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おっさん冒険者の脱英雄譚  作者: 鴉野 兄貴
コソ泥とおっさん
10/29

『夢を追う』若者達

「ジークが避ける」

「取っ捕まえたら」



 乱暴なことはしたくないとダッカード。

 乱暴なことをしてでも捕まえて欲しい半妖精。

 世の中ままならないものである。



「あの子にも困ったもんさね」



 リンダがため息と共に紫煙を吐く。その煙に咳き込もうとする半妖精。その表情が変わる。


「なにしているのさね。あたしは健康至高だわよ」


 同じ煙草でもハッカのような薬草を使っているらしい。



「なるほど。ヤニが口に残ると加齢臭が気になる歳だから」

「いい度胸さね? とっとと帰りな。なんでいるだわさ」



 女店主は呆れているがまあ理解できる。


『捜索依頼。緊急也。依頼主:王都慈愛神殿高司祭 モニカ』


 その人相描きにある黒髪の如何にも聖女といった少女と目の前のボサボサ頭で失礼きわまりない山猿のような少年は一致しない。

 最もこの大陸において猿は珍しい生き物なのだが。


 具体的には二人の目の前にて『神殿に帰りたくない病』を発揮している娘(?)程度には。



「あいつら人を女のカッコさせて祝詞だの教義だかなんだか叩き込みやがってたまに愛馬シンバット走らせる名目でもなけりゃ」

「女の子じゃないの?」

「なかなかかわいいとおもうぞ」


「今のままでもイケてるぞ! 今晩どうだい司祭様!」



 店主及びおっさん冒険者とのやりとり中にチャチャを入れる店の若い子の中には王都から来た『彼女』の正体を知っていたものもいたようだ。まあ冒険者の女性情報は彼らモテない子には重要だ。まして美形なら男性でも。



「うっせ! マリアにでも頼みな!」


「それ、『慈悲深き』マリアか? おっぱいいい具合に丸くてでかいけどお腹も少し緩いって噂の? あいつ怪力だし嫉妬深いしやべえって王都の知り合いが」

「宿の二階から投げたとか、回復祈祷して屋根の上にまた投げたとか聞くぞ」

「浮気者は片手片足引っ掴んで回復祈祷唱えながら延々と地面に打ち付けるとか」

「敵といえども『殺したくない』と言ってひと抱えある石でもゴーレムでも天の果てまで投げ飛ばすって聞いた」

「故にスデゴロ最強って聞いた」

「王都の冒険者では『火竜の』フレアよりはまともらしい」

「おれはそのどっちかは忘れたが王都中の酒をカラにしたって聞いた」

「なぜ王都は魔法使いどもの方が怪力だったり酒飲みだったりするのだ。それも女ばかり」



 仕事がないガキンチョ冒険者はヒマなので噂話に尾ひれがついたにしても酷すぎる内容を語る。その様子にリンダも内心頭を抱えている。



「この子たちは下手に薬草採取とかさせても雑草や毒草採ってきたりそもそも見つからなかったと言って一〇数える前に帰ってくるやつもいるしホントどうしよう」


 ダッカードだけに聞こえるようぼやくリンダ。たまにそのおっさんが付き添って彼等と森に入るが文句たらたらで慣れたおっさんひとりの方が作業自体は早かったりする。


 からかわれつつも付き合う男曰く『自分も新人の時そうだった』らしい。どんな冒険者だったのかについてはおっさんは恥ずかしかって答えないが。


 農具は持ったことがあるとかその分怪力で炎天下や酷寒地で武装したまま何日も歩ける体力気力があるならさておき、町で丁稚も務まらなかった青年が『何もできないから剣士』とかいう時もある。


 大抵『じゃ後衛を逃すまで打ち込み』と言うと逃げるが例外もいる。後がなさすぎてヒョロヒョロの身体で打ち込みを受け続けるのだ。


 王都ではさておき、小都の冒険者は比較的ヒマである。このままでは治安維持に支障が出るのでいつも寝ている兵士長が出張ってきて鍛えてくれるが逃亡を図り女店主や盗賊ギルドの若頭に捕まっている。



『これじゃ『夢を追う者達』じゃねーか!』

『すげえ。俺たちドラゴンも倒せるぜ?!』


 そしてドブさらいだのゴミ掃除だの土木工事、薬草採取と街の人々にはただ同然で頑張ってくれる程の良い労働力として扱われている。


 刃物の心得がない若者たちに刃物握らせたまま街中に解き放つバカな施政者はいないし女店主も心得ている。


『お人好しの冒険者♩』『ちょっと間抜けな冒険者♩』『街の貧しい人々の』『頼まれるままに奮闘す♩』『掃除! 洗濯! 子守にドブさらい!』


『あれれ遺跡掃除だぞ? おやや戦象の服洗い!』

『巨人の子供もあやしてみせる!』

『気づけば竜を退治して』

『疫病も裸足で逃げる』


『王国救って叙勲され』

『なのに気づかず次の日もドブさらい♩』



 王都で流行りだした歌を歌いつつ仕事に励む若者達。英雄になるはずがどうしてこうなった。剣一つまともに使えない子供達を餓鬼族の巣穴に送り込むには女店主は情け深すぎた。


