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エミナンス・グリーズ 2  作者: 降下猟兵
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悪魔の悪戯


 06 悪魔の悪戯



 ルルートを伴って再び館を訪れたベルエールは、焦ってやきもきしながら待っていた側近達に急かされ導かれるまま、

 子爵の寝室へ通された。

 寝室で、彼は体型と不釣り合いに豪華なベッドに伏せっていた。

 顔は青褪め、額には脂汗。

 昨日より幾分か頬が痩けているようにも見えるが、無駄についた肉のせいではっきりしない。


 ベルエールの姿に気が付くと、彼は上体を起こして右手を差し出し、手招きするように震わせて声を上擦らせた。

 「よ、よくぞ参られた神父殿・・、早うこちらへ。

  お主が正しかった、わしは見た、見えてしまったのだ・・・、悪魔を」


 その様子は、昨晩の出来事がよほど応えたと証明するに十分な狼狽振りだった。

 薬の効き目に効果を認めたベルエールは、この愚か者を悪夢から解放してやるべくルルートを紹介する。

 「約束通りエクソシストを連れてきた」

 「そ、それが・・・?」


 子爵は、紹介された祓魔師のあまりの幼さに驚いた。

 本物かどうか疑ったのだ。

 一般的な認識としては、祓魔師と聞けば、ある程度年季の入った司祭か修道士を連想するものだ。

 事実、祓魔師には特別な資格はないにせよ、やはりそれに見合った素質を持ち、専門の訓練を積んで技能を習得した

 者にしか就き得ない特殊な役職ではある。

 それを修道女、しかも少女が名乗るなどあり得ない、と評されても致し方ないほどに的外れな事なのである。


 ベルエールを見て一度は落ち着きを取り戻したかに見えた子爵の顔が、また歪み始めた。

 「ま、まさか・・・」

 「信じられないとみえる。

  ならばルルート、てめぇの力をちょっと見せてやれ」

 それに応じて、ルルートは、この室内に残された悪魔の悪戯の残像を感じ取り言い当ててみせた。


 「あなたは昨晩、体調を崩しました。

  体が重く、背中に悪寒を感じ、そのため早めに休みました。

  そして、悪夢に魘されたはずです。

  耳元で誰かの囁きを聞いたはずです。

  金を稼げ、もっと稼げ、そしてもっと私を喜ばせろ、楽しませろ、と。

  更に、神は汝を見限った、汝は神の怒りに触れた、救えるのは我のみぞ、汝が望みは我にこそ叶えられん・・・。

  息苦しくなったあなたは目を覚ました、そして見たのです。

  すぐ目の前で、両手であなたの首を絞める、髑髏の顔を持つ悪魔の姿を。

  悪魔はあなたに言いました。

  汝が欲するがままに振る舞え、我に従え、我を崇めよ、我こそは高貴なるマモンが重臣、我が名はアクラハイル」


 唖然とする子爵。

 それは、一字一句の別なく、昨晩彼が寝床で聞いた言葉を再現していた。

 事ここに至っては、もはや少女を疑う根拠はなくなった。


 狐に摘まれたような顔をする子爵を見て、ルルートは面白くなって少しからかってみたくなった。

 「その後、あなたはどうされましたか?」

 「き、気を失ってしまったが・・・」

 そう狼狽える子爵に、わざとらしく険しい顔つきで大袈裟に首を横に振ってみせる。

 「それはいけません。

  それでは悪魔の意向に従う意思表示を示したも同じ、命を捧げる約束と見なされます」

 「では、わしは・・・、もう手遅れなのか?」

 「本来であればそうかも知れません。

  しかし、あなたは運がいいとしか言えませんね」


 彼女は、徐に持参した2本のガラスの小瓶と一つの小袋を取り出し、ベッドの前にあるテーブルに置いた。

 「あなたは、洗礼の時の誓約をお忘れではありませんか?

  我は汝サタンを、汝の天使を、汝の虚栄を拒絶する、と神の御前で宣誓したはずですが。

  忘れていないのであれば、悪魔に取り憑かれたりしません。

  忘れていないのであれば、悪魔が何を望んでいるか分かっているはずです」


 次に、教典を開いてその一節を朗読しつつ、小瓶の聖水と油、小袋の中の塩を順にベッドの四隅に振り撒き、最後に

 子爵自身の額に聖水を数滴垂らして儀式を終えた。


 悪魔が暴れて悶絶でもするのかと思っていた子爵は、あまりの呆気ない終わり方に拍子抜けしてポカンとする。

 「終わり、なのか?

