うるおいをあなたに
「どうも、先日ご連絡差し上げたSというものです」
「ああ、Sさんですか! お待ちしておりました! 私、担当のTと申します。こちらへどうぞ」
私は担当のTに連れられて、階段を下っていった。どうやらお目当てのものは地下にあるらしい。
「この施設のことはどのようにお知りになったのですか?」
「知り合いが『面白い研究をしている場所がある』と教えてくれてね」
「確かに、誰もやっていない研究ですから、面白がる人もいるでしょう」
Tはその後も色々な話をしてくれた。まとめると、まだ公表できない新しいことに関する実験や調査を行っているようであった。
「こちらになります」
Tが扉を開けた。部屋の中には、いくつもの大きなプールが並んでいた。
「これは……魚の養殖ですか?」
「いいえ。養殖はしていません。これはただの生簀です」
生簀……何故こんなにも必要なのだろうか。
「ではこちらに来て、生簀の中を見てください」
Tの言うとおりに私は生簀の中を覗き込んだ。そこには優雅に泳ぐサンマの姿があった。しかし、よく見てみると、それは私が知っているサンマの姿ではなかった。
「か、髪が生えている!?」
「ええ、そうなんです。ここの生簀にいる魚は、全て髪の毛が生えているのです」
私は目を大きく見開いた。
「そ、そんな話聞いたことないぞ!」
「それはそうですよ。なぜなら、公表していませんからね」
「し、しかし……」
私が次の言葉を出せないでいると、Tは笑顔で話を続けた。
「かつて、ワカメや海苔といった海藻が髪の毛にいいという話がありました。今でもそれがウソか本当かは分かっていません。でも、その話あくまで人間にとってです」
「つまり、魚にとっては効力があったと」
「ええ! 現在もその点に関してはまだ研究の途中ではありますが、Sさんがおっしゃったことが正しいということを少しずつ実証できています!」
な、なんということだ! 頭が回ってきた……
「ぜひ、他の生簀も見てください! 魚によって髪の毛も違うんですよ!」
私は興奮しているSと共に他の生簀を見て回った。先ほど見たサンマは、日本でとれたものでストレートの黒髪であった。地中海でとれたというイワシはブロンドやカールのかかったものが多く、金髪は貴重なのだそうだ。驚いたのは、南アメリカのほうでとれたという魚には、アフロのような髪型をしたものまでいた。
その後も部屋の中にある生簀や研究を見て回り、入り口まで戻ってきた。
「それで、どうでしたか?」
「いやはや、とんでもない生き物の進化を見せてもらいました。将来、どのような商品にしていくのですか?」
「そうですね、現段階で言いますと、まずは『かつら』に使えたらと思っています。あとはウィッグなどでしょうか。この先も私は、天然物にこだわりたいと思っています」
「それは素晴らしいですね! 私もぜひその研究に協力し、その商品を取り扱わせてください!」
「ありがとうございます!」
「しかし……」
私は辺りをぐるっと見渡した。大きな生簀の中を見たときに感じた違和感を思い出す。
「何か気になることでも?」
「え、ええ。魚がいない生簀もたくさんあるな、と思いまして」
そうすると、Tは恥ずかしそうに笑みを浮かべて、頭を掻きながら答えてくれた。
「数が少ないので、研究や試作品で使ってしまうとなくなってしまうんです。元々、仕入れることも難しいのですが」
「つまり……安定した供給は難しい、ということですか?」
「そうなって……しまいますね」
Tは力なく笑いながら最後にこう言った。
「そのときは……『ボウズなときもある』ということで許していただけないでしょうか?」
読んでいただき、ありがとうございました。