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エミナンス・グリーズ 2  作者: 降下猟兵
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傲慢と高慢


 05 傲慢と高慢



 町外れの高台に、ブランキニョール子爵の邸宅がある。

 邸宅ではない、豪邸と呼ぶべきだ。

 そこへ向かう高級馬車のシートで揺られる、ベルエールとフィンク。


 館に着いて、最初に案内されたのは、だだっ広くて超豪華な一室。

 天井からはド派手なシャンデリアが幾つもぶら下がり、壁一面には緻密な装飾文様と大きな絵画、ステンドグラスが

 ズラリと並ぶ。

 総大理石の床の上に、白いクロスの掛かった長いテーブルがコの字型に配置され、タキシードやイブニングドレスに

 身を包んだ100人以上にも及ぶ紳士淑女達が着席して、各々楽しげに話をしながら晩餐の開始を待っている。

 室内楽団の生演奏が奏でられる中で、彼等はその末席にエスコートされた。


 そのあまりの煌びやかさに、フィンクは完全に舞い上がってしまう。

 横のベルエールに半泣き状態で助けを求める。

 「どうやって食べんのよ、あたし知らないよ〜」

 「適当でいい、周りを見て真似ろ」

 「なんでこんなにいっぱいフォークとナイフが並んでんのよ、これ一人分?、この中から好きなの選べばいいの?」

 「アホか、皿ごとに使い分けんだよ」

 「え〜ん、分かんないよ〜」


 田舎娘のフィンクは、格式高いフルコースのマナーなどまるで知らない。

 最初から最後まであたふたし続け、一口食べる度に手が震えた。

 無論、料理を味わう余裕など一欠片もない。

 腹が膨れる前に、くたくたに疲れ果ててしまっていた。


 もう嫌だ、こんな面倒臭いの二度と食べたくない。

 彼女の偽らざる心の叫びだ。


 ☆


 疲労困憊の食事の後、二人は市長の執務室へ通され、やっと直接市長と面会した。


 市長、ブランキニョール子爵は、ルーエイの情報そのままにチビでデブだった。

 おまけにタラコ唇で、未来のスキンヘッドが透けて見える。

 顔は笑っているが、その目は笑っていない。

 ベルエールの読み通り、政治的適性には著しく乏しい暗君のようで、簡単な挨拶と今日の競馬で勝った事への感情の

 籠もらない祝辞を述べると、さっさと本題を切り出した。


 彼は、ベルエールに対し、配当金の一部でも町に寄付する気はないかと、暗に金を返せと迫った。

 馬鹿正直というか交渉下手というか、その素直さには好感が持てるが、彼は自分の欲に対して素直なだけだ。

 彼の性急な行動が、側近の準備不足を露呈してしまった形とも言える。

 ベルエールにとってはしてやったり。

 向こうがきっちり作戦を練って脇を固める前に、間隙を縫うチャンスを与えてくれたと捉えた。

 そこで、さっそく先手を打った。


 「どうやら、閣下は悪魔に取り憑かれておいでのようだ」


 一瞬にして、部屋の空気が変わった。

 そこにいる誰しもが予想だにしない発言に、側近達はザワザワとざわめき、お互い顔を見合わせて動揺している。

 当の子爵は、初めこそ青ざめたものの、次第に顔を赤らめ目を見開いて怒りを露わにした。

 「この痴れ者が!、何を世迷い言を申すかっ!」


 ベルエールは、醒めた目つきのまま表情一つ変えない。

 「今日の競馬には閣下も賭けたと聞いた。

  結果が全てを物語っているのでは?」

 「悪魔のせいで負けたと申すか」

 「他に理由があればお聞かせ願いたい」


 確かに、今まで一度もなかった事が起こったのだから、何か特別な力が作用したと考えるのは理に適っている。

 金を失った怒りと、急いで取り返そうとする焦りが先に立ち、そういう考え方には至らなかった。

 しかし、それが悪魔の仕業だと断定するには材料が少な過ぎる。

 健康面で異常を感じた事もないし、周囲でそれと臭わせる現象も思い当たる出来事もない。

 子爵は、行き当たりばったりに出鱈目を言ってこの場を逃れんとする詭弁に違いないと考えつつも、スータンを着た

 この若い聖職者の言葉を完全に否定するだけの自信はない。


 「ならば、お主はなぜあの飛び入りの小娘に賭けたのだ。

  誰が見ても勝ち目のない、あの小娘に」

 「一番面白ぇと思ったから。

  なにぶん、騎馬親衛隊とやらには知り合いはおらんので」

 この皮肉が効いたとみえて、子爵は口籠もり、その後態度を多少軟化させた。


 「悪魔とは、人に刹那の悦楽を与え喜ばせて堕落の道に誘うものではないのかね」

 「人を悲しませる事を楽しみとする者もいる。

  或いは、初めは有頂天にさせておいてからいきなり奈落の底に落とし、それを神の怒りのせいだと偽って不合理な

  信仰を捨てるように仕向ける。