  もう悪魔はおらんのか?」

 「綺麗さっぱり。

  体が軽くなっていると思いますが」

 「そ、そうか・・・?」

 「お疑いなら、もう一度悪魔を呼び出して取り憑かせますがよろしいですか」

 「い、いや結構、そんな滅相もない」


 ☆


 帰りの馬車の中で、ベルエールはルルートの好演を讃えた。

 あれほどぐだぐだと捻くれていたにも関わらず、しっかりとベルエールの意図を汲み取って、子爵の利己的な気性に

 強い警告を加える事を怠らなかったのは賞賛に値する。

 「よくやった。

  やはりてめぇは天才だ」

 「何を今更ですね。

  そんな言葉で私の機嫌は直りませんよ」


 「さて、次はどんな手でくる・・か」

 「まだ何かやる気ですか、あなたって人は」

 「俺じゃねぇ子爵の方だ。

  競馬で負けて、悪魔祓いの代金までふんだくられて、このまま終わる訳がねぇだろ。

  次は恐らく実力行使だろうな」


 ☆


 宿に戻ったベルエールは、昼を待たずに出発を強行する。

 再三の一方的な方針転換に、フィンクは愚痴を言いながら荷物をまとめる。

 「まったく、なんであんたはこういつもいつも急なのかな。

  もっとちゃんと計画してよねっての。

  ルルートがむくれる気持ちがよく分かるわ」

 「つべこべ言うな、ぐずぐずしてると客が来るぞ」

 「客って誰よ、また迎えが来るの?、それともお茶でも出す?」

 「嫌味はよせ。 

  もうここに用はねぇ、逃げるが勝ちだ」


 金貨の袋と荷物を積み終えて、一行を乗せた馬車は町の南側の門に向かって動きだした。

 とはいえ、町中の街道は慢性的な渋滞で、徒歩並みのスピードしか出せない。

 それが災いして、道端にいる人の中に、御者席のルーエイの横に座っているタミヤを見つけて寄ってくる者が現れた。

 声をかけられると、彼女は笑顔で手を振り応える。

 市長杯競馬で優勝したタミヤは、もう町の有名人になってしまっていた。

 このまま彼女に気付く者が続出しては、馬車が大人数で取り囲まれて動けなくなってしまう。

 危険を察したフィンクがタミヤを呼ぶ。


 「タミヤ、あんたこっちおいで」

 「え?、なんですかフィンちゃん」

 「いいからこっちおいでって。

  あんたが人目のつく所にいると面倒なのよ、町を出るまででいいから後ろの荷台に隠れてなさい」

 「はいですよ」


 タミヤは、フィンクの言葉の意図が呑み込めないまま、とりあえず指示に従って屋根と壁のある荷台の中に入った。

 これでひと安心したフィンクに、今度はルルートが話しかける。


 「フィンク、あなたに聞きたい事があります」

 「珍しいわね、あんたがあたしに聞きたいなんて」

 「あなたの悪魔の名前はなんですか」

 「エイルニルスだよ」

 「ならどうして、市長に取り憑いた時は別の名を名乗ったんですか」


 「・・・・・・・・、アクラハイルは、人の射幸心を煽ってギャンブル漬けにして破滅へ導くのが得意なんだってさ。

  だから、そういう名前を使った方が現実味があるだろうって言ってるよ。

  マモンの配下ってのも本当だって」

 「そうですか」

 「そんなの聞いてどうする気よ」

 「今後の仕事のために、知っておいても損はないと思ったからです。

  悪魔は偽名を使うんですね、プライドの塊のくせに」

 「狡猾なのもいるからね、エイルニルスは違うけど」

 「それは残念です」


 更に、ルルートはルーエイにも問いかけた。

 「ルーエイ、チーズタルトはいつですか」

 自分の真後ろに座っているルルートからの質問に、ルーエイは背中越しに答える。

 「あ、悪い、忘れてた。

  まあ慌てんな、その辺にそんな店の一つや二つあるだろ。

  見つけたら教えてや・・・、あ、あった」


