よろしく」
ジークはビナを一瞬見たが妹は嫌そうにしていた。
「ジーク」
「蹴って悪かったよ」
おっさん冒険者と盗っ人少年の二人は重い足をひきずるようにリンダの店に向かう。和解しきっているわけではないが二人とも別件で疲れた。
「ケーキ! ケーキ!」
その一方で子供たちが増えていて冒険者たちはげんなりしている。
子供にぼこぼこにされる『ぼうけんしゃ(笑)』は後日喜劇の題材になる。
『俺達は! こんな内容で歌に残りたいわけじゃねえ!!!』
閑話休題。
「お兄ちゃんを焼いてケーキにしちゃうの」
「しない」
ジャンヌとビナが駄弁っている。
人形の件はビナが大いに固辞して譲らず、いったん保留になった。
ジークも『ここまで頑固なビナは見たことがない』と言い出すほどであれだけダッカードに失望を見せたジークがその件をあっさり忘れて助けを彼に求めてしまう程度には。
そして二人掛かりの説得にもビナは耳を貸さなかった。パッと見た目オンボロの手袋に小さな服を着せて作った粗末な人形なのだが。
ここに先ほどの半妖精がいたらもう少し違った見解を示せたかもしれない。
「ぜったいやだ!」
「もう。わかったよ。あとはおっさんが代わりに説得してくれ」
これ以上は無理と判断しさらっと盗品を絶対返さない宣言する子供に理を解く無茶を全部振るジークに困るダッカ―ド。
「ビナ」
「やだ」
この子は食い物で釣られないだろうし、脅しにも屈さない。勿論四歳の子供なので強引に奪ったり従えることはできるが内面ではそうではないだろう。人形を抱いて頑として離さないビナにおっさんは。
「君にとって正義神殿の関係者は全員憎たらしいだろう」
小さくうなづくビナ。
「それを持つことは今は力のない君にとって最も大きな形で復讐したと言える」
唇を噛み締める少女に肩を落とし腰を落として語りかけるおっさん。膝にうんこがついた。
「戻ってこないものへの復讐には足りなさすぎてつらくて苦しくまた憎み怒り悲しみを繰り返していく。
それは生きるために大切な力だ。絶望したり諦めたり何も考えないよりずっと前向きな力だ。
だから君は強い。偉い。よくやったよ」
「(おい、おっさん。取り戻したいのかどっちだよ)」
ぼやこうとする育ちの良さそうな冒険者の脛をジークは蹴飛ばした。
鎧を着ていないのに振り回されるあたり学院の単位を落として冒険者になった魔導士かもしれない。
「その、あの」
「なんでも言いなさい。無理に奪いはしない」
穏やかに微笑む冒険者の頰は引っかき傷だらけで締まらない。それをつつくビナはヒゲがツンツンするのが気に入ったようだ。
「その! でもこれおにいちゃんがくれたし! あげられないし! 大事だし! かわいいもん!」
「持ち主にとってもその人形は君にとってのジークくらい大事かもしれない」
ビナの手が一瞬緩んだがやっぱり頑として抱きしめ直して譲らない。
「人形だし!」
「ならジークよりは大事ではないよね。返してあけてよ」
「俺、法僧様とデートしたいからそれでお近づきに」
「勝手に俺の台詞をねつ造するな!?」
横からチャチャを入れる冒険者どものせいでビナの両目から半分涙が出た。理屈で説くには難しくなった。
おっさんたちは思った。『リンダにも助けてもらおう』一人が駄目なら二人で。複数でダメになったら信頼のある一人に。ある種の丸投げである。
「しっかしわかんねえな。もっといい人形を盗めよジーク」
さっきから余計なことをサラッという青年に睨みを効かせるおっさんに反省したかのように頰を掻くその青年曰く。
「まぁ冒険者だからな。俺、ジークと似たような境遇から今の状態に落ち着いたし二人のことを他人事と思えねえのさ。ごめんなビナ」
「俺も」
そんな冒険者にジークは意外と優しいことを言う。
「かねないくうものない教育ない仕事ない技能ない。信用もないから丁稚にもなれねえ。一生貧民からまだ冒険者になろうとしただけマシだ」
「おまえ、ハッキリ言うな!」
「どうせ鍵開け覚えられねえしスリも出来ずに釘抜きで殴ってたよ! 金庫も魔物もな!?」
ジークの遠回しな嫌味を込めた賛辞はさておき、まぁそのような輩でもリンダが追い出さなかったということはそんな出自でも。
「あ、でも爺婆や子供はやってねえ!? 金持ちそうで調子こいていて周りに嫌味や嫌がらせしている役人とかだけだ!」
何かしら良心(?)が残っている奴である。
それはさておきダッカ―ドがもっと注意深く人形をみればそれが何か少しはわかったかもしれないが今の彼にはそれは難しい。
「おんぶ! おんぶ!」
「だっこ! だっこ!」
がんばれおっさんぼうけんしゃ(※保父)!
「顔をひっぱらないでくれ。いででで。髭を抜くな! カシム! ジャンヌなんとかして」
「無理。カシムって人見知りするのだけど。まいっか。私も世話する手間が省ける」
ジャンヌも子供の世話から脱出出来て楽だとダッカ―ドの財布をひったくって買ったお化け林檎のあんかけ焼きを手にご満悦。
ジャンヌのグループは集団窃盗行為も行うのでそのうち然るべき組織に粛清されるかもしれないが今はまだ安泰のようだ。
「あまーい!」
「うまーい!」
「ウケケ!」
「あ。こいつ焼きが甘い。喋りやがる」
「だから焼けてから盗めって言っただろ! 焼けてからでないと毒だぞ!」
「ウケケェ! ウケケ!」
「あーあ。ウケケ毒にかかりやがった。しばらくお前ウケケな」
ジャンヌは元は盗んだ金とはいえ商人からちゃんと買うだけマシだが一部の子供はそれに飽き足らず余分に盗んでいたようだ。
ダッカ―ドはほとんど現金を持っていないので商人ほど被害は少ないのだがそれにしても。
「おっさん。シメてやればいいのに」
「おまえさんの子供の時はどうだった」
釘抜きの青年は首をひねって苦笑い。
「おっかさんの店に来る前の記憶ってあんまり覚えていねえというか、思い出したくねえな」
「そうか」
この青年はくぎ抜きを持って『今日から冒険者やります』と言い出しリンダを警戒させたのだが。
なんせその大きなくぎ抜きに血が付いていたし。
「いや、マジで聖騎士呼ばれかけた」
「魔物の血だとは分かったから良いが、普通に騒ぎになっていたからな」
「何やっているのジミー。アホじゃね」
「おれのこというなら、おまえもおまえもな」
皆何かしらの騒ぎを起こして入店している。
「おにいちゃん。ぼうけんしゃはダメ」
「わかっているよ」
くぎ抜き持って冒険者になった男の足元では釘を刺される窃盗少年がいる。