 看板娘代わりに住まわせている幼女が高価な砂糖の壺に手を出してもたしなめる程度で済ますくらいには。


『どうせこの世の煙突掃除♩』

『剣とり悪を打ち砕く。悩みの曇りは雑巾で! ブラシでお悩みバラバラに』

『箒で集める幸せよ』

『鍋を叩いて夢運ぶ』


『叫ぶ名前は』

『夢を追う者達だっ!』


 自分の功績に気づかず世界を救っても煙突掃除に出るお人好しで間抜けな冒険者を扱う戯曲になぞらえて自らの境遇を嘆く若者達。


 彼等が『夢を追う者達』のように一人前になる日は遠い。



『やつらいまだに郵便配達とかしているらしい』

『おれは下水道工事していたって聞いた』

『あいつらホントに冒険者か!?』



 うっせ! 仕事あるだけマシだろう無駄飯食いどもと半妖精が小声で悪態をついている。


 ミーナがその脚をちょいちょい引いて『イライラしないのー。お菓子どうぞー』とリンダが楽しみにとっていた焼きプリンを出してくる。



 幼女の笑顔に半妖精は絆された。『(私の焼きプリン……さようなら)』と女店主も内心泣いて表は笑ってみせた。


「ああ! モンスターを倒したい!」「おれは魔道帝国の遺跡を巡って一攫千金」「大海原に出て大冒険を」


 女店主はにこやかに依頼書を見せる。



『最低二〇匹。最大五〇匹。小柄だが肩の関節を引っこ抜く怪力なので注意。如何なる闇をも見通す能力あり。極めて凶暴かつ知恵もあり。注意されたし』

『盗賊や野伏の心得なきものお断り。魔道帝国遺跡は罠だらけ。死体になっても文句を言わない勇敢な若者求む。主に最前列』

『航海技術のあるもの』『薬草に詳しいもの』『雪山登山技術に優れたもの』etc.



 そんなこんなで彼等は技術指導を受けてあるいは雑用をこなして更生を目指している。

 だから冒険者なんかに惚れるなと歌にもあるのだ。



「借金漬けにして使い潰すのも今の状態も大して変わらないけど、昔の方が見込みなさそうなのは追い払っていたし良かったのかも」

「おやっさんは立派だったからなあ」



 なんか雑務しているうちに冒険者じゃなく会計業務に目覚めたやつまでいて外部監査事業を始めて成功している。


 その関係で冒険者の金銭相談を格安でまとめてやってくれるので女店主やおっさん冒険者も遠慮なく世話になっているがその彼女いわく。


『見込みのなさそうな若いのは店に入れるな』



「あいつがいうか」

「あの子、カネに厳しいのに冒険者としてはからきしだったからね」


 だからパーティを追い出されたりしていた。いまではそのパーティたちの会計をやっている。法外な割高で。



「とりあえずおっかさん」

「ジークをとっちめればいいのかね」


「いやいや!? ここに連れてくるだけでいいよ!?」



 なんだかんだでごくつぶしどもは女店主を慕っているので彼女のためならヒマ潰し程度には仕事する。



「あいつよく働くからな」

「うん。おれも酒飲んでいる間にすられた」

「おれなんか橋の上から小便かけられた」

「おれ、あいつに夕飯かっ食われた」

「おれも」「おまえもか」


 ジークのことを昼も夜も闇曜日や光曜日、晴れている日でも勤勉だと評する冒険者たち。


「あちこちで迷惑かけやがって」

「一部あたしも知らなかった」



 ぐたっとなるおっさんと女店主になぜか泥棒少年の擁護を始めるごくつぶしども。泥棒に『よく働く』もないが、彼等が泥棒少年に好意的なのは。



「でもイタズラはひでえがいいやつだぞ」

「妹かわいいし」「変態だー?」

「よく小さな子の面倒みているな」


「友達が死んでグループ解散後もジャンとなんだかんだで協力しているし」

「グループ抜けたのもあるが集団でもの盗むとかあんましねえな」


「手際がいい。怪我をさせない。強引にいかない。解錠もスリもあの歳のわりには鮮やかだ。あいつはいい盗賊になる。弟子にしたい」


 貧富の差があるこの世界ではあまり泥棒を庶民は悪く思っていない。



「大人の自称泥棒は勤勉さなんて全くないし毎日女遊びや賭け事でスッカラカンだし食い詰めたら老人子供や女を釘抜きのようなもので殴って奪うとか壊して奪うからな」


「強盗は盗賊ギルドが激怒する手口だけどな。解錠やスリや忍び込みの技を身につけない、身につけることができずに金のない弱いものに暴行を働くような輩はギルドに追われる」


 一部若頭が混じっていたらしい。彼の見た目はコロコロ変わるのでおっさんでも素顔を知らない。結構かわいいと若頭と付き合った女どもはいうが。



「泥棒もままならない世の中じゃ」

「あいつさっさと連れてこないとえらいことになるぞ。盗賊ギルドにケジメつけられたらどうする」



 そして、そのごくつぶしどもの親代わりである女店主もまたお人好しの仲間であった。



「ジークくんとおやつたべたいから夕方までにつれてきてくれたらリンダがケーキ焼いてくれるって」


 などと勝手なことをのたまう幼女を許す程度には。

 正式に依頼を出すより格安だし良い提案であった。

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