 ちょうど、進行方向右側の道沿いに、飲食店や土産物店が立ち並ぶ中にスイーツ店が見えた。

 「フィンク、買ってきてくれよ」

 ルーエイがフィンクに頼むと、ルルートが自発的に動いた。

 「いえ、私がイキます」


 ルルートが積極的に行動するのは珍しい。

 他人に任せて、自分の希望通りのトッピングにしてもらえないのを危ぶんだか。

 いかに天才祓魔師と言えど、好物に貪欲な姿は普通の女の子と変わらない。

 「ついでにみんなの分も買ったらいい。

  馬車は停めねえからな、長居は無用だぞ」

 ルーエイは彼女に金を渡し、受け取った彼女は軽快な足取りで馬車を飛び降り、小走りで店に向かった。


 ☆


 その後、町の出口の門の付近まできた所で、渋滞が一段と激しくなり、馬車は一歩も前に進めなくなった。

 呑気なルーエイは、御者席に座ったままのほほんと待っていた。

 一方、荷台の一番奥で腕枕で横になっていたベルエールは、全く動かない事に段々じりじりし始めた。


 「なにやってんだ、ちっとも動かねぇじゃねぇか」

 「渋滞じゃしょうがねえだろ。

  もう門の所から馬車がズラっと続いてんだ、暫くはこんな調子だろうさ」

 「てめぇ、ちょっと行って様子見てこい」

 「まあ、なんもねえと思うけど、暇だからいいか」


 ルーエイは馬車を降り、門へ向かって歩き出した。

 彼は、一切の疑問も抱かずに、ただの自然渋滞だと割り切っていた。

 それが、門に近づくにつれ、次第に妙な雰囲気に気付き始めた。

 門の前辺りに人集りが出来て、男達がなにか言い合っているような声が聞こえてきていた。

 不思議に思った彼は、横で同じく渋滞に巻き込まれて停まっている荷馬車の商人に聞いてみる。


 「なんかあったのかな、前で」

 「なんでも、領兵が門を閉鎖しちまったってよ。

  どうせ、暫く待てばまた開くだろうと思って待ってるんだが、真っ昼間に門を閉めるなんてあり得んぞ。

  しかも20人くらいの部隊で来てるらしい、なに考えてるんだか、こんなの聞いた事がない」

 商人の不満ももっともだ。

 門の前では、領兵部隊と商人達が開けろ開けないの押し問答を繰り返し、周囲からもブーイングが起こっている。


 馬車に戻ったルーエイがその事を伝えた時、ベルエールは生返事で黙ったまま考え込んでいた。

 同じ頃、フィンクが馬車の外を眺めていて何かに気付いた。

 「ねえルーエイ、ちょっと嫌な感じがするんだけど」

 「あー、なんだか柄の悪いのが近づいてくるな」


 街道の両端を歩く旅人や買い物の観光客達の中に、やけに目をギラつかせた素行の悪そうな男達が混ざっているのが

 見えた。

 よくよく見ると、そんなのがあっちにもこっちにも、前後左右にバラバラと人混みに溶け込んでいるのが確認出来る。

 しかも、その陰険で悪そうな目つきが、チラチラとこっちを見て頻りに様子を窺っていたのだ。


 彼等が何者なのかは分からない。

 方々に散らばっているのが仲間なのか、個々別々なのかも分からないが、その目的がベルエールが稼ぎ出した莫大な

 金にあるのは、敢えて聞かずともそいつ等の顔に書いてある。

 宿屋を出た時から、ずっとひっそり付いてきていたものと推察出来る。

 これは、彼等の主体的行動か、或いは誰かの指図を受けているのか。


 そうこうしているうち、一人の与太者が徐々に徐々に馬車に近づいてきていた。

 与太者は、ナイフらしき物を右手に握っている。


 「おいベルエール、お前の友達っぽいのが来るぜ」

 「てめぇがなんとかしろ」

 「丸投げかよ。

  ぶっ殺していいんか、だったらやる」

 「アホかてめぇ、衆人環視だぞ」

 「じゃあしょうがねえ、他の奴にやらせよう」


 近づいてくる与太者の少し後ろから、その仲間と思しきチンピラが剣を持ってついてくる。

