異世界の洗礼(序
差し出された手を前にして考える。
此処が何処なのかわからない。
なぜ此処に居るのかもわからない。
目の前の少女が誰なのかもわからない。
目の前の少女がなぜ手を差し出してくるのかもわからない。
混乱もある。疑問もある。疑念もある。
けれど、
それを通して差し出された手を拒絶するほどの余裕は無く
それに、その手を差し出してくれた好意がありがたくて、
差し出されたその手を取った。
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寝ていた場所から近い距離に街道が存在し、そこに木の一つにクライネの馬が繋がれているらしい、
その短い道中で彼女が何者なのかを尋ねた。
「私が何なのか? 占い師だよ。まぁまぁお話はもうちょっとあとあと。占い師さんからのご忠告~。」
とか茶化された。気になってたけどこの人なんでこんな御機嫌なんだ。
そして件の場所につく。
クライネが、馬が木に繋がれているのを外し跨ると促してきた。
「ほら、ミナトも乗りなよ。」
しかもニコニコ笑顔で。馬に二人、それはつまり椅子で隣同士と言う訳でもなしに気恥ずかしさで躊躇していると、
「ん?おや?照れてるのかな?ははは! ま、そう言うのもわからなくもないが、
乗ってくれると助かるかな。君だって『裸足』で長々と歩くのは辛いでしょう?」
足元を見る。その足には靴の変わりにクライネさんがくれた布を巻いて靴代わりにしていた。
そう、俺は起きたら此処に居た。つまり、寝巻き以外なにも持っていない。
(よく考えると寝巻きで知らない人の前に出てるんだよなー俺。)
「予備の靴とか持ってればよかったんだけどねー。そういうの持ったほうがいいのかなー。」
クライネがむむむとでも言いたげな顔で考える。
「馬に乗った経験が無かったので戸惑ってただけです。あと照れてません。」
照れてたけど。
「ん、乗ったこと無かったのか。それは思いつかなかった。
それじゃほら、そこに足かけて。それではい、手。」
馬上から手を差し出された。短時間で二度目。
「いっせーのーで飛んで?引き上げてあげるから。」
彼女はそう言いながら楽しげに笑う。
その手を取り、鐙に足をかけ、彼女の合図に合わせ飛ぶと意外なほどの力で軽々と引き上げられそのまま反対側へと落ちそうになった。
「わっ。」
「おっと危ない、強く引きすぎた。馬から落ちると痛いぞー?」
そう片手で落ちないように支えながら笑う。
俺がちゃんと座りなおすと、彼女が馬を歩かせ始めた。
「あの…つかぬ事をお聞きしますがここはどこでしょうか…。」
「ん?ハナズ王国近郊だよ。ここら辺じゃ一番おおきな国だねー。」
ハナズ王国…王国。信じたくない可能性に王手。異世界とか信じたくないなードッキリじゃないかなー。
「えーっとじゃあ盗賊って。」
「盗賊かー。できれば出会いたくないよねー。ああ、さっきは急かしたりしてごめんね。
盗賊を警戒しててさ。最近多くって。」
居る事前提で話してるし。ドッキリだったりしないかなー。
そう面倒そうにいいながらもそれほど気にかけてはいないクライネの声を聞きながら軽くため息をつく。
「他になんか聞きたいことは無いのかい?無ければこっちも聞きたいこととかあるんだけど。」
「え、ああ、じゃあえーっと……さっきクライネさんが言ったことで、『どうせこの人だろうし』っていったい?」
「さんは要らないよー敬われるほどの人じゃないんだから。で、あーんと…えーっと?」
クライネは思い返すように首を傾げ、少し馬が歩く音だけが響く。
「あー、言った言った。知らない人には毎回疑問に思われるんだけど直せないなー。
それはだねー………ちっ。こう出会うのかー。わかっていたけど面倒な…。」
クライネは途中で言葉を切り、遠く前方を目を眇め見つめると舌打ちしながら呟いた。
「クライネさん?」
「あーミナト?さっき言ってた盗賊が待ち伏せてる。」
クライネは振り返ると簡潔に言った。
自分でも探してみるがそれらしい影は見当たらなかった。
「え、何処?」
さっきまでの茶化すような口調とは打って変わって真剣な口調で続ける。
「どうせ近づけばわかるよ。それよりもちゃんとしっかり掴まって。
少し進んでから一気に駆けるから。走り出したら姿勢低くしてね。」
「脇道とか無いんですか…?」
「今はもう無いね。そっち行くなら盗賊の方がマシな脇道しかないかなー。」
「引き返すとかは?」
「他の場所につけるだけの物が無い。」
引けないし、行く道全部危険ってなにその酷い選択肢。
「ま、心の準備はしといてね。落馬されちゃあどうしようもないから。」
あー…どうかドッキリでありますように。壮大で手の込んだドッキリでありますように。
………むりかなー。
「それじゃ、行くよ!」
異世界とか信じたく無いっす。目を逸らせるなら逸らし続けたいけど無理っすよね。