  そんな記憶がないとは言わせねぇよ」

 「本当に、私は取り憑かれていると思うのか?」

 「思うのではない、見えている」

 「見えるだと?、どこに」

 「いずれ自身にも見えるようになる。

  まあ、その時は既に手遅れになっているかも知れねぇが」

 「手遅れ・・・・」

 「お望みとあらばエクソシストを連れてくるが、手ぶらで帰す訳にはいかなくなるな」

 「私に金を払えと申すか!」

 「ボランティアじゃねぇんでね」


 上手く丸め込んで、自分が受け取るはずだった金を奪還しようとしたのに、逆に金を請求される事態に追い込まれて

 しまった子爵は、苦虫を噛み潰したような顰め面をして、計画の失敗を心の中で嘆いていた。


 ☆


 執務室を後にし、館の玄関を出た所で、ベルエールがフィンクに言いつける。

 「ヤツにてめぇの悪魔を取り憑かせろ」

 「あ、それであたしを連れてきたのね、やっと理由が分かった。

  でも、あんまり離れられないんだよ、あたし達」

 「知っている、その辺はてめぇ等の裁量で構わねぇ」

 「分かった、で、取り憑かせてどうすんの?」

 「死なねぇ程度に遊んでやればいい。

  ヤツはすぐに泣きついてくる、そうなればお役御免だ。

  後はルルートに演技させる」

 「だったら、さっきのうちにエイルニルスを取り憑かせて、誓約書でもなんでも書かせちゃえば良かったのに」

 「本人の意思でもねぇサインの誓約書に縛られるような奴に見えるか、あれが。

  性根の腐った奴にそれを自覚させるには、ちょっとやそっとじゃいかねぇんだよ」


 フィンクは、競馬でしこたま掠め取っておきながら、その上架空の悪魔祓いの費用まで巻き上げようと企てるなんて、

 ベルエールの底意地の悪さは筋金入りだと感じた。

 「あんた、悪者だね」

 「伊達にこんな服を着てねぇよ」

 「スータンは悪人の象徴って?」

 「そう思ってれば、得をする事はあっても損をする事はねぇ」


 ☆


 ベルエールの読みは、またしても当たった。


 翌朝、さっそく館から迎えの馬車がやってくる。

 それは、フィンクが宿に戻ってから少し後の事だった。


 彼女は、エイルニルスに活動させるため、昨晩から夜通し子爵の館付近の林の中で過ごした。

 フィンクと悪魔は二心同体のような間柄にあり、別個に行動するに際しては、時間と距離の制約を大きく受ける。

 従って、エイルニルスが子爵に取り憑いている間は、なるべくその近くにいる必要があったのだ。


 その彼女が役目を終えて宿に戻り、悪魔が取り憑いている間に知り得た情報を伝えた。


 子爵は、レース終了の直後から、実行委員会側に対し、これまで一度もなかった検査を要求するなどの介入をした。

 その検査で僅かでも気になる点があれば、それを理由にタミヤを失格とするよう強く働きかけ、事と次第によっては

 無理矢理にでもでっち上げろという圧力までかけていた。

 しかしながら、正式発表が遅い事に観客が苛立ち始め、暴徒化する一歩手前にまで至ると、本人がいかに不本意でも

 結果を認めざるを得なくなった。

 もし、暴動にでも発展してしまったら、それこそ元も子もない。

 鎮圧に領兵の動員が必要なレベルの暴動が起こってしまったら、ベシュデメル伯爵から管理能力を問われる事となる。

 つまり、伯爵の信頼を失ってしまうのを最も恐れたが故、断念しなければならなかったのだった。


 彼は、市の年間予算の10分の1にも及ぶ大金を賭けに投じていた。

 思惑通りに事が運べば、その数倍の配当を手にし、伯爵への上納金も鼻を高くして納められるはずだった。

 あろう事かその全てを失ってしまった彼は、慌てて開催経費を水増しするなどして配当に回す額を減らし、幾らかは

 回収したとはいえ到底損失を埋めるには至らない。

 このままでは、最悪の場合、自腹を切って補填する必要に迫られる。

 怒りに我を忘れた彼は、招聘した騎馬親衛隊の兵士達に対しても、一時は約束通りの報酬の支払いを拒絶するとまで

 言い出す始末だった。


 ベルエールの感想は至極もっともだ。

 「聞けば聞くほど最低の公私混同野郎だな」


 「他にもかなり色々ある感じだったんだけど、エイルニルスが取り憑いたらすぐ具合い悪くしちゃうし、夜中に目を

  覚ました時もすぐ気を失っちゃったから、それ以上具体的なのは分からなかったわ」

 「野郎が怖がったんならそれでいい。

  効果はあったんだろうな」

 「そりゃあ、エイルニルスが顔を出したらね、本物だし」

 「なら、今日中に動きがあるな」


 そこへ、計ったように館から使いの者が現れた。

 まさにベルエールの目論見通り。

 彼は、立ち上がってルルートに一声かけた。

 「さっそくおいでなすったか。

  行くぞ、ルルート」


 「拒否します。

  なんで私までそんな茶番につき合わねばならないんですか。