 あちこちから、タイミングを見計らっていたアウトロー達がゆっくりと距離を詰め、それに伴ってじわじわと危うい

 空気が漂い始める。

 その時突然、チンピラが剣を振り上げて、背後から与太者の背中を斬りつけた。

 更に、剣を振り回して暴れ出し、周囲に集まっていたゴロツキ共に無差別に斬りかかる。

 そこは、一瞬にして血飛沫の飛び交う殺陣劇場の修羅場と化した。

 路上に鮮血が飛び散ると、それを見た通行人の悲鳴と共に辺りは騒然となり、近くにいた者達は皆パニックに陥って

 我先にと一斉に逃げ出した。


 その騒ぎは、門の周辺に配置されていた領兵部隊にまで届き、気付いた隊員の一人が止めようと走って近寄ってくる。

 目敏くそれに目をつけたフィンクが、エイルニルスに頼んだ。

 「あの兵士を暴れさせて」

 「好きに殺させて良いのだな」

 「人が死ぬのは見たくないかな」

 「加減はしてみよう」


 悪魔に取り憑かれた領兵が、勢いよく走り寄ってくるなり、無造作にゴロツキの一人に向かって剣を振り下ろす。

 藪から棒の外部からの攻撃に、ゴロツキ共は慌てふためき、一時は動揺したもののすぐに反撃に転じた。

 これを境に、集まってきた領兵の一部とゴロツキ共が入り乱れての大乱闘に発展する。


 渋滞中の車列の商人達は、巻き添えを食いまいと焦って、門を固める領兵部隊に早く開けろとより一層強く迫った。

 にも関わらず、部隊の隊長は絶対開けるなと兵達に檄を飛ばす。

 その混乱に乗じて密かに門の前付近に来たルーエイが、その隊長に邪眼で瞳術をかけると、彼は命令を一転、前言を

 翻して隊員に開門の号令をかけた。

 面食らったのは兵士達。

 開けるなと言った舌の根も乾かないうちに正反対の命令を出すなんて、隊長は乱心でもしてしまったのか。

 神経を疑う兵達に動揺させまいと、急いで命令を確認する副官に、隊長は至って冷静に指示を出した。


 「騒ぎの収拾を優先しろ、民衆に累を及ぼしてはいかん」

 「し、しかし、市長からは命あるまでは決して開門はならぬと言われたのでは・・・」

 「市民を守る事こそが我等の使命、危機回避の道を閉ざすは我等の任にあらずだ」


 その場の最高指揮官の決定は絶対だ。

 門は開けられ、検閲と税の徴収が再開された。

 商人達は粛々と手続きを済ませ、次々に門を通過し街道へ旅路を急ぐ。

 一度門が開いて流れが生まれれば、あとはその流れに乗って行くだけで渋滞は自然に解消へと向かう。

 一行の馬車が門に差しかかる頃には、領兵とゴロツキ達との揉め事も収束し、兵達は事後処理にかかっていた。

 ルーエイの瞳術を解かれた隊長が再び門の閉鎖命令を出した時、彼等の馬車は既に門の外にあった。


 領兵部隊に門を閉鎖させ、脱出を阻止しておいてからゴロツキ共に襲撃させて金を奪い返すという市長の奪還計画は、

 こうして潰えたのだった。


 ☆


 リサンシューを離れた一行は、次の町を目指して街道を南に針路を取る。

 「あの隊長には悪い事したな、どんな罰を受けるやら」

 「構うこたぁねぇ、どうせ市長の犬だ」

 ルーエイの無責任な同情は、ベルエールになんの感傷も与えない。


 フィンクも続く。

 「あの市長も懲りないね」

 「ヤツは救いようのない守銭奴だが、所詮は上に媚び諂う小者の一人に過ぎねぇ。

  上には上がいる。

  この世には、度し難い奴等が多過ぎる」

 「でも、また税金上げたりするんじゃないの?」

 「それをやったら本気で暴動が起きるぞ。

  幾らバカガキでもそこまで愚かじゃねぇだろ」

 「このお金、どうすんの?」

 「さあな、いずれどこかで使う機会もあるだろうさ」


                                             続



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