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金玉が癌になった男の話  作者: 久川ちん
1/2

1 2018年1月

気が向いたところまで書きます。気が向いたら更新

「ちゃんと病院に行った方がいいっすよ」


2017年末の事である。

某国内最大級同人誌即売会で、サークルの抽選に落ちた彼の同人誌の委託とサークルスペースの手伝いをしてくれていた友人が言った。


男は本来ならばその即売会に合わせた同人誌を制作する時季に体調を崩し、新刊を用意出来ずに残っていた既刊の在庫を持ち込むのみであった。

当日も直前まで会場に来るか悩んだが、サークルの受付を済ませねば友人にも迷惑が掛かる。

どうにか夜も明けないうちに始発電車に乗ってこの会場に来ていた。


この年の冬は気温が低く、インフルエンザも大流行していたため、一応はそれなりの準備をして来たがやはり即売会の会場の環境は厳しく、開場して間もなく男はサークルスペースを友人に任せ、荷物は閉会後に郵送して貰う事にして帰路に着いた。


「今年の風邪は長引く」


インターネットの掲示板やSNSでその様な書き込みを目にしたのは一度や二度では無い。

テレビのニュースでも連日の様にインフルエンザの流行を報じていた。


男は体調を崩し始めてからドラッグストアで市販の風邪薬や解熱剤を購入して服用し、それを飲んだ後は一定の効果もあり、とりあえず風邪ならその内に治るだろうと考えていた。

しかし体調を崩してもう二ヶ月以上である。さすがにこんな長期間に渡って風邪を引き続けたなんて事は今までに無かった。


そして年が明け正月も過ぎた頃、不思議と正月の間は良かったものの、いよいよ体調はさらに悪化して、四六時中悪寒に襲われる様になり、等々重い腰を上げて十数年間縁の無かった病院へと赴く決心をした。


今にして思えば遅過ぎたのである。



最初に男は隣の市にある古びた総合病院を訪れた。

病院は老若男女問わない、年が明けて訪れた患者でごった返していた。

受付で保険証を提示して風邪が治らない事を伝えると、診察カードを作らされ内科の診察室の前で待たされた。


待たされる間に熱を測らされ、アンケートを記入した。

ベッドに寝かされたまま何処かに運ばれていく高齢の女性が妙に印象に残り、他人事ながら大変そうだと感じた。

そして医師が診察する前にまず疑われた大流行していたインフルエンザの検査を受け、同じくインフルエンザを疑われる小学校低学年くらいの子供たちに混ざって長い綿棒を鼻に突っ込まれた。


その後また少し待った後、受付番号が呼ばれ、医師の診察を受けた。

インフルエンザの検査の結果は陰性であった。

とりあえず風邪薬を処方されてその日の診察はあっという間に終わり、一週間ほど様子を見てまだ治らなかったらまた来院するようにと言われ、病院に隣接する薬局で薬を受け取って家に帰った。


そして一週間、症状は改善する事もなく、病院で処方された薬は薬局で売られている市販の薬よりも効果が無い事を感じながら過ごし、遂には食事も満足にとれない有様となって再び病院を訪れた。

前日の夜には何とか食べた物も吐き出していた。


病院で前回とは別の、また若い医師にその事を話すと今度は血液検査と内臓のレントゲン撮影、エコー検査を受ける事になった。

検査を終え再び診察室で医師の見解を聞く。


「腹部に腫瘍があり、悪性リンパ腫の疑いがあります」


医師に告げられた病名は良く知っていた。

男は10年以上前にその病気で父親を亡くしていた。

だが男は別にショックを受けたり落ち込んだりする事もなかった。

父親が治療の末に一度は寛解したとして退院し、その後不幸にも再発した時に治療中に黴が全身に廻り亡くなったので、困難な病気ではあるがそれが死に直結するとは考えなかった所為もある。


「なんだか楽観的ですね」


父親の事は事前にアンケートにも書いたし、その医師にも話していたので、その病気を知っている割に落ち着いていると捉えられたのかもしれない。

医者にもそう言われたが、男は何となく父親と同じ病気になるのも運命かと感じてすんなりとそれを受け入れた。


「まあ親父の時とは歳も時代も違うし、5年くらいは持つんじゃないですかね」


その場で適当に口をついて出た言葉であるが、本心でもあった。

とにかく、癌であればこの病院では治療できる設備が無いと、隣県にある総合病院を訪れるようにと紹介状を書いてもらい、電話で診察の予約も取ってもらった。

数日、間が空くが症状が辛いようならすぐにその病院に駆け込んでくれて良いと言われ、紹介状を持って家に帰った。


家に帰り、男は母親に病院での事を話すと、母親は信じられないといった表情で驚いたが、とりあえず指定された病院に行くしか無いとして納得した。



紹介された隣県の総合病院に赴いたのは、月が明けて2月1日の事である。

男の父親が悪性リンパ腫の治療を受け、一度退院した後再び入院し、息を引き取ったのもこの病院であった。

父親が入院していた時は何度となく通った道を妙に懐かしい気分で車を走らせた。

父親が入院していた時より、病院は少し場所を移転し、建物は真新しくなっていた。


その所為で道に迷い、受付に着いたのは予約していたギリギリの時間になったがその後また暫く病院の新しいロビーで待たされる事になった。

漸く、紹介されていた内科の医師に会って少し説明を受けた後、この病院でも血液検査とレントゲン撮影を受けた。

そして再びロビーでしばらく待たされた後、医師の話を聞いた。


「今日から入院出来る?いや今日は無理か、明日から入院はどう?それなら今日中にもう一つ検査をして貰って、ベッドの準備もできるから」


突然今日明日から入院しろと言われても困る。

男はそんな心の準備も物理的な準備も無かったので即答できずに言葉を濁したが、医師はキッパリと言った。


「グダグダやってると死ぬよ」


死ぬ、とまで言われてはさすがに男も従わない訳には行かず、翌日から入院する事を了承した。


その後、診察室の奥で繋がっている処置室のベッドで時間を時間を潰した後、放射線病棟というSFかサイエンスホラー映画に出てくるような人気の無い無機質な白い壁ばかりの病棟でPET(ペット)・CT検査という妙に大掛かりな検査を受けた。


まず薬品を注射され、リクライニングシートのような椅子のある部屋でペットボトル一本の水を飲むように指示された。

それから30分後にガラス窓で仕切られた反対側で医師が見守る中、CT検査の機械のパワーアップ版のような大きな機械(事実CT検査のパワーアップ版のような検査である)の上に寝かされ、検査を受けた。

薬品を注射し放射線を使う為に、注射をされて以降、係の医師からの指示も全て電話を介して行われた。


検査を終えて、受付で支払い金額を算出して貰い支払いを済ませた。

ほぼ検査だけであったが4万円強。男には痛い出費だった。


病院の外に出ると、既に辺りは暗くなり雪がちらついていた。

なんだか大変な事になってしまったと、男は今更ながら思った。

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