  やりたいなら自分達でやって下さい」

 「てめぇ、ここでそれ言うか」

 「あなたが勝手に決めるのが悪いのです。

  前もってスケジュールは確認して下さい」

 「てめぇに予定なんかねぇだろ、つべこべ文句ばっか言ってっと放り出すぞ」

 「放置プレイですか。

  あなたのそういうところが前から気に入らなかったんです。

  高圧的に責められるのは嫌いじゃありませんけど、あなたのそれはちょっと違います」


 突然、ベルエールの命令を拒み出すルルート。

 一体何があったのか。

 彼女は、上から目線で専横的な態度をとり続けるベルエールに不満を持っていた。

 過去に組んだ経験から、ずっと彼の言動には思うところがあったという事なのだろう。

 それが、ここへきて我慢の限界に達した。

 腕組みをして横を向いたまま目を閉じ、てこでも動かないと頑なな姿勢を見せている。


 たまらずフィンクが諭す。

 「あんたがここでわがまま言ったって、なんにも解決しないよ。

  ベルみたいな頑固者には、とりあえずやりたいだけやらせてあげんのが一番なんだよ。

  もちろん自己責任だよって念押ししてね」

 「あなたは口を挟まないでください」

 「そうはいかないよ、あたしだって巻き込まれてんだから。

  一蓮托生なんだよ、あたし達」

 「あなたはむしろ喜んでやってるように見えましたけど、晩餐会とか」

 「好き好んでやる訳ないでしょ!、思い出させるな」


 「フィンク、てめぇが口出すと余計に拗れるから下がってろ」

 ベルエールが自制を促すと、そこにルーエイが横から茶々を入れた。

 「ルルートが嫌だってんなら俺が行ってやるよ。

  どうせやる事はまやかしなんだ、適当でいいんだろ」

 「バカか、てめぇみたいな教典の読み方も知らねぇヤツに悪魔祓いの儀式が出来る訳ねぇだろ。

  まやかしでも形式が整ってねぇと真実味が薄れる。

  ここで疑われたら全部水の泡だ」


 自分の意見が否定されると分かっていたルーエイは、残念がる振りをしてルルートの方を向く。

 「だそうだ、ルル。

  やっぱお前が一番いいんだとよ。

  せっかくなんだ、行ってお前のカッコいいところチラッと見せて、アホ共の度肝を抜いてやれ」

 「チ、チラッと見せてヌくんですか・・・」

 「おうさ、みんなお前のイカす姿に目ん玉ひん剥いてぶっ倒れるぜ。

  ご褒美に後でチーズタルト奢ってやるよ」


 暫しの沈黙の後、ルルートはルーエイを横目でチラ見した。

 「・・・生クリームたっぷりですよ」

 「まかしとけ、真っ白いの好きなだけぶっかけてやる」

 「・・・しょうがないですね。

  そこまで言うんならイキましょう」

 この任務が始まって以来、ずっと能面のようにほとんど表情を変えなかった彼女が、初めて頬を緩めた瞬間だった。


 ようやく重い腰を上げたルルートは、ベルエールに付いて部屋を後にする。

 「ったく、世話焼かすんじゃねぇ」

 「言っておきますけど、あなたのためではありませんから」


 問題児二人が出かけるのを見届けて、珍しくフィンクがルーエイを褒めた。

 「あんた、中々やるわね。

  邪眼使った?」

 「女口説くのには使わねえの、つまんねえだろ」

 「あれで口説いたつもりかあんた。

  じゃあ、いつの間にあの変態を手懐けたのよ」

 「お前が言うとバカにしてるとしか聞こえん」

 「バカになんかしてないわよ、褒めてんだから素直に喜びなよ」

 「ルルートを手懐けて褒められてもなあ・・・。

  あいつは気まぐれなんだ、見てれば分かるだろ。

  猫みたいなもんさ。

  不機嫌な時に真面目に怒ったって聞きやしねえ、かえって意固地になるだけだ」

 「要するに、ただのわがままでしょ」

 「ここにいるのは、どいつもこいつも似たり寄ったりなんじゃねえの。

  幾らかまともなのはお前だけだな」

 「本当に奢るつもり?」

 「どうせ金を出すのはベルエールだ、なんでも奢っちゃる。

  一番年下なんだ、可愛がってやんなきゃよ」

 「一番生意気だけどね」


 「私もチーズタルト食べたいですよ、ルーちゃん」

 「お、ここにも構ってちゃんがいたな。

  いいぜいいぜ、その代わりお前のおっぱいクリームまみれにして俺が食ってからな」

 「ルーちゃんエッチい、エッチいですよ」


 ルーエイは、ルルートがチーズに目がないのを見抜いていた。

 自分の意見を真っ直ぐゴリ押しするのではなく、それとなく自尊心をくすぐりながら好物で乗せる。

 女の扱い、というより人心掌握術には、彼の方に一日の長があるという事か。


                                             